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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.318
注目される新潟県の挑戦 知事が大学の魅力アップ提唱

  私学高等教育研究所研究員 船戸 高樹(桜美林大学大学院・教授)

 今春入試の志願状況が、予備校などの調査でまとまりつつある。その状況をひと言で表現すれば「格差の進行」だ。都市部にある大規模大学に志願者が集中し、地方の中小規模大学の状況はますます厳しさを増している。つまり「地域間の格差」と「規模の格差」の面で二極化が一段と進行していることを示している。
 日本私立学校振興・共済事業団が昨年行った調査によると、調査対象の私立559大学のうち、入学定員1500人以上の大規模大学は全体の11%に当たる64大学。志願者の状況を見ると、この64大学が、総志願者302万人の67%に当たる204万人を集めている。規模別で上位約1割の大学に、志願者の約7割が集中していることになる。これに入学定員1000人以上の61大学、志願者数40万人を加えると、上位2割の大学に、8割の志願者が集まっている勘定だ。したがって、残りの約8割に当たる434大学が、58万人の志願者を奪い合う結果となっている。
 今年の調査は、まだこれからではあるが、この傾向はさらに強まる気配である。「格差の進行」が顕著になるということは、地方の中小規模大学にとって死活問題だ。「志願者の減少―定員割れ―財政状況の悪化」という“負のスパイラル”に陥り、最悪の場合は閉鎖・廃校に追い込まれかねない。ところが、この影響は単に大学だけの問題に留まらない。大学を抱える地方自治体にも暗い影を落としている。

 《大学の地方進出と国の政策》

 かつて、マーケットに志願者があふれていた時代があった。工場等制限法により都市部での大学新設が規制されていた。このため、大学を作ろうとすれば、制限区域外に出る以外にない。大学進出で地方の活性化を目指し、国もこれを後押しした。当時の国土庁が自治体向けにまとめた「大学の誘致と期待・効果」を読むとそれがよくわかる。それによると、大学が地方に進出することは「地域の文化向上」「地元子弟の進学機会の拡大」「若者定着による地域の活性化」などにつながると高らかにうたっている。その上、大学進出に当たっては、「用地費等の援助」「設置経費の援助」「運営費の援助」等があり、さらに「大学新設の場合、創設費は自己資金でなければならないが、地方公共団体の債務負担行為は自己資金とみなされる」と“奥の手”まで披露している。
 この小冊子が発行されたのは昭和63年で、バブル景気の真っ只中だ。第二次ベビーブームで18才人口は急増しており、200万人に迫っていた。ただ、大学は18年後のマーケット・サイズが確定しているという特殊な業界だ。外国から大量に留学生を受け入れない限り、日本人は18年前に生まれた数しかいない。ということは、この時点で18年後の18才人口が133万人にまで減少することは確定していた。また、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、その後さらに減少することが予測されていた。そんなことは、この小冊子に一言も触れられていない。あたかも地方に大学のユートピアが存在するとでもいっているようだ。多くの自治体が競って大学を誘致し、それに応えて大学が進出した。また、90年代に入ると規制緩和が進み、マーケットが縮小しているにもかかわらず大学の新設が相次ぎ、競争は激化する一方だ。

 《画期的な県の方針》

 このような状況の中で、大学の衰退に危機感を抱いたのが新潟県だ。積極的に大学誘致を図った自治体の一つである。85年に国立3大学、私立2大学の、合わせて5大学しかなかったが、現在では国立3大学、公立1大学、私立11大学の計15大学にまで増えた。私立大学のほとんどは入学定員300人程度と小規模だが、これらの大学誘致のため、これまでに100億円を超える県費が投入されてきたという。しかし、学生確保に苦慮している大学が多く、中には定員割れをしているところもある。
 そこで、泉田知事が打ち出したのが「大学の魅力アップ・プロジェクト」だ。その背景の一つは、人口空洞化の防止。新潟県の当面の悩みは、人口の社会減。毎年1万人以上の減少で、そのうち多くは県外の大学に進学する若者たちだ。県内の大学の魅力を高めることによって県外流出を防ぐとともに県外からも呼び込もうというものだ。
 もう一つは、大学の持つ人的資源の有効活用だ。15大学には多くの研究者がいるが、産業界や地域との結びつきはそれほど強くない。大学が「知の拠点」としての役割を果たすためには、研究面での成果や業績を広く社会に発信することによって存在感や認知度を高めるねらいだ。
 新潟に限らず、地方にある大学と地元自治体との関係はそれほど緊密ではない。というのは、大学にとってみれば設置であれ、改組であれ申請は全て文科省だ。補助金や科研費等も含め国の政策に敏感にならざるを得ない。一方、県は高校以下の責任を持つものの、大学に関しては「直接係わらない」という考え方であった。その意味では、泉田知事の打ち出したプロジェクトは全国初の試みで、両者の垣根を越える画期的なことといえよう。

 《注目される大学側の対応》

 プロジェクトの第一歩は、県内外の有識者による「大学魅力アップ有識者検討会議」の発足である。会議は県内大学関係者も出席した公開の場で行われ、この三月末報告書にまとめられた。それによると、大学が地域に存在することは、研究機能を活用した産学連携などから生まれる「生産誘発効果」、教員や職員を雇用する「雇用創出効果」、学生が県内で生活する「需要創出効果」などがあり、一つの産業として地域経済に貢献していると位置づけている。その上で、時系列のデータを基に県内の大学の現状と課題を整理している。さらに県内の公立、私立の高校二年生(各クラス二名づつ)から「卒業後の進路に関するアンケート」を取り、県内の大学の持つイメージや大学選択に当たって重視する項目等を調査・分析した。
 その結果、大学の魅力アップについて「各大学が主体的に取り組むことは当然であるが、国公私立の設置形態を超えた緩やかな連携」の重要性を指摘、県に対しては「魅力アップに関する適切なサポート」を求めている。具体的な取り組みとしては、@教育内容や学生支援などの改革・改善による学生の「満足度」「付加価値」の向上、A受験生が求める情報の発信や大学ガイダンスの開催等による高校との関係強化、B地元産業界や地域との関わりを深めることによる地域貢献―を挙げている。いずれも、特に目新しいものはなく、当然のことばかりといえる。ただ、この「当たり前」のことが「当たり前でなかった」ところに問題の根深さがある。報告書の中で「教職員や経営トップに対する研修の必要性」を強調している点が、それをよく現している。
 今回の報告書について関根副知事は「以前、新潟県の大学進学率は、全国最下位だったが、大学誘致の結果現在では29位にまで上昇した。そのこと自体は成果を挙げているが、近年の大学を取り巻く環境の悪化の中で、県内の大学が質的なレベルアップを図り、魅力あるものに変えていくことが今後の課題である。県は企業誘致による産業振興に取り組んでいるが、それには人材の確保と養成が欠かせない。そのためにも、このプロジェクトを成功させたい」と語っている。
 県が並々ならぬ意気込みで取り組んでいるこのプロジェクトに大学側がどう応えるのか。ボールは大学側に委ねられている。

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