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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.302
東大の授業料をめぐる動き 多様化と個別化が進行か

  私学高等教育研究所研究員 丸山 文裕(国立大学財務・経営センター教授)

1.授業料免除
 東京大学では2008年度から、大学院博士課程の授業料負担を実質的に無くす。国内外の優秀な博士課程学生を確保するのがその理由であるという。また伝えられるところによると、学部段階では、年収400万円未満の家庭出身者に対して、一律授業料全学免除の方針を検討中である。
 筆者はかつて、大学経営の効率化、学生募集の強化、大学の教育研究使命の達成、大学の説明責任の遂行に伴って、今後、大学や学部間の授業料水準の分散が大きくなり、学生の特性によって授業料が異なるという、授業料の多様化と個別化が進行する、と指摘したことがあった。今回の東大の決定はこの動きに沿うものであると考えられる。
 ところで学生への経済的支援には、二つの目的がある。育英と奨学である。両者とも国が行うのが望ましいが、育英に関しては大学が独自に行うこともある。博士課程に在籍する学生の授業料負担をなくする決定は、優秀な学生を確保したい東京大学の意向であるが、将来社会全体に有用な人材育成、すなわち育英機能も果たすことになる。
 低所得家庭出身者に対する高等教育機会の提供、すなわち奨学は、本来、国が率先して給付奨学金なり授業料免除で行うべきである。現在、日本学生支援機構の学生援助方法は主にローンによるものであり、低所得者がローンを避ける傾向を考えると、奨学の目的達成に限定的効果しか持たない。今回、東京大学が年収400万円未満の家庭出身者に対して、一律授業料全学免除をおこなう方針は、国の仕事を代替するという意味で評価できる。
 しかしこの決定は、制度自体に問題があるとともに、学内と学外双方の授業料をめぐる動きに多少なりとも、影響を及ぼすことに注意が必要である。
 第一に、年収400万円未満一律授業料免除は、対象者決定の判断が容易である理由から設定されたのであろうが、負担は家庭の状況によって異なるはずである。この点では母子家庭、兄弟の数、自宅通学か否かを考慮する、現行の免除基準を採用する制度が望ましい。
 第二に、年収400万円未満という区切りであるが、これは何処かで線引きしなければならないので致し方ない。しかし400万円を僅かに超える対象外者の不満にどう答えるか。対象外者の救済に、授業料半額免除というゾーンを設定する手もある。またデータがないので正確にはいえないが、400万円未満の対象者がどれだけいるか。現行基準の全学生のうち5.8%を大きく超えないと、新しい制度の意味が薄れる。以上二点は技術的な問題である。

2.授業料値上げ?
 第三は、一番大きな問題である。2004年の法人化後、各国立大学は政府の決定する授業料標準額の110%(2007年からは120%)までなら、自由に水準を設定できる。標準額自体が引き上げられると、国立大学法人は独自に値上げせずに、授業料収入を増加させることができる。しかし2007年標準額は据え置かれた。収入増を図りたい大学によっては、独自分を値上げするところも出てこよう。120%いっぱいまでにすると、学生一人当り10万円以上の値上げになり、特に大規模大学の収入増は大きい。
 しかし長い間、私学よりも低い授業料で、国民に高等教育機会を提供してきた国立大学は、この役割を重々承知しており、値上げに逡巡してきた。中期目標・計画に授業料を据え置く努力をおこなうと明記している大学もある。大学はこの値上げを行うのに相当な覚悟がいり、値上げの説明責任を果たさなければならない。また低所得家庭出身の学生の高等教育機会提供にも、何らかの形で、配慮、努力していることを示すことが必要である。
 さて年収400万円未満家庭出身者に対する授業料全学免除は、この配慮、努力として利用され、授業料値上げのエクスキューズにならないかという危惧がある。東京大学の中期目標・計画には「授業料等学生納付金については、その妥当な額を設定する」とある。「妥当な」という意味が不明であるが、少なくとも授業料を据え置く、値上げしないということは中期目標・計画には記されていない。
 東大の学生は、他の国立大学、特に地方国立大学の学生に比べ、中高所得家庭出身者が多いとしばしば指摘される。それならば授業料を値上げしても家計に対する影響は少なく、優秀な学生が他大学にいくという心配も少ないであろう。東大の授業料値上げは、コストに見合った「妥当な」という判断も出来よう。
 さらに東大が授業料を値上げすると、他の国立大学の授業料水準にも影響を及ぼすことが考えられる。追従して授業料を値上げする国立大学が出てこよう。そして多くの国立大学が独自分の授業料を値上げすると、今度は標準額それ自体も値上げされ易くなる。このように、国立大学授業料の値上げスパイラルが形成されるかもしれない。ここでは国立大学の使命達成が問われる。この点については、国立大学協会などで国立大学の使命の確認と、授業料に関する調整作業が必要である。
 さらに有名私立大学の中には、国立大学の授業料を睨みつつ、自大学の授業料を設定しているところがある。国立大学の授業料が値上げされると、私立大学の授業料にも影響する。日本は国際的に見て、高等教育支出は、イギリス、フランス、ドイツとほぼ同程度であるが、そのうち公財政支出は半分程度としばしば指摘される。それは大学の授業料が高水準で、家計の負担が大きいからである。国立大学への運営費交付金の減額と、国私の授業料値上げが合わされば、この傾向をさらに高めることになる。

3.格差問題
 第四に、授業料の値上げ問題とは別に、他の国立大学も一律授業料免除策がとれるかという問題がある。これについては、コスト面から検討する必要がある。公表された財務諸表等から国立大学が、2005年度に奨学目的で減免された比率である奨学費比率(奨学費/(授業料収益+入学金収益))を見ることができる。東大は7.4%と高率であり、全国立大学のうちでも三位である。同じ旧帝大の名古屋大学や大阪大学は5.5%である。東大はもともと減免に力を入れてきたのである。
 東京大学が奨学費比率を高くとれたのは、その実施コストが小さいためである。附属病院収益を除いて、経常収益に占める学生納付金等収益比率(授業料+入学金+検定料)を検討すると、東大は医科大学、大学院大学という小規模単科大学を除いた大学のうちで、最小値である(10.8%)。名古屋大学は17.5%、大阪大学は14.5%である。因みに国立大学の最高値は大阪外国語大学の50.3%である。もともと学生納付金が経常収益にしめる割合が小さいので、減免にかかるコストが小さいのである。授業料収益の割合が大きな大学ほど、減免にかかるコストが大きくなるため、今後の実施は困難になる。このように現行の国立大学の財務状況下では、運営費交付金収入、附属病院収入、受託研究収入、寄付金収入が多く、授業料免除のコストが小さい大学ほど、授業料減免をできる可能性を持っているといえる。

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