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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.03
高等教育の専門人材の育成と教育・研修をどうするか

主幹 喜多村和之

 私学高等教育の振興や向上のために、これから最も緊急に必要とされることは、なんといっても大学の経営や教学についての知識・技術や見識を持つ人を増やし、かつ育成することでしょう。どの世界でも組織や制度を動かし、運営するのは人であり、高等教育機関や学校の盛衰も、そこにいかにして優れた人材をひきつけることができるかで決まるのは、歴史と経験が示すところであります。
 ところが、日本の高等教育機関は従来、高等教育に関する専門知識などはかならずしも必要としないという前提で、経営や教学が営まれてきたように思われます。たとえば学長や学部長などに選ばれると、はじめて高等教育に関心を向け、勉強をはじめたりする教授が少なくないようです。一般的に経営者はともかく、教員は自分の専門には関心があっても、大学問題などには無頓着な傾向があります。自分が依って立つ組織に関心もなく知識も持たない人たちが最終的な意思決定権を握っている奇妙な組織は、大学以外にはあまり見あたらないのではないでしょうか。
 しかし、この数年、大学・高等教育関係の授業、講座、研修などが盛んになってきたようです。少子化による学生確保の必要性、財政難、経済不況による学費負担の問題、国立大学の法人化問題など、次々と難問に当面して、高等教育に関する系統的知識を求める需要が高まってきたものと思われます。こうした背景から高等教育関係の研究機関や学会もにわかに生まれています。
 しかし、この分野の研究者や専門職、実務家を育成する機関はまだ極めてわずかで、筆者の知る限りでは、高等教育の固有の学生を対象として講座を開設している機関としては、国立では広島大学の教育学研究科(高等教育研究開発センター)、東京大学の教育学研究科(大学総合教育研究センター)、私立では早稲田大学の文学研究科、桜美林大学の国際学研究科などで、大学院レベルで開設されていますが、いずれも研究者養成が中心で、実務家や専門職を育成する機関は、まだ存在していないといってよいでしょう。アメリカでは20年も前から高等教育の研究者や専門職を育成する大学(いずれも大学院レベル)が百校以上もあるのと比べると、雲泥の違いです。
 その理由のひとつは、日本ではなぜか大学の経営には専門知識など必要がないという考えが一般的であり、したがってこの分野の専門家を受け入れる市場や処遇制度がほとんど存在していなかったからです。たとえば、大学には高等教育の講座は極めてわずかであり、文部省も国立大学に専門職を養成する必要を感じず、私学のほうも大学職員の募集の場合にも大学経営の専門職を求めているわけでもなかったのです。国立大学に最近数年間に次々と設置された高等教育関係の研究センターは既に十指を数えますが、奇妙なことにそのスタッフには、この分野の専門家とはいえない人々が混じっている例が少なくありません。せっかく市場があっても人事はまったく別の論理で進められているのならば、専門人材を養成しても受け入れ先がないという悪循環になるわけです。
 それはともかくとして、これからの大学・高等教育機関の経営、教育、研究、学生生活、社会サービス等々において、この分野の専門人材はいっそう必要不可欠になることは明らかです。AO入試を行うなら学生選抜の知識・技能は不可欠ですし、大学評価には評価の理論と方法論の知識が必要です。これからの大学経営は勘と経験にだけ頼るといった方法では、とうてい乗り切っていくことはできません。とりわけ大学経営に無関心かつ無知な教授が意思決定の鍵を握っていて、これに対抗し得る専門知識を持たない経営者や職員が運営する組織では、迅速かつ激しい変化の21世紀を生き残っていくことは至難の業でしょう。なんとしても大学の将来を託すに足る人材を今から育成しておかなければならないのではないでしょうか。さもなければ、ドラッカーも予想しているようにハコモノとしての大学は21世紀を生き延びることはできないかもしれないのです。
 当研究所でも事業計画の一環として、「教育・研修プログラムの企画・実施」を掲げているように、とりわけ私学の経営や教学の専門家の育成を重視しています。しかし現時点で当研究所が教育・研修事業まで手を広げることは困難なので、別のかたちでこれにかわる実践を行おうとしています。
 筆者は早稲田大学文学研究科で高等教育論の講義、演習、論文指導を開設して7年になります。すでに10数名を越える卒業者を送り出しましたが、ゼミ生のなかには若い院生のほかに現職の大学職員、社会人、主婦なども入学してきています。毎年テーマをかえて講義や演習の統一テーマにしていますが、今年度は講義題目が「高等教育論――大学の法的地位と設置形態」で、大学の設置認可や法的地位の歴史的比較的展望、国立大学の独立行政法人化、学校法人としての私立大学論を講じています。演習は「私学高等教育の国際比較」で原書(P.G.Altbach ed.:Private Prometheus:Private Higher Education and Development in the 21st Century,1999)を手掛かりにしながら諸外国の私学部門と日本の私学との比較分析を行っています。その成果は報告書として年度末にまとめる予定です。なお今年度はティーム・ティーチングの方法を導入して若い大学教員2人の協力を得て共同講義を行うほか、ゲストとして学校法人論を日本私立大学協会の原野幸康常務理事に、早稲田大学と学校法人の関係を村上義紀早大副総長にご出演をお願いして、院生たちに大変好評を博しました。
 こうした試みも当研究所の教育・研修プログラムの一環として位置づけたいと思っています。  当研究所の事業として重要なものに「研究会及び公開講演会の開催」があります。これも当研究所としては、専門人材の育成や開発を目的としたもので、統一テーマのもとで講師を招いたり、どなたでも自由に討議に参加できる場として、また高等教育に関心を持っていただく方々を増やしていければと念願している次第です。読者の方々の積極的なご参画を期待しております。

ご 案 内

【私学高等教育研究所主催・第一回公開研究会】
  日 時=平成12年8月2日(水)午後5時30分から8時まで(参加費無料)
  場 所=東京・市ヶ谷のアルカディア市ヶ谷(私学会館)5階・穂高(西)
  テーマ=「最近の高等教育政策と私学」――私学の立場からみた「独立行政法人化」と「第三者評価機関」
  問題提起=喜多村和之・私学高等教育研究所主幹、濱名 篤・関西国際大学教授
  内 容=最近数カ月の間に、文部省は矢継ぎ早に、今後の私学にも重大な影響を及ぼすような政策を具体化しています。文部省はいよいよ国立大学の独法化を推進する方針を確認し、あわせて本年四月から設置された第三者評価機関「大学評価・学位授与機構」は、当面は国立大学の評価事業の準備に着手しています。これまでこの問題は国立大学固有の問題として、殆ど国立関係者の間だけで議論され、私学は蚊帳の外に置かれている観がありますが、果たして私学には無関係なものなのでしょうか。これらの動きが日本の高等教育全体に、ひいては私学にどのようなかかわりが出てくるのか。これに対して私学はどのように対応すべきなのか。率直かつ闊達に議論したいと思います。
  申し込み・問い合わせ=本紙編集部(TEL:03-3261-7048)

【早稲田大学における高等教育研究講座(修士・博士課程)入試について】
 早稲田大学大学院文学研究科(教育学専攻)修士課程の入学試験は、平成12年9月23日(土)、出願期限は9月1日(金)19月7日(木)。
 また同博士課程の入試は平成13年2月13日(火)に、科目等履修生の入試は3月5日(月)に行われます。
 詳細は同大学院文学研究科事務所(新宿区戸山1-24-1、TEL:03-5286-3524)または当研究所までご連絡ください。

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