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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.258
大学と産業社会の新しい相関関係 国立教育政策研の研究成果から

研究員 塚原 修一(国立教育政策研究所高等教育研究部長)

 国立教育政策研究所の高等教育研究部が誕生したのは、2001年1月のことであった。その最初の大型研究として標記の課題を取り上げ、2001〜2005年度の5年計画で実施した。
 研究のねらいは、産業社会の高度化と知識基盤社会への移行という新しい局面における、大学と産業社会の新しい関係のあり方を総合的に探求することにあった。言い換えれば、今日の大学が置かれたまったく未知な環境がもつ意味と、大学自身による対応と取り組みの実態を調査分析して、新しい大学像の構築に貢献しようとするものである。
 このような課題では、いわゆる産学連携に注意が集中しがちであるが、それ以外の諸活動にも産業社会との関係は存在する。そこで、教育、研究、大学経営の3領域を取り上げて、大学と産業社会の関係を、産学連携も含めて幅広く吟味した。
 研究成果の一端を紹介したい。
■これまでの相関関係
 大学と産業社会の関係は古い時代にもあったはずであるから、それと新しい関係を対比する必要がある。しかし、大学図書館の和書をウェブで検索した結果によれば、大学とその外部(社会、産業、地域など)の関係を主題とする書籍は、大学に関する書籍の数パーセントしかなく、先行研究は乏しかった。
 このことは、日本において、学歴社会がしばしば社会問題化したことに関連しているようにみえる。社会的地位達成において、学歴にいかなる効果があるかをめぐる議論が学歴社会論である。日本が学歴社会であるかどうかはともかく、この議論においては、大学教育の有効性が批判的な立場から前提にされていたと考えられる。
 これに対して、教育経済学は、教育が公的・私的に投資する価値があることを立証するために生まれ、米国で発展した。日本ではその必要性に乏しいためか、この分野は永く不人気であった。しかし、これからは日本でも、教育の有効性や就業可能性に関する説明責任が大学により強く求められるのではないか。
 その手段のひとつが学生調査である。学生調査は、いわゆる機関研究の一環として米国の大学で行われている。本研究では、卒業生による大学評価についてドイツの事例を紹介した。
■産業界からの要望
 大学に関する主要経済団体の提言を、ほぼ網羅的に収集分析する作業が本研究と並行して行われた。その結果によれば、専門的な知識と能力のほかに、幅広い教養や創造性をもつことが戦後期を通して大学卒業生には期待されていた。
 そのなかで、1990年代後半以降の特徴は、第一に提言が質量ともに充実したことである。これは大学教育に対する関心の高まりを示すものであろう。
 第二に、大学教育の「出口管理」とともに、「問題解決力・発見力」ないし「自ら考える力」といった実質的な力に結びつく教養や創造性が求められた。
 第三に、大学への一方的な要求だけでなく、企業が自らの変革や教育機関との協同によって人材育成に取り組む姿勢がみられた。
 産学連携に対する産業界の要望については、かつては産学連携の推進そのものが提言されていた。しかし、90年代に産学連携制度が整備されると、それをいかに活用するかに提言の重点が移った。産学連携を推進する人材の養成がまず求められ、次いで、それに限定されない幅広い優れた人材を、教育面での産学交流によっていかに養成するかが論じられた。
 以上のように、専門性とそれを超えたより幅広い知識や能力をもった、より高度な人材の養成が大学に期待される傾向にある。
■教育の産学連携
 本研究では、就業体験教育と職業資格教育を取り上げた。前者については、日本の大学等におけるインターンシップ、英国のギャップ・イヤー(高卒者が大学進学の前に行う国際ボランティア活動)、ドイツの大学における企業実習、米国の協同教育プログラム(産業界・地域社会・コミュニティカレッジが協力して行う有給で長期の就業体験)などを調査した。その結果等は、公開研究会を通じて広く関係者に情報提供した。
 職業資格に関する教育は間接的な産学連携といえよう。これについては、技術者資格の国際的な動向と、日本の大学と短期大学における資格取得に対する対応状況を調査した。
 ところで、工場実習のような就業体験教育は、日本の工学部などにも古くからあった。そこでは、大学生は専門家に準じる自立した存在と遇されていたようにみえる。しかし今日では、高等教育(ないし、より広く若者問題)の主要課題として、ポスト青年期におけるライフコースの選択的自立を支援する活動が重要になっている。その手段としてインターンシップなどが注目されたが、大学教育に欠落した要素を体験型学習で補うという認識だけでは不充分な状況にあると思われる。
■研究の産学連携
 産学連携といえば、普通はこれをさす。第二期科学技術基本計画(2001年)で強調されて制度の整備が進み、今日では国家のイノベーション体系という、広い枠組のなかに大学の役割が位置付けられている。
 一般に、研究成果が結実するまでには時間を要するので、最近の産学連携の投入と産出を対比する分析は今後の課題である。また、戦後の80年代頃までの産学連携は、制度的な位置付けがあいまいな非公式の活動として行われてきた。そのためか史料があまり見あたらず、この時期を対象とした産学連携の実証分析は現状では困難である。
 そこで今回は戦前期を取り上げ、史料の制約から大学附置研究所を中心に通史をまとめた。それにより、産業界、官界、軍部などと大学との協力関係が、明治の初期から継続されていたことを示した。一部の事例については、産業界からの資金提供と、学問的・金銭的な成果を対比した歴史記述を行った。産学連携は、成功すれば大きな成果が得られるが、失敗の危険も大きいといわれている。そのことを史料に基づいて示すことができた。
■大学経営
 古くから注目された大学と(産業)社会の関係は、大学の自治であった。このことが今後も重要であることは言うまでもないが、それに加えて今日では、大学の運営や経営が国公私立大学を問わない大学の課題となっている。
 大学における権力の配分(ガバナンス)には、教授団が強力な同僚制、政府が強力な官僚制、市場が強力な市場型の三類型がある。日本は、国公立大学が官僚制、私立大学が市場型で、両者が混在するといわれるが、いずれも同僚制と拮抗した状態にあると考えるべきである。成果や需要側の意向を重視した大学経営がますます求められるなかで、ガバナンスの変容が今後の注目点となろう。
 このように、私学の特徴は大学のガバナンスにみられる。例えば、教育については、青年期における選択的自立を支援する教育や、より高度な人材養成などを、国立大学とは異なる方向から実現することが私学には求められている。
■まとめ
 この研究では、産学連携の諸事例を調査しながら、大学と産業社会の新しい関係を古い時代のそれと対比して整理した。その結果、教育、研究、大学経営の各領域において、両者の関係に大きな変化がみられた。しかも、この課題に関する研究の蓄積は乏しく、現時点では、大学と産業社会の双方が新しい関係に不慣れであるようにみえる。したがって、地道な交流を行って相互理解を積み重ねていくことが、新しい関係の構築に最も寄与すると思われる。  この研究には研究所外の多くの方々からご助力を得た。この場を借りて御礼を申し上げたい。

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