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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.253
外国人学生の募集戦略 ボストン私大の連携協力

研究員 井下 理(慶應義塾大学総合政策学部教授・慶應義塾湘南藤沢中高等部長)

 アメリカ東海岸・ボストン周辺に位置する11の私立大学では、連携して大学見学ツアーを実施している。「ボストン・インターナショナルカウンセラー・ツアー」である。毎年1回、世界中の高校から40人程度の校長と進路指導担当カウンセラーを招待し、1週間で11大学のキャンパスを集中して巡り、各大学の特徴を広く理解してもらうことを目的としている。既に9回目となる2005年は、世界各地から25か国47人が参加した。日本からの参加者は私を含む2人だけで、もう1人は聖心インターナショナルスクールの進学カウンセラーの米国人女性教員である。参加希望者が多数のために毎年選考が行われる。なかには数年待って、ようやく招待された人もいた。往復の渡航費は参加者負担だが、1週間の宿泊費や移動にかかる費用、朝食・昼食などの費用はすべて主催者負担である。本稿はその報告である。
 2005年の幹事校は、ボストンの市街地の中心にある都市型大学のスフォーク大学であった。同大学のゲストハウスで、世界中から集まった校長・進路指導担当カウンセラーが1週間、寝起きを共にする。昼間もずっと同じスケジュールで行動する。参加者は、それぞれが所属する高校の生徒の進学先として、アメリカの私立大学を選択肢に入れている。どの国から来たかにかかわらず、共通してアメリカの私立大学への関心を持っている。そのためキャンパスを見学している最中でも、移動中のバスの中でも、絶えず情報交換が行われる。自己紹介は常としても、すぐに見学対象の大学について、そこで率直な感想や意見の交換が行われる。1週間も行動を共にすると旧知の仲のように親密になる。国籍、言語、年齢、文化的背景は異なるが、共通するのは、いずれもそれぞれの国において、優秀な生徒を抱える高校の管理職にあるという点である。11の大学は、これら校長たちから、それぞれの学校の生徒を推薦してもらうことを期待して、企画しているのである。
 訪問した大学は、バブソン大学、ベントレイ大学、ボストンカレッジ、ボストンユニバーシティ、タフト大学、ブランダイス大学、ハーバード大学、エマソン大学、スフォーク大学、ノースイースタン大学、それに女子大学のウェルレスレイ大学である。わずか5日間で集中的に11の大学を訪れ、見て回るのはなかなか体力的にも大変である。しかし、短期間に集中して特色ある個性的な大学をじかに見て、比較できる利点は大きい。招待者が40人前後というのは、プログラムの実施上、実務的な面からの制約である。具体的には、専用のバス1台で容易に移動できる上限の人数だからだ。専用バスは訪問大学保有のチャーターバスで、車体の横にはバスを提供している大学の名前が大きく書いてある。1日に2大学、多いときには3大学を一気に見学する。朝は早く、午前7時には宿舎を出発し、最初の訪問先大学で歓迎の朝食を取りながら大学の説明を聞く。昼食は次の訪問先大学での、やはり招待ランチである。どちらも、食事をしながらその大学のスタッフや学生と、じかにいろいろな質疑応答ができるように設定してある。ラウンドテーブルは、必ずその大学のスタッフが参加者と隣り合わせとなるよう、着席場所がアレンジされている。食事の後は10人ぐらいのグループに分かれて広いキャンパスの中を歩き回る。事務管理棟、学生ラウンジ、各種教室、図書館、運動施設などは定番である。半円形の階段教室で、スライドプロジェクターを駆使した大学説明と質疑応答も共通したスタイルである。分厚い大学案内資料は後から郵送するように細かい配慮がなされ、徹底している。まさにキャンパス見学サービスも、顧客志向のマーケティング行動の実践が自然と実行され、定着していることがわかる。
 驚いたのは、見学した大学のうち二つの大学で、校舎の中に質的マーケティングリサーチの代表的手法である、フォーカス・グループインタビュー専用の特別教室が設置されていたことである。隣接する大教室では、正面の大画面でインタビュー場面がモニターできる設備まで整備され、実践的な授業展開を可能とする施設が完備している。アメリカの大学では、マーケティングが単に学問としてだけでなく、大学教育と経営の実践レベルで定着し、大学自身の管理運営の実務にも、自然体で日常的に展開しているところまで浸透している。
 また、どの大学も共通して、外国人学生の存在が大学教育に寄与することをきちんと認識している。外国人学生が一定の割合で大学にいることが、アメリカの学生にとってもプラスの教育的効果をもたらす。大学はこれまでの経験から、すでにその価値を理解している。その結果、積極的かつ計画的に優秀な外国人学生を集める戦略を持っている。
 同じボストンの市外からわずか一時間程度の距離にある大学が、お互いに協力して、外国から学生を呼び集めるための工夫をしている。海外の高校の校長を招待して、自分たちの大学の教室や施設設備、キャンパス全体をじかに見せて、各大学の特色と個性を知り、関心を持ってもらい、優秀な生徒を送ってもらおうとする意気込みにも驚かされる。同時に、単なる意気込みだけに留まらず、それを実現するための具体的方策とプログラムの実施に習熟している。ツアーのアレンジをするために各大学のスタッフが何度も会合を持ち、さまざまな準備を重ねてきた様子が容易に理解できた。参加者の多くが、主催者による細部まで行き届いた気遣いや、大学の顧客志向のサービスに接して感謝していた。日本の大学に、ここまで徹底して海外に目を向けた学生募集の構想があるだろうか。また、それを実現する大学間の連携があるだろうか。
 都市型大規模大学の一例として、ボストン市内にあるボストン大学では、5人の現役学生によるパネル・セッションが行われた。その中に日本人の男子学生がいた。彼の出身高校は、父親の仕事の関係で、香港のインターナショナルスクールであった。彼によると、高校3年の時の大学進学に際して、日本の私立大学も候補に挙げていたが、日本の大学生があまり勉強しないことや、日本の大学はそれでも卒業できるらしいという話を聞いて、自分が進学する大学はアメリカの大学にしようと、進学先を変更したという話を聞かせてくれた。その彼が、ボストン大学での大学生活の様子を、世界中の高校の校長たちを前に、楽しそうに、他の国からの留学生にも負けず劣らず生き生きと語っていた。それを聞いていて、個人的には彼の進路選択に賛意を覚え決断に敬意を払ったものの、日本の大学人の一人としては何とも言えない複雑な気持ちになった。
 「大学教育の国際競争力」というものは、声高に叫ぶスローガンのようなものではない。実質的なところで、日本の大学関係者が、自分たちの大学が世界を視野に入れた高校生から国際比較の目にさらされ、進学先としての価値や魅力を査定されている現状を認識できるかという、具体的かつ実践的な課題なのである。学力や大学ランキングの国際比較の結果に一喜一憂したり、偏りのある調査や部分的な国際比較の結果で右往左往したりしているのでは情けない。
 大学の海外広報戦略は、基本は個々の大学が個別に立案し実行するものである。しかし、複数の同じ日本の大学間で協力して、海外の優秀な高校生の確保を目的とした活動を展開する効果も大きい。
 わが国の大学が国内外を問わず、優秀な高校生から選ばれなくなるというようなシナリオは想像したくない。インターネットにより、日本の高校生が海外の大学事情に精通すると同時に、海外の大学生が日本の大学事情にも明るくなり、相互に比較や選択が盛んに行われる。
 日本の高校生を対象とした、大学説明会やオープンキャンパスの試みは近年盛んである。大学間の連携協力も、これまでより活発である。しかし、これらは、対象が国内に限定されていないだろうか。国内・国外を問わず、広く海外広報戦略という観点から、わが国の大学間連携と協力が一層必要とされている。もっとも、その前提として、大学教育の実践それ自体の内容の充実が最優先であることは言うまでもない。

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