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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.205
中国の私立大学―日中間の教育・学術の絆強化を

人間文化研究機構理事 大ア 仁

○北京高等教育国際会議
 わが国ではあまり知られていないが、OECDにIMHEという事業がある。これは、「Institutional Management for Higher Education」の略称であるが、要すれば、大学が直面する管理・経営、政策面の課題について、各国の大学、政府機関関係者が、それぞれの経験、意見を交流し、対処の方向を考えるためのフォーラムである。
 そのIMHE事務局のジャックリーヌ・スミスさんから全体会議でのスピーチの依頼を受け、5月11日から3日間、北京師範大学で開催された高等教育国際会議に出席してきた。会議は中国教育部直轄の中央教育科学研究所とIMHE、それに私立大学である北京吉利大学の共催である。テーマは、「ミッション、マネー、マネージメント」。要すれば、「大学・高等教育機関の使命をどう考え、使命を果たすための資金をどう確保し、そのために大学・高等教育機関をどう経営していくか」という、各国共通の課題である。
 会議には、イングランドの大学資金交付機関であるHEFCEの長のハワード・ニュービー卿をはじめ、欧州諸国を中心に30数名が海外から参加し、国際色豊かなものであったが、中心はやはり中国の関係者である。中国の大学・高等教育の状況については、ある程度フォローしてきたつもりでいたが、会議を通じて、新たな発展、変化に触れることができたのは、有意義であった。

 ○民弁高等教育 
 印象的だったのは、民弁高等教育すなわち私立大学をテーマとする分科会が、設けられていたことである。社会主義市場経済を唱える中国で、私立大学がどのように展開しているのか。その一端に触れられれば、とこの分科会に参加した。そこでの発表と討議を既存文献等と照合しながら要約してみる。
 中国の私立大学は、文化大革命後の改革開放政策が進行する1980年代初めに復活し、以後しだいに発展してきた。中国政府は1998年に「21世紀に向けての教育振興行動計画」を発表し、当時9.8%だった高等教育進学率を、2010年には15%にするという目標を掲げて、高等教育の大衆化路線を鮮明にした。その結果、進学率は急速に上昇し、早くも2002年には目標の15%に達し、昨2004年には、19%に達している。この大衆化の進行の中で私立大学も急速に増加し、1998年に22校しかなかったものが、2005年には239校と、7年間になんと10倍になっている。在校生は、2004年で約140万人と、全体の10%強を占めている。
 政府は、2002年に「民弁教育促進法」を制定し、設立手続、管理・監督、財務、助成・奨励等全般にわたって私学制度を整備した。わが国の私立学校法に相当する私学の基本法である。私立学校は中国でも確固たる地位を占めたと言ってよい。
 もっとも、民弁大学といっても多様で、国立大学の分家ともいうべき「独立学院」が、多数を占めているという。法的には民弁大学であるが、北京吉利大学のような純粋私学関係者からは、公的セクターに属するものと見られているようである。

 ○欧美学院
 北京吉利大学は、自動車メーカー、不動産業、旅行業などの企業集団である中国吉利集団が、2001年に設立した純然たる私立大学である。テレビの天気予報の画面に出てくるので、北京市民には良く知られているという。
 会議2日目の午後は、その北京吉利大学を見学することになった。会場から西北にバスで小一時間走ると、広大なキャンパスがある。商、法、金融証券、自動車、生命科学、外国語、国際管理、現代芸術等14の多彩な学院を設置し、2万人を超える学生を収容する大きな大学である。
 バスから降りて案内された瀟洒な建物に、大きく「欧美学院」の表示があった。「欧美」とは「欧米」のことである。中国語では「美」は「メイ」と発音する。米国は中国では「美国」である。
 玄関ホールで説明を受けて、欧美学院が、欧米の大学との共同教育を特色とする学部であることがわかった。玄関ホールの壁面には、英国のハル大学等3つの大学からのメッセージが掲げられている。一定期間学院で勉学した後、欧米の協力大学で教育を受けて学位を取得するということで、中国では、最近このような教育形態の大学が増えているという。

 ○中・外共同教育
 その背景には、中国政府の国際化政策があるようである。広島大学大学院生叶林さんの研究によると、中国政府は、1993年ごろから外国の大学との共同教育を奨励しており、WTO加盟を機に、「中外合作弁学条例」(2003)を制定しそのための制度を整えている。この条例によれば、一定の条件を充たせば、中国と外国の関係者が共同して、独立の大学を設置することができる。それも民弁大学の1つの類型ということになろう。
 中国と外国と共同の高等教育事業で中央政府が認可しているものの一覧を見ると、2004年6月現在では独立校はまだ見当たらない。なお、欧美学院の名前が見当たらないのは、カテゴリーが違うのかもしれない。
 ところで、165件もある共同事業の中に、日本の大学との合作事業は1件もない。これはどうしたことだろうか。
 アメリカ、オーストラリア、イギリス、カナダと英語国が圧倒的に多いことから見て、世界語としての英語の強さが作用しているのは確かであるが、フランスの大学もかなりあり、ドイツ、ベルギー、オランダ、韓国、ノルウエーと非英語国も含まれている。その中で、隣国であり、留学生も多く受け入れている日本の大学が1校もないというのは、やはり奇異な感じがする。
 日本が中国の政策変化に鈍感なためか、日本の大学が内向き過ぎるためか、中国側が日本の大学教育を評価していないためか、いずれにしても考えさせられることである。
 激しい反日デモの後の訪中だったので「大丈夫か」と案じてくれる人もあったが、全体会議の議長を務められた旧知の北京大学副学長閔維方教授はじめ中国の皆さんには大変親切にしていただき、感謝している。
 気にかかるのは、反日よりむしろ離日、日本離れの傾向である。上述の中外共同教育事業も一例であるが、総じて中国側の教育・学術面の関心が、日本を離れて、欧米、オセアニア諸国に向っているような気がする。この際、日中間の教育・学術の絆を強く結び直す必要があるのではないだろうか。

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