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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.183
インターネットが育む私立高等教育研究―ダニエル・レヴィ教授の来日にあたって

大学評価・学位授与機構助教授 米澤 彰純

 皆さんは、私学高等教育研究所の英文ページをご覧になったことがあるだろうか。そこには、「私学高等教育研究所のパートナー・センター」として、PROPHE(Program for Research On Private Higher Education:私立高等教育研究プログラム)へのリンクが張られている(http://www.albany.edu/~prophe/)。今度は、逆に、PROPHEのパートナー・センターのサイトには、北京大学やボストン・カレッジと並んで、私学高等教育研究所へのリンクが張ってあるのだ。
 私学高等教育研究所は、発足当初から、ウェブサイトを通してアルカディア学報や研究報告を積極的に公開し、また、外国客員研究員にそうそうたる名前が並ぶなど、インターネットや国際的なネットワークを積極的に活用してきたように思う。このようなネットワークの国際版が、まさにPROPHEである。同プログラムのディレクターは、本研究所外国客員研究員のダニエル・レヴィニューヨーク州立大学オルバニー校教授がつとめ、フォード財団からの助成金によって運営される他、主にインターネットを通じたコミュニケーションを通じて、各国の若手中堅の研究者が、参加・協力している。私も、僭越ながら日本の協力研究員として名前を連ねさせていただいているが、この他に日本からは、このPROPHE本部のアシスタントとして、同校大学院生の長澤 誠さんがプロジェクトに参加している。
 PROPHEは、現在世界中の高等教育で、もっとも顕著な傾向とも言える大規模で、しばしばとても活発な私立セクターの発展についての知識の構築への貢献を目的とするグローバルなネットワークである。その中で、特に、(1)需要吸収的、職業的、あるいは非大学などの機会拡大の鍵となる選択肢、(2)営利活動、営利組織としてのあり方の可否、(3)国際化・外国大学の展開、(4)高等教育の文化的多様性への志向、(5)学術的・社会経済的な優位性への志向などに焦点が当てられている。私自身もオルバニー校を2度ほど訪問させていただいたり、普段から電子メール等を通じてプログラムに参加させていただいているが、決して多くないメンバーで、実に精力的に活動が進められていることに、いつも印象を深めている。レヴィ氏との対話を通じて進められるワーキングペーパーの作成作業の他、ボストン・カレッジと共同での世界の私立高等教育の文献リスト作成、私立高等教育に関するデータや法令集の作成、ウェブサイトでの公表など、いずれもかなり厳格な手続きや水準維持を図りながら、皆がほしい情報が、世界中からアクセスできる環境が、整えられていっている。
 このような、インターネットを通じての共同研究の醍醐味は、普段ほとんど会うことのない色々な国の人と、ネットワークを通じてお互いに知り合い、互いに刺激され、親しくなっていくことである。今年(2004年)の2月にオルバニーを訪れたときには、ロシアの私立高等教育について、これまた当研究所外国客員研究員のロジャー・ガイガー教授のもとでロシアの私立高等教育の研究を進めているSuspitsin氏と共同のワークショップを開いていただいたり、9月にオランダ・トゥウエンテ大学高等教育政策研究所(CHEPS)で高等教育研究者コンソーシアム(Consortium of Higher Education Researchers:CHER)の総会が開かれたときには、中国・日本・南アフリカ・オランダ・ブルガリアに住む若手・中堅のPROPHE関係者がお互いに初めて会うにもかかわらず、昔なじみのように親交を深めた。
 私学高等教育研究所がスタートしてすでに5年目に入り、それに少し遅れて始まったPROPHEもまた、フォード財団からの2度目のプロジェクトサイクルに入っている。この間のいろいろな学術交流の機会を通じて私が感じたのは、第1に、私立高等教育研究が国境を越えて進められるようになってきており、しかも、各国の研究者がインターネットなどを通じて共同で研究を進めることにより、研究の蓄積が加速度的に高まっていることである。他方、広がった世界のなかで、世界や東アジアの「私立高等教育研究」というものを冷静に見直してみると、私立高等教育を主な研究領域とする研究者の数は、世界的にみても決して多くはないと言う現実に直面することになる。
 その国に私立の高等教育機関が多いと言うことと、私立高等教育研究が盛んであると言うことは、必ずしも一致しない。私立高等教育の比重が大きい日本や韓国、フィリピン、インドネシアといった国には、実務家として、あるいはオピニオン・リーダーとして、多くの私学関係者が様々な発言の機会を持っている。また、高等教育の研究をすれば、必然的に私立の高等教育の問題にふれざるを得ないし、その存在が当たり前のものとしてとらえられている。他方、それがあまりに日常的で、しかも直接利害関係者として関わることが多いことから、自国の私立高等教育を「現象」として、やや突き放した視点から分析するということになると、実は驚くほど研究も人も限られてくる。他方、東欧、中国、東南アジア、アフリカ、ラテン・アメリカなど、現在高等教育人口の増加を背景に私立高等教育が爆発的な発展を見せている諸地域では、高等教育を専門とする研究者が、今まさに自国の高等教育を変質させようとする大きな動きとして、プライバタイゼーションや、私立高等教育の発展を研究テーマとしてとらえ始めている。同時に、私立高等教育の歴史が長い日本などとは対照的に、これらの国々では、そもそも私立高等教育に十分な制度的、社会的認知がなされていない場合も多く、結果的に、学校数や学生数をはじめとする、基礎的なデータですら、簡単に入手することができない場合も多い。
 天野郁夫氏の日本の戦前や1960年代の私立高等教育についての研究に影響を受けて高等教育研究の世界に入った人間として、私は天野氏の世代の研究者が、実際に日本の私立高等教育が拡大発展していくなかで、その現象をどう理解し、説明しようかという現実的な問題関心からそれらの研究が進められたのだろうと言うことに、とても憧れの念を抱いている。そして、1980年代の、日本の大学教育のあり方が、外国の学問の受容から、日本の学問の外国への発信を目指そうという雰囲気の中で大学生活をスタートした人間としては、日本のこうした長い蓄積の上にある私立高等教育の研究成果を、どのように新しい世界の研究潮流の中で活かしうるのかに、大きな関心と、自分自身傾倒したいとの気持ちをもっている。
 私学高等教育研究所の前主幹喜多村和之先生のイニシアティブのもと、以前から当研究所で準備をすすめてきた、レヴィ教授の来日と、当研究所での公開研究会が、ようやく来る12月6日に実現することになった。翌7日には、当研究所研究員である国立教育政策研究所高等教育研究部長の塚原修一氏の主催で、北京大学の閻 風橋氏等も交えた東アジアでの私立高等教育研究を考える英語でのワークショップも開かれる予定である。
 東アジアの私立高等教育研究は、その量的な重要性にもかかわらず、決して国際水準に照らし合わせて活発とは言えない。高等教育研究は、アクション・リサーチとしての部分を多分にもっており、文献だけではわからない、多くの国際的な交流と相互理解が求められている。
 これを機会に、瀧澤博三主幹のもとで新しい展開を始めた私学高等教育研究所の研究成果が、国際的な私学高等教育研究へますます大きく貢献していくことを願ってやまない。

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