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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.180
学習意欲と高校での成績―「1年次教育のニーズとプログラム評価」から(下)

早稲田大学文学学術院助教授 沖 清豪

 前号本欄では、2003年7月に実施した「1年次教育のニーズとプログラム評価」調査の概略と分析結果の一部を紹介した。本号では引き続き、教員・プログラムに対する総合評価および大学内外で指導を受けたい内容などの分析結果を紹介することとしたい。
 まず、1年次(導入)教育を実施している担当者やそのプログラムに対する受講生の反応はどうであったのかを見てみたい。
 回答傾向を見ると、スキルの習得状況に見られた格差とは異なって、担当教員の熱意についてはほぼ満遍なく高い評価を得ている。とりわけ、熱意や質問に対する丁寧な対応が学生の満足度を高める要因となっているようである。
 またプログラムに、学生によるグループ調査・報告など、学生自身の自主性・自発性を啓発するような内容が含まれている点にも高い評価が出されている。こうしたプログラムでは学習スキルの習得度については必ずしも高い評価を得ているとは限らないが、にもかかわらず教員の熱意やプログラムの興味深さについては高い評価を得ていることが明らかとなっている。
 次に、授業がどのような形態で実施された場合に学生からの評価が高くなっているのであろうか。
 図1に示されているように、授業で体験をしたもので受講生の評価が高くなっているのは、「学生によるプレゼンテーション」、「教員の講義」、「課題の添削・返却」、「定期的な課題提出」などの項目である。教員や他の学生の前で調べたことなどを適切な方法で報告するプレゼンテーションは、特に他者の前で話す機会の少なかった学生にとって重要な機会となっていることがうかがえる。また定期的に課題を提出させ、さらにそれに適切な添削がなされて返却されることを学生側が希望していることも明らかとなった。単に専門教育の導入段階において求められる丁寧な指導だけでなく、大学入学段階での個別指導が学生側から求められている状況の一端が示されたといえよう。
 一方、必ずしも高い評価を得られなかったのは、「上級生が授業に参加して協力する形態(SA)」、「グループ・プロジェクト」、「フィールド・ワーク」、「体験学習」となっており、共同作業や教室外での学習活動に積極的ではない様子も示されている。
 では、実際に一年次教育を受講している学生は、授業内外でどのような内容について指導を希望しているのであろうか。
 図2に示されているように、「履修制度」、「就職相談」、「留学相談」、「履修登録方法」、「学習上の相談」などは指導を希望しているという回答が高くなっており、特に履修制度全体の把握や登録上の疑問、あるいは学習にあたっての指導を授業で行ってほしいという回答が高くなっている。通常授業外のガイダンスなどで実施されているこうした指導が必ずしも十分ではない、あるいは学生が満足しているわけではないことが示唆されている。
 一方、「交友関係」、「セクハラの相談方法」、「飲酒・喫煙の問題」などは特に授業で学びたいという希望は多くない。多くのキャンパスで問題になっている諸問題が、入学して半年の学生にとって自分の問題として認識されているとは言いがたいようである。
 さらに高校時代における成績の自己評価との関連で指導を希望する内容の違いを見てみると、授業内での「履修制度」(単位制度や卒業要件等)、「履修登録方法」、「就職相談」、および授業以外での「就職相談」については、高校時代の成績とは無関係に希望が高くなっているのに対して、授業内での「学習上の相談方法」は高校時代の成績上位層が強く希望している一方で、自己評価が低い層では必ずしも希望が高くない。さらに成績上位層では授業以外での「履修制度」、「履修登録方法」などの指導も強く希望している傾向が現れている。特に学習に直接関係する項目について、高校時代の成績によって影響を受けている可能性があることは、入学直後の指導内容について改めて検討しなければならないことを示唆している。
 さらに、学習に関係する日常習慣についての回答結果を見ておきたい。
 日常的に実施しているという回答が多いものは、「授業の課題はきちんと提出する」、「先生や目上の人には敬語を使う」、「約束時間を守る」、「試験前に教科書・参考書を読む」といった項目があげられている。
 一方、日常的にあまり実施しているといった回答が多くないものは、「学生同士の研究会に参加する」、「ボランティア活動をする」、「授業がない日も大学に来る」、「教科書以外の英語の文献を読む」といった項目があげられている。
 本質問の回答結果をさらに因子分解によって試験前対策型、学習意欲・積極的学習型、ルール重視型、人間関係型の4つに類型化し、高校時代の成績に対する自己評価別に検討した。その結果、成績の自己評価の高かった学生はいずれの項目に対しても実施しているという回答が多くなっており、一方で成績の自己評価が低い学生は特に「学習意欲・積極的学習型」項目の回答が低い傾向が示された。具体的には、「新聞の政治・経済・国際面を読む」、「雑誌論文などを読む」、「黒板に書かないことでもノートをとる」、「辞書を活用する」、「図書館を利用する」といった項目で明確な格差が生じている。大学での学習以前に日常的に学習への動機付けや意欲に違いが見られる点をどのように考えるべきかについては今後の大きな課題であろう。
 以上が調査結果の概要である。全体として、学習に関するスキル獲得については、多少のばらつきが見られるものの、授業を実施している教員や一年次教育として実施されているプログラム全体については一定の評価を得ていることが明らかとなった。また全体的には幅広い学習意欲が存在していることも示されている。一方で、特に高校時代における成績の自己評価が低い層に顕著にみられる学習意欲の低さは、現時点では十分高められているとはいいがたい。もちろんこの問題は大学入学以前に生じている問題であって個別授業で対応可能であるとはいいがたい側面を有しており、短期の学習プログラムを超えて、全学的かつ長期的問題だということが言えるのではなかろうか。
(おわり)

 

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