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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.173
学士課程カリキュラムの編成状況―教養の専門化か、専門の教養化か(下)

青山学院大学文学部教育学科専任講師  杉谷 祐美子

 周知のように、1991年の大学設置基準の大綱化を契機として、学士課程カリキュラムの編成は各大学の自由裁量のもとに委ねられることとなった。こうした大綱化がその後、概して教養教育軽視、専門教育重視の動きに拍車をかけたともいわれるが、10余年を経た現在、果たしてカリキュラムの実態はどうなっているのだろうか。
 本稿では、前回に引き続き、筆者らが昨年度に実施したカリキュラムに関する学部悉皆調査に基づいて報告する。その際、先行研究では十分に検討されてこなかった、専門学部との関係からみた学士課程カリキュラムの現状について考察することに主眼をおきたい。
 ここで結論を先取りするならば、本調査で得られた重要な知見の1つは、学士課程カリキュラムにおいて、設置者という変数以上に専門領域、すなわちディシプリンの影響が大きくみられるということである。それは、すでに前回明らかにしたとおり、カリキュラムの量的規模や構造といった側面に表れるばかりでなく、今回述べる教養教育や専門教育などの各構成要素、そしてカリキュラムの編成原理にまでも反映されている。
 構成要素別にカリキュラムの内容と履修要件をまとめると、教養教育においては、約9割以上の学部が、英語、人文・社会・自然科学の3系列、英語以外の外国語、心身の健康などの旧一般教育諸科目、および情報リテラシーを開講している。このうち、英語(61.9%)、情報リテラシー(44.5%)、心身の健康(34.6%)は必修率も高いが、心身の健康と並んで、少人数ゼミ、専門基礎、大学への適応支援も3割前後が必修科目として課されている。したがって、教養教育には、学習スキルの習得、大学教育への適応促進、専門教育からの要請による基礎的学習といった役割が主に期待されていると指摘できよう。
 次に、回答側が「教養的内容と専門的内容をあわせもつ教育」ととらえる科目を挙げれば、前専門的内容が中心となっていて、非専門的内容や学際的内容はそれほど多くを占めていない。約7割の学部が専門基礎科目を開講し、3分の1は必修として規定している。これに対して、総合的科目、専攻分野以外の専門科目は約半数の学部で開講するものの、必修率は1割に満たず、副専攻にいたっては開講率・必修率ともにきわめて低いのである。
 ここから、教養教育、教養的内容と専門的内容をあわせもつ教育の双方において、専門基礎的な内容が重視され、専門領域からの要請が少なくないことが推測できよう。付言すれば、教養教育で実施されている学習スキルの教授や大学教育への適応支援も、ともすると、近年の学力低下論を背景にした専門教育の底上げととらえることもできなくはない。では、実際に専門領域別にはどのような傾向が示されるのだろうか。
 教養教育の内容16項目のうち、必修、選択などの各履修要件に該当する項目数を算出したところ、医療系では平均して必修該当項目数が多く(4.65)、教育系もやや多い(3.73)ことが明らかになった。反対に、芸術系は必修が極端に少なくて(1.40)、選択が多く(4.87)、社会系(5.15)、理工系(4.80)は選択が多くなっている。項目別には、全般的に必修の多い医療系だが、なかでも他の専門領域に比べ、自然科学、専門基礎、補習教育の必修率が高く、他方、教育系は人文・社会・自然科学の必修・選択必修とともに、心身の健康、大学への適応支援の必修が多いといった違いがある。
 同様に、教養的内容と専門的内容をあわせもつ教育に関しても、医療系では必修が多く、社会系、芸術系で選択が多いという対比ができる。医療系は、専門基礎や総合的科目の必修率が特に高く、人文系では専攻分野以外の専門科目を必修・選択必修に組み込む率が高いなど、やはり専門領域ごとの特色がみられる。
 このように、多くが全学的な実施体制下にあると考えられる教養教育の履修要件や内容にまで、専門領域の影響が色濃く表れている点は興味深い。当然のことながら、こうした傾向は第3のカリキュラムの構成要素である専門教育になお一層強く及んでいる。
 専門教育については、約7割の学部で、他学科、他学部、他大学、大学以外での学習経験など、当該専攻分野以外の科目履修を専門科目の単位として認定している。とりわけ、理工系(86.2%)や農学系(85.4%)では単位認定を実施する率が高く、その認定可能な範囲もやや広く設定されている。医療系(19.6%)、芸術系(43.3%)は実施率が際立って低く、家政系も含めて認定可能な範囲がやや限定されている。すなわち、理工系、農学系は専門教育の幅が比較的広く柔軟性があり、逆に医療系、芸術系、家政系は専門教育の内容が限定的かつ固定的だと考えられる。
 また、履修年次に着目すると、ほとんどが1年次から専門基礎がはじまり、8割の学部で1年次に専門教育科目が必修化されるにもかかわらず、4年次での必修の教養科目がある学部は3.8%ときわめて少ない。全般に、専門教育の早期化を促す履修要件にあることがうかがえる。したがって、本調査の知見の第2としては、履修要件、教育内容、さらに前回述べた所属の決定時期などから、全体的な傾向として、専門教育の早期化、すなわち「教養教育の専門教育化」というべき状況が明らかになるのである。
 しかしながら、専門教育の早期化はどの領域でも一様に進んでいるとはいいがたい。第1の知見を繰り返せば、そこにはディシプリンによる差異が明確にみられるのである。たとえば、2年次で専門の必修が教養のそれよりも多いケースは、家政系(90.6%)、医療系(87.4%)に多く、社会系(41.6%)、人文系(52.8%)、学際系(56.6%)では少ない。前述のように、学士課程教育全体を通して、医療系、芸術系、家政系は履修要件が厳格かつ教育内容も限定的である。教養教育や自由選択の単位数が多く、履修要件の縛りも緩い人文系、社会系などとは実に対照的といえよう。
 それゆえ、第3の知見は、医療、家政、芸術系など専門職業との結びつきの強い学部では、「教養教育の専門教育化」が顕著な反面、人文系、社会系、学際系などでは専門教育の幅の広がりという意味で、「専門教育の教養教育化」というべき二極化の現象が生じていることである。これは、医療、家政、芸術では、大綱化以降専門教育が「高度化した」と回答しているのに対し、人文系、教育系、学際系では「学際化した」としている点にも明らかである。
 さらに、このことはカリキュラムの編成原理からも裏づけられよう。本調査では、入学志願者の増加や卒業者の就職条件の向上など「経営戦略」、専門教育の水準、専門学部の理念、建学の理念など「教育理念・水準」、教員の授業負担の公平性や専門性を含む「教員間の調整」の3つの因子が編成原理として析出された。因子得点に基づけば、国公立大学が教育理念・水準を、私立大学が経営戦略を重視するといった設置者別の差異がみられるものの、専門領域別の傾向も明瞭となった。医療系、芸術系は経営戦略よりも教育理念・水準をはるかに重視し、家政系は教育理念・水準を重視すると同時に経営戦略にも重きをおく。反対に、学際系、人文系、社会系は教育理念・水準よりも経営戦略を重視していた。以上のことから、学士課程カリキュラムの考察においては、全体構造とともに学部の専門性への配慮が必要だということができる。そのうえで今後は、各ディシプリンの見地に立った教養教育、専門教育、学士課程教育における概念や実態に異同がみられるかなど、さらに詳しく検討を重ねていくべきと考える。 (おわり)

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