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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.161
評価員の選任と養成―第三者評価を機能させるために (上)

桜美林大学新宿キャンパス長 船戸 高樹

 第三者評価制度の導入に伴う法律が、この4月から施行され、いよいよわが国の高等教育機関も本格的な「評価時代」のスタートを切ることとなった。日本私立大学協会は、「私学の特性に配慮した評価システムの必要性」から、私立大学等を対象に評価を行う「日本私立大学評価機構(仮称)」を財団法人として設立し、文部科学大臣の認証を受けるための申請を行う準備を進めている。
 本来、大学人による自発的な「ピア・レビュー」で行われるべき第三者評価を、国が法律で定めたことに対する疑念の声が聞こえてくる。変化を嫌う、保守的な体質の強い組織では、新しいことに取り組むときネガティブな意見が、ポジティブな意見を圧倒することがある。しかし、高等教育の高度化、国際化が進展する中で、わが国の大学が教育の質の維持・向上を図り、その成果を社会に示すためには、評価制度は避けて通れない。今、大学人に求められているのは、この制度の意義と目的を理解したうえで、高等教育の発展・向上のためにどのように利活用し、機能させるかという見識である。大げさに言えば、わが国の高等教育の将来がその手に委ねられているのである。

 《評価員養成の緊急性》
 もちろん、この制度の実施に当たっては、まだいくつかの課題が横たわっている。その中で、最も緊急性の高いのは、評価を担当する「評価員」の養成と確保である。仮に、同協会加盟の約350大学を評価の対象とした場合、七年間のサイクルで年間約50大学の訪問評価を行わなければならない。1回あたり平均5人の評価チームを編成したとすると、年間に延べ250人の評価員が必要となる。
 基本的に評価員は、大学の経営陣、教員、職員などの大学関係者のほか弁護士や公認会計士、企業経営者等民間からもボランティアとして協力を依頼することになるが、日常の業務をこなしながらの協力には、おのずと限界がある。したがって、評価機構に登録する評価員の数は、少なくとも300人程度が必要となろう。しかも、それぞれの評価員には、第三者評価の崇高な理念に基づいて「高等教育の「質」に対する高い見識と訪問大学の発展への意欲、挑戦をサポートする使命感」が求められる。つまり、新たに発足する評価機構の第三者評価システムが機能するかどうかは、評価員の「質」にかかっているといえる。
 そこで、ゼロからのスタートを切る評価機構が設立後、早急に評価活動に取り組むためには評価員の養成が急務であるとの観点から、同協会の委託を受け、田中義郎研究員(玉川大学大学院教授)とともに評価先進国の米国における評価員養成プログラム等の実態を調査した。
 調査の対象にしたのは、大学評価を実施する全米6地区基準協会のうち、南部地区基準協会(以下SACS)と西部地区基準協会(以下WASC)の2か所。このほか、高等教育の国際基準を提唱、展開している国際質保証センター(以下CQA)と評価を受ける立場としてジョージ・ワシントン大学を訪問した。

 《評価員の選任と委嘱》
 評価員の数は、地区基準協会がカバーする地域のサイズによって大きく異なる。例えば、南部11州を管轄するSACSは、アクレディテーション認定校が784大学と多い。年間平均約80大学の訪問評価を行うため、登録されている評価員(サイト・ビジター)は、約3000人にのぼる。また、カリフォルニアとハワイの二州とグアムを管轄しているWASCの場合、認定校が150大学(4年制大学のみ)と少ない。年間の訪問評価大学数は、継続評価と新規加入評価を含め約40大学で、リストに登録されている評価員は約1200人である。
 評価員の選任の方法は、基本的に各協会とも共通している。まず、協会事務局から加盟大学の学長に評価員としてふさわしい人物の推薦を依頼する。SACSでは、提出された候補者を経歴や専門分野(教育面だけでなく大学運営の面でも)等について審査し、5段階で評価して登録する。原則としてグレードの高い評価員から評価チームに登用するので、リストアップされながら一度も訪問評価を経験しないケースもある。
 評価員になるということは、高等教育を担う能力と資質を兼ね備えていることが社会的に認められるわけで、米国では最も栄誉のあることとされる。したがって、評価員としてふさわしくない人物を推薦した学長には、その見識と責任が問われ、これによって学長の「質」が評価されることになる。このようなケースでは、2度とその大学には評価員の推薦を依頼しないという。
 また、WASCでは基準を示して推薦を依頼している。その内容は、(1)少なくとも10年以上大学で勤務した経験を有していること、(2)修士または博士の学位を持っていること、(3)教育の経験があること、などである。そのうえで、候補者から提出された経歴書を協会がチェックして就任を依頼している。
 各協会は、このようにして登録された評価員を年齢、性別、地域、専門分野、所属する大学のサイズ、経験等ごとにデータベース化し、訪問評価に際して最も適切なチームを編成することになる。基本的に、協会所属の評価員でチームは編成されるが、医学関係等特別な専門知識が必要な場合には、他の地区から評価員を依頼する(SACS)ことや、大学のレベルにふさわしい評価チームを編成するため、たとえばUCバークレーの評価にイェール大やプリンストン大の学長クラスを依頼する(WASC)ケースもある。

 《評価員養成プログラム》
 学問的権威があり、大学における経験が豊富で評価員に登録されたからといっても、必ずしも大学評価に対する知識や経験があるわけではない。このため、各協会は評価員を養成するためのプログラムを開発し、研修に取り組んでいる。コア・トレーニングと呼ばれるこの研修は、一日または二日間にわたって年に二回程度開催される。
 研修の内容は、まずアクレディテーションの理念と意義を理解することから始まる。
 「大学評価が始まった歴史的な経緯と意義は?」
 「大学に対する評価がなぜ、必要なのか?」
 「教育の質を社会に示すとは、どういうことか?」
 「それらに対して、評価に携わるものはどのように関わるべきか?」
 協会の担当者がトレーナーとなって、このような基本事項について認識を深めることが主眼となる。その上で、各協会が大学側に示しているスタンダード(基準)の主旨を理解し、大学が提出したセルフ・スタディ・レポート(自己点検報告書)の読み取り方やインタビューの方法、評価チーム内での役割分担、評価結果に対するレポートの書き方等をハンドブックに基づいてケース・スタディする。
 とくに、「自分の意見を相手に押し付けず、いいところを引き出す能力」と「評価チーム内で主張の対立を引き起こさないようにする協調性」が評価員の資質として求められている。(つづく)

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