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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.149
特別連載 高等教育改革―国大と私大との関係をめぐって―2―

私学高等教育研究所主幹 喜多村 和之

 《国立大学の法人化と私学》
 一方、採算や経営を無視しては一日もやっていけない私学経営者の目からみれば、法人化後の裁量の拡大と公費の注入や国有財産等は保証されているのに、なぜ国立大学人が現行の古い設置形態に固執し、新しい可能性への挑戦を忌避するのか理解しがたい人も多く、私学関係者の中にはこうした不徹底な法人化よりは私学並みに民営化すべきだと主張する者も多い。また、国立大学に引き続いて、公立大学も次々と法人化に移行することになるだろう。
 国公立大学は、法人化後も公費の投入を保証をされつつ「民間的経営手法を導入」すると文部科学省はうたっている。しかし、なぜ、基本的な収入を公費で保証されている組織が、文科省が言うような「民間的経営手法を導入」することになるのか、理解しがたいところだ。何故なら経営の失敗はただちに倒産につながるのが民間企業であり、だからこそ経営が必要になるのであり、国から安定的に資金を注入され、従って潰れないことが保証されている国立大学や公立大学が、民間的経営手法を取り入れるというのはレトリックであるとしか考えられない。その意味では国公立大学は形態や運営の面では私学に近づいてくるわけであるが、実質的には「民営化」とは程遠く、それが筆者が「擬似私学化」と名づけている所以である。

 《四面楚歌の私学》
 しかし、全大学の7割余を占める私学の多くが直面するのは、国公立大学よりはるかに厳しい現実である。私立大学はこれまで棲み分けで共存してきた国公立大学と、いわば同じ土俵で学生や教員や資金をめぐって競合状態に入ることを余儀なくされる。しかも私大の多くは青年人口の減少による定員割れ(4年制大学の3割、短大の5割におよぶといわれる)や経済不況下での学費収入の困難化に直面しつつ、いよいよ「大学淘汰の時代」に突入しつつある。こうした時代の到来はつとに筆者が警告してきたところであるが(拙著『大学淘汰の時代』中公新書1990年)、こうした予測をまともにとりあげた経営戦略に基づいた大学がどこまであったかは、数年中に明らかになるであろう。
 そればかりではない。
 規制改革や市場原理による競争政策を推進する小泉内閣のもとで、私立大学は、株式会社の教育参入という「後門の狼」にも直面している。これは従来、学校法人という非営利組織にのみ限定されていた学校の設置に、営利組織である株式会社の参入も認めようとするものである。つまり、このことは学校という公共性の高い制度にも、営利・非営利に係わりなく「規制緩和」を求める方向が、究極の民営化という形で出てきているとみることができる。
 一方、「公設民営」という名の、公立とも私立とも見分けがたい大学の登場やNPOなどの教育参入も盛んになっており、この展開の先には50年の歴史を持つ「学校法人」そのものの見直しにまで進む方向も出てくることになるかもしれない。つまり設置形態という「この国の大学のかたち」の変化は、まず国立大学制度に及んだが、制度的にも機能的にもきわめて多様化し、流動化しつつあり、このような状態がどこまで進行するのか分からないカオス的な状況になりつつあるのである。筆者はすでに当初から指摘してきたように、国立大学の法人化は、単に国立大学だけにとどまらず、やがては国公私の設置形態や、さらに公設民営や特殊法人の再検討にも及ぶ、巨大なうねりの先駆けであった(拙著『大学は生まれ変われるか』中公新書、2002年)。まさに、2004年には学校法人制度の見直しを迫る私立学校法改正が日程にのぼってきている。

 《戦後最大の高等教育政策の転換?―学校教育法の一部改正》
 2002年11月、第155回(臨時)国会において、政府提案の「学校教育法の一部を改正する法律」が成立した。
 この法律は、学部等の設置認可の制度を一定の条件の下では届け出制にするという入口の「規制緩和」から、代わりに事後評価として出口の第三者評価機関による「質保証」の強化へと転換した。そして、これまで事実上発動されないできた所轄庁による「法令違反」の大学に対する段階的な是正措置を可能にするための制度を整備し、さらに、日本の学部・大学院に大きな衝撃をおよぼす専門職大学院制度を創設するなど、現行の制度の根幹に係わる一連の改変とセットになっている。この学校教育法改正と国立大学法人法の成立によって、政府は、国立のみならず公私立の大学や短大に対する全面的な監督と質の管理強化に踏み切ったことになる。中でも、この法改正を戦後以来最大の教育改革になぞらえる見方すらある。
 今回の一連の学校教育法改正は、たんに既存の制度や慣行や既得権を揺るがすだけではない。将来にわたって先行き不透明なモンスターのような新制度を生み出しつつ、これまで先送りにされてきた幾多の重要問題を、パンドラの函を開けるように一挙に噴出させる可能性もはらんでいる。
 この法改正は直接的には2002年8月の中央教育審議会の「大学の質の保証に係わる新たなシステムの構築について」等の最終答申にもとづいて文科省が法案化したものであるが、その源流は98年の大学審議会の「21世紀の大学像と今後の改革方策について」等の諸答申にたどることができる。この約5年間に政府の大学政策には微妙な揺らぎがみられるが、結果的には小泉政権のもとでの2002年3月29日の閣議決定「規制改革推進三ヵ年計画(改定)」の次のような文面に集約されていた。
 「大学の教育研究水準の維持向上の観点から、設置認可を受けたすべての大学に一定期間に一度、継続的な第三者による評価認証(アクレディテーション)を受けてその結果を公表すること等を義務づけるなどの評価認証制度を導入する。併せて、評価認証の結果、法令違反等の実態が明らかになった場合には、文部科学大臣が是正措置を講じることができることとする」
 ここにはまさに、改正内容が集約的に予め表明されていた(「評価認証」という語彙だけが法案では「認証評価」とかわっているが)。つまり、中教審も文科省も小泉政権の閣議決定の内容を忠実に具体化する役回りを演じたかのようにさえみえるのである。
(つづく)

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