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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.139
カリフォルニア私大協―アメリカの私立大学に関する動向

日本大学教授 羽田 積男

 この夏、自身の研究をすすめるためにカリフォルニアへ短い旅をした。今回本欄で報告するのは、カリフォルニアにおける私立大学に関する動向の一端である。筆者は、かつて本欄において、学生人口急増期の現在におけるカリフォルニアの高等教育制度の基盤である公立大学セクターの変容について報告したことがある。今回は私学セクターを束ねる代表機関であるカリフォルニア私立大学協会への訪問と、いわば個性輝く教育を推進している比較的歴史の浅い小規模な私立大学について紹介したい。
 同協会は、全米私立大学協会の傘下にあり、州都サクラメントの州議会の近くにスタッフ数七名の小さい事務局を構えている。「高等教育クロニクル」誌2003―2004年アルマナック版によれば、州内の私立大学は、非営利校150校、営利校49校、合計199校。短期大学は、非営利校20校、営利校51校、合計71校となっている。これに対して、公立大学は32校、公立短期大学は111校と報告されている。
 同協会は非営利の4年制大学を会員としている。大学数の上では私学セクターが優勢である。ところが、その抱えている学生数はどうかといえば、これが見事に逆転する。私立大学には、29万人が学んでおり、公立大学には、55万人が学んでいる。一校あたりの学生数を単純計算してみれば、公立セクターでは一万7000人のキャンパスが想定できるが、私学セクターでは2000人に満たない。つまり、急増する学生は必然的に公立大学が抱える構図であり、私学はその教育の独自性を楽しんでいるように見える。
 非営利大学150校のうち、同協会に参加している大学は76校、傘下の学生総数22万人である。非営利大学の約半数は会員校ではない。決して網羅的な私学組織ではないことが分かる。協会会員の有力大学には、南カリフォルニア大、スタンフォード大、カリフォルニア工科大などがあり、小規模の大学には、学生数350人のトマス・アキナス大、60人のケック応用生命科学大学院などがある。私学の多くの大学は、カトリック系などの宗教的な背景をもち、なかでも神学系大学などは大学院に特化していることが多い。会員校の抱える22万人の学生のうち、10万人が大学院生であるから、私学の学士課程には12万人しかいないのである。州内の学士課程学生は、約200万人であるから、6%の学生しか担当していないことになる。しかし不思議なことに、大学院生の10万人は、州内の院生総数32万人に対して、約3分の1もの比率になり、同協会の大学が著しく大学院に特化している様も見て取れる。なかでもロースクールやビジネススクールなどのプロフェッショナルスクールでは、70%近くの学生が、この協会の会員校に学んでいるという。つまり、州内の修士号や博士号の約半数が、これらの私学から生み出されている。
 さて、同協会の果たす役割は、そのスタッフ数から見て限定的であるが、何といっても大きな仕事は、私学セクターのための政治的ロビー活動である。それは州議会や民主党・共和党の州本部近くに事務局を構えていることを見れば、その事情はすぐ了解できる。高等教育に巨大な知事予算を組み込んだ現職知事が、後に大幅な減額を余儀なくされ、ついにはリコールの危機に瀕したことを想起すれば、政治的なロビー活動がいかに重要であるかは、容易に理解できるのである。
 さらに授業料の高騰に対抗して学生のための州奨学金を増額するための活動もしている。カリフォルニア大学(UC)の学生の両親の年収の平均5万4000ドルに対して、同協会会員校では5万3000ドルである。つまり、毎年、平均約1万8000ドルという高額の授業料を支払う学生の両親の収入は、年に4500ドルの授業料を払うUCの学生の両親よりその収入が低いのである。同協会の役割は、私学に学ぶ学生により多く、より大きな奨学金を与えるように活動することで、このアンバランスを埋めているのである。同協会の執行役員会には、職権役員として州学生支援委員会や州中等後教育委員会の代表が加わっているのもうなずける。
 同協会は、他にも専門的な助言を会員校に対して行う必要があり、7名の事務局員は、それぞれが専門分野をもっている。事務局長のブラウン氏には長時間のインタビューをさせていただいたが、その該博な私大情報には驚いた。何もかも多様な私立大学をまとめていくのは、並大抵の力量ではないのである。
 さて、今回訪問した大学についても記しておきたい。それは、まさに日本の私学の方向を示唆する標語、「個性輝く大学」がまさに当てはまるからである。トマス・アキナス大は、ロスアンゼルス市の北西約100キロ、柑橘類の実るサンタポーラ市の山中にある。創立からわずか30年という若いリベラルアーツ大学であるが、まさに個性輝く。その個性とは、この大学の誇るカリキュラム、いわゆるグレートブックスを内容とする強固な教育内容と方法をもつ。グレートブックスでの教育の淵源は、アナポリス市のセント・ジョンズ・カレッジにあるが、この大学も州内のセント・メリーズ・カレッジと同じようにこの系譜に属する。すべての教室、教授陣の研究室にはグレートブックスの全54巻のシリーズなどが揃えてある。このシリーズは、グレートブックス教育をシカゴ大学で実践したロバート・M・ハッチンスの編集になるものである。
 筆者は、入学したばかりの学生の15人のクラス、「神学―旧約聖書」の授業を参観させていただいたが、誠に日本の大学の教室とは違う光景であった。学生は各自の聖書を持参しているので、その英語版はさまざまな翻訳版である。学生は自分の聖書をもとにその解釈を述べ合って議論する。翻訳が違うことは、その方が聖書を理解するには好都合ということである。チューターと呼ばれる担当教員は、授業の途中で数語のコメントをなすだけで、あとは静かに笑いながら授業の進行を見つめている。学生はほとんど休むことなく聖書の解釈をし、その解釈をめぐって議論を続ける。チューターは、つまり教授陣は、グレートブックスを読み、教えるわけであるから、自分の専門だけを教えるということはない。1年生はユークリッドを、2年生はケプラーを、3年生はデカルトを、4年生はパスカルを数学という分野で読むのである。最先端の数学より、その形成過程に必須であった古典を読むのである。
 ほとんどの教室は、17人ほどが座れる円形テーブルであり、教室の隅には参観者用に椅子が2脚備えられていて、誰でもいつでもそこに座ることが認められている。従って筆者もすべての教室をのぞいてみるよう副学長デリューカ先生から勧められ、授業スケジュール表までもらったものであった。個性輝くとはこういうことであるのかと感心したものである。
 さて、クレアモント・カレッジズは、コンソシアムの大学として知られているが、今ここにも革新がおきている。ケック応用生命科学大学院はこのコンソシアムに加わった新しい私大で、同協会の最も新しい会員校となった。ピッツア・カレッジの1963年の創立・加入から実に40年、ハーヴィ・マッド・カレッジの元学長による主導のもとに設立された新大学院大学で、大学名のケックとは、石油の開発で知られるケック家の財団の多大な支援による。ケックの名称はハワイのケック天文台、南カリフォルニア大学ケック医学部にもその名称が冠されていて、財団の幅広い教育研究活動への支援が理解できる。
 ケックでの教育は、大学院修士課程生の60名と19名の専任教授陣とで成り立つ。学生がめざす学位は、MBS(Master of Bioscience)という独特なものである。すでに卒業生を出していて、多くが民間会社の専門分野に就職しているという。入学局と学生サービス局の双方の責任者であるフリースマン氏によれば、近くのカリフォルニア工科大やカリフォルニア・ポリテクニック・ポモナ校や他の総合大学とは競合しないであろうということであった。バイオサイエンスと工業・ビジネスとの連携を主眼とするこの大学とは、専門分野が違うとのことであった。しかも、将来も博士課程をもつことはないだろうという。小さな領域であるが、ビジネス社会と生命科学の応用を結んでのこの試みはユニークそのものである。キャンパスはクレアモントの5つのカレッジの近くに三棟からなる校舎ビルを構えていて、外見上はとても大学には見えないが、それでもこの校舎ビルはかつて医薬品大手の開発拠点であったから、応用生命科学にはうってつけのキャンパスなのである。
 筆者が訪れたいくつかの大学のうちのトマス・アキナス大学とケック大学院。カリフォルニアのすべての私立大学を語るには無理な話ではあるが、ともに新しい大学であり、まさに個性輝く大学でもある。強力な設立理念、それを可能にする大学人の努力、さらにそれを支える外部の資金、増え続ける教育を求める若者。どれもこれも決して目新しいものではない。しかし、それを実際に目の当たりにした時、新鮮な感動を覚えたのは確かであった。

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