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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.134
導入教育の実態―学部長調査の結果から(中間まとめ)―1―

同志社大学文学部教授 山田 礼子

 本稿では、私学高等教育研究所の研究プロジェクトとして実施してきた「効果的導入教育カリキュラムの開発」の研究成果に関する中間報告(第1回)をお届けする。
 わが国では、大学進学率は1999年には概ね50%に達し、今後も大学進学率は上昇すると予測されている。現代は、万人が高等教育に進学する機会が増大する時代への移行期にあたると考えられるが、こうした高等教育のユニバーサル化に伴って、大学入学者の多様化も進行しつつある。学力不揃いの調整に苦慮し、補習教育的な措置を取り入れる大学や、目的意識も不明確なまま入学してきた学生への学問への導入・動機づけを目的とする導入教育を実施する大学も年々増加してきている。しかし、多くの大学では、導入教育が新入生への動機づけにどのような効果をもたらすのか、導入教育カリキュラムがいかなる内容で構築されるべきなのかという点で、暗中模索の状況にあるといっても過言ではない。
 一方、日本より早期に高等教育の大衆化、学生の多様化を迎えたアメリカの高等教育機関では、1970年代半ばから、学部新入生を対象とした導入教育カリキュラムやプログラム開発、授業における取り組みが積極的に行われている。諸側面における学生の変容を目の前にしているわが国においても、今後はアメリカで実施されているような学生の移行期を支援する導入教育が普遍的になる可能性は高いと思われる。しかし、導入教育そのものの概念は日本ではそれほど整理されているとはいいがたく、教員の認識も様々であるということから、実際には導入教育科目の内容も大学・学部によっては補習教育をも包摂しており、どのような内容が教育上効果的かということは不透明で、ブラックボックスであるといわざるを得ない。
 調査は次の4つの問題意識をもとに、2001年10月から11月にかけて全国私立大学の1170学部の学部長を対象に実施し、636学部から回答を得た。第1に重要視されている導入教育の内容に何らかの共通性がみられるのだろうか。第2に学生の現状は実際に様々な言説どおりであるのであろうか。第三に大学の学生をめぐる諸問題への対応状況の規定要因は何であろうか。第四に教員の導入教育への意識、関わりはいかなる状況を示しているのだろうか、である。導入教育調査の全体像、学生の現状、導入教育科目とその内容、教員の意識に分けて簡単に報告する。
 ここでは導入教育を次の4つの側面を涵養するための1年次教育と定義した上で、実施状況を尋ねている。@補習教育(大学での学習・研究の前提として必要で、かつ本来高等学校までの教育で習得すべき内容の教育)、Aスタディ・スキル(一般的なレポート・論文の書き方や文献の探し方、コンピュータ・リテラシー)の教育、Bスチューデント・スキル(大学生に求められる一般常識や態度)の教育、C専門教育への橋渡しとなる基礎的知識・技能の教育、である。
 実施状況について、実施しているとの回答は511件(80.9%)、実施予定はなしとの回答が61件(9.7%)となった。つまり、およそ9割の学部が導入教育を実施もしくは検討中になっている。
 実施している学部に関して、実施年度の推移をみたところ、早くから実施しているとする学部がごく少数存在する一方、1991年を越えて実施数が増大の一途をたどっている。とりわけ、学生の学力低下がマスメディアを通じて注目を浴びるようになった1999年を境に急増していることがみて取れる。
 導入教育を実施している学部における、「導入教育への学生の満足度」、「導入教育の効果があがっているかどうか」、「今後の導入教育の増強度」についての比較を行ったところ、「学生の満足度」、「導入教育の効果」は人文系、社会系、理系学部ではほぼ同じような点数結果を示した。平均点は各々4.1点(5点が最高点)という高い点数を示している。「今後の導入教育の増強度」についても、平均4.5点という高い点数をいずれの学部長も与えており、これは、導入教育強化の必要性が学部間に広がっていることを示している。
 それでは現在、多くの学部が導入教育をカリキュラム上で提供している場合、その内容には何らかの共通性があるのだろうか。あるいはどのような内容で導入教育は構成されているのだろうか。導入教育内容の重視度から分析した結果、第1の授業内容群は、「学生生活における時間管理や学習習慣の組織化」、「将来の職業生活や進路選択に対する動機づけ・方向づけ」、「学問や大学教育全般に対する動機づけ」、「受講態度や礼儀・マナーの涵養」、「社会の構成員としての自覚・責任感・倫理観の養成」等の学生生活や社会生活を送っていく上での基本的なスキルに関連した項目から構成されていることが分かり、これを「スチューデント・ソーシャルスキル」と名づけた。第2群は、「レポート・論文の書き方などの文章作法」、「読解・文献講読の方法」、「論理的思考力や問題発見・解決能力の向上」など大学での学問・学習を遂行していくうえでの基本的なスキル関連項目から成り立っており、「学習スキル」とした。第三群を「情報資源活用スキル」、第四群を「教科補習」と命名した。それぞれの群に基づいて、学系別の導入教育内容に何らかの差異や特徴が見られるのかを分析して見ると、次のようなパターンが浮かび上がってきた。
 まず、「学生生活における時間管理や学習習慣の組織化」、「学問や大学教育全般に対する動機づけ」等からなるスチューデント・ソーシャルスキルではほとんど学系上の差は見られない。理系では学習スキル、および情報資源活用スキルの重要視度得点が低く、文系では情報資源活用スキルの重要度が高くなっている。一方、教科補習では反対に理系の重要視度得点が高いことが分かった。このことは一体どのようなことを意味しているのだろうか。
 一時期「リメディアル(補習)科目」の設置が注目を浴びた時期があったが、導入教育においては理系を除けば、リメディアルという側面よりは、「スチューデント・ソーシャルスキル」に関連した内容が学部を問わず重要視されている。つまり、基本的な生活習慣や学習習慣、マナーなど従来は高等教育機関がタッチしてこなかった領域を、現在ではほとんどの学部が共通して学生に教える必要性に迫られているということで、「大学に入ったら一人前の大人」として扱ってきた高等教育機関と「決して一人前ではない」中等教育修了者との間のギャップが年々拡大し、もはや無視できない状況であることを物語っているように思う。次回では大学評価・学位授与機構の森 利枝氏が学部長が認識している学生の現状報告を行う。
〈つづく〉

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