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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.124
信なくば立たず―認証評価制度は実施できるのか

私学高等教育研究所主幹  喜多村 和之

 昨2002年末に法律化された新しい認証評価制度は、2004年4月からの施行に向けてあと半年以内に迫っている。認証評価機関に申請を予定している諸団体は準備に追われていることであろうし、「自己評価」と「第三者評価」を義務づけられた各大学は、早くもその対策に頭を悩ましていることは、私学高等教育研究所にも問い合わせがあることからも推察される。新制度への対策と銘打ったセミナーや研修会も盛んである。
 周知のように法律は各大学に「自己評価」に加えて、国が認証する「認証評価機関」による第三者評価を受けることを義務づけており、受けなければ法令違反になる。しかも機関評価の場合は七年以内、専門分野別評価では5年ごとに受けなければならない。つまり、単純計算でも、2002年度現在、686校の国公私立大学と五四一校の短期大学は、2011年度末までに、毎年平均約100校の大学、約80校の短大が、全国一斉に自己評価を実施し、第三者評価を受けなければ間に合わない勘定になる。しかもその評価結果は公開されなければならない。
 これは新制度だから、認証評価機関なるものは理論的にはまだどこにも存在せず、新年度に入ってはじめて文部科学大臣に申請し、文部科学省はその是非を中教審に諮問してから、認証される運びとなる。認証機関に申請する予定とみられている評価機関は、いずれも過去の実績や試行、従来の評価システムとは異なる新システムや基準の設定や体制の構築をはからなければならないから、その設計に多大の時間や手間がかかるであろう。
 しかも、本稿執筆時点では、なぜか文科省から認証評価制度の細目を定めた省令が発令されていない。省令に対するパブリック・コメントの募集はとっくに終わっているにもかかわらずである。何か省令を決められない事情でもあるのだろうか。いずれにしてもこんな状況では評価機関も設計を進めようがなく、手探りの状態である。
 第三者評価機関の評価の項目、評価基準、評価体制等が発表されなければ、個別の大学は、第三者評価と自己評価とがどのような関係にあり、どのような項目や基準を念頭に置いて自己評価を行うべきか困惑するだろう。事実、日本私立大学協会(以下、私大協会)にも評価項目や基準の細目を早く決めて欲しいとの問い合わせが絶えない。仮に項目や基準が決められたとしても、一般に大学自身の自己評価の作業にも最低でも半年から1年はかかるだろうから、法律施行直後の2004年度中に認証評価を受けられる大学の数はごく限られることになるだろう。
 新制度の導入にあたっては、どんな場合でも、最低1〜2年の試行期間は不可欠である。何校かの事例を選んで自己評価と第三者評価を実験的に行ってみて、その結果の分析に基づいてシステムを改善し、当該大学からの意見や評価をフィードバックしていくというプロセスを経ることなしに、拙速に実施に移すことは、あたかも試運転なしに本番の運転に臨むようなもので、絶対に避けなければならない。制度というものは、いったん発足したら簡単にはやり直しのききにくいものだからである。
 仮に自己評価に最低1年かかり、試行に1年をかけるとして、3年目から本評価を行うとしたら、大学だと、一評価機関だけしか存在しない場合では、年間138校を担当し、二機関が行う場合では、年間69校を担当し、三機関で担当する場合は、年間46校を引き受けなければならないという計算になる。現在541校の短大にいたっては、短期大学基準協会のみが認証評価機関として申請が予定されているようだから、試行期間なしでは毎年78校、試行期間2年を要するとしたら年間109校の評価を終えなければならないことになる。
 これまで国立大学だけを当面の評価対象としてきた大学評価・学位授与機構ですら、年間8〜9億円の事業費と100人を超えるフルタイムスタッフと7階建てのインテリジェントビルを擁するという恵まれた条件でありながら、約100校の国立大学をこなすだけでも、多忙を極めているのが実状だと聞く。
 同機構は今年の10月に独立行政法人になることが予定されており、そうなれば国公私大のいずれも評価の対象になりえるのだから、同機構の評価を申請する大学は私大を含めて増えるかもしれない。そうなれば、同機構の事業活動はさらに拡大化され、いっそう多忙化する可能性がある。
 第三者評価は書面審査のみならず実地調査を行うことも法令で必須化されているから、これまた相当の時間、資金、手間がかかるが、最大の問題は評価を行える人材をいかにして確保するか、ということである。
 これまで機関評価と専門分野別評価の両方を行ってきた大学評価・学位授与機構と恆蜉w基準協会とでは、数百人単位の専門委員をとりあっている状況にある。ましてや新参入の評価機関にとってヒトの確保は最大の悩みである。
 こうみてくると、そもそもこの「認証評価制度」なるものは、実行可能なのか、という疑問が出てくるのを禁じがたい。たんにヒト、カネ、モノという資源の不足もさることながら、評価のシステムというソフトの未成熟や限られた時間(5〜7年)という制約があるのである。
 これは私だけの杞憂にすぎないのだろうか。あまり心配する必要はなく、なんとかなると信じている人も多いようである。それに、有識者で構成されている中央教育審議会や有能な官僚が、このようなきわめて単純素朴な問題点をまさか気づかずに法律まで作ってしまったとは到底考えられない。実行可能だと考えたからこそ、法律という手段で、政府が提案し、国権の最高機関たる立法府で法的に大学に義務化したのであろう。
 しかしながら、私大協会にとって、仮に同協会加盟校336校のすべてを7年以内に自己評価と第三者評価を済ませなければならないとすれば、年間少なくとも約50校をこなさなければならないという計算になる。それは毎月4〜5校の割合といったペースである。ヒトもカネもモノも不足し、経験もない新設の評価機関に、そんなことが実行可能なのだろうか。もし名案があったら中教審委員か官僚諸賢からその秘策を教えていただきたいものである。
 尤もそれでも実行可能であると主張するのであれば、形だけを整えればよいということではないか。しかしそれでは一応「評価を受けました」というだけの形骸化に堕し、質の保証や改善につながるとは到底思えない。もしそんなことになるのなら、国民からの厳しい批判にさらされることになるだろう。それは大学の死命を決することになりかねない。なぜなら、そうした行為は大学に対する最も重要な支援の基盤である世間の信頼を揺るがすことになるからである。
 大学評価の問題の背後には、大学という社会制度に対する世間の不信に根ざしている。あらゆる制度は「信なくば立たず」であり、その真理は、大学制度にも例外なくあてはまるだろう。

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