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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.93
中国の高等教育―世界を見据えた大学改革 (下)

私学高等教育研究所研究員  船戸 高樹

 中国の家庭に今、大きな夢がある。それは「子供に十分な教育機会を与え、郊外のマンションに住み、マイカーで通勤や買い物、子供の塾の送り迎えをする」ことだ。中でも最も関心の高いのは、子供の教育である。特に、大学への進学意欲は急激に高まっており、まさに"受験戦争"の様相を呈している。このような状況を生んだ背景として、3つの要因が挙げられる。
 1つめは「一人っ子政策」。人口の増加を抑制するため、中国では基本的に1人しか子供を作れない。両親にしてみれば、わが子に将来を託すため教育投資をいとわない。父方、母方双方の祖父母もこれに加わるから、一人の子供を6人がかりで育て上げることになる。
 2つめは、経済成長に伴って家計が豊かになり、教育に振り向ける余裕が生まれてきたこと。もっとも、家計に占める教育費の割合は年々高騰しており、収入の半分を振り向けたり、銀行ローンを組んでいるケースも多い。
 もう1つは、社会の高度化が進み、より能力の高い人材が要求されるようになってきたことだ。従って、大学卒の資格は最低条件といえる。かつて大卒の就職先は国家配分で決められていたが、今では能力次第で自由に選べる。有名大学を卒業して外資系企業に就職することが、中国の若者たちの究極の進路である。
 従って、有名大学に進学するために熾烈な競争が繰り広げられることになる。
《統一試験で選抜》
 中国の大学入試は、毎年7月7日〜9日の3日間にわたって実施される全国統一試験で合否が決定する。ただ、北京と上海だけは、両市に在住する受験生を対象とした、それぞれ独自の統一試験を実施している。その理由は、地元受験生を優遇するためといわれ、試験の内容も全国統一試験に比べ、多少やさしいと聞く。
 入試科目は「国語、数学、外国語」が各150点、さらに「政治、生物、歴史、地理、物理、化学」の6教科から出題される総合科目が300点の計750点満点。(ただし、来年からは、これまでの9教科入試から、受験生の負担を軽減するため、6教科から出題されてきた総合科目が、志望する大学の指定する1科目を含んで2教科選択に変更されるとともに、実施時期も1ヶ月前倒しされ6月7日〜9日になる)。
 受験生は、出願にあたって志望するいくつかの大学と専攻(1大学あたり3専攻まで)を届け出、入試成績によって上位者から順に入学大学が決定する仕組みになっている。北京大学や清華大学のような一流校には、全国から志願者が殺到し、合格最低点は8割を超す。有名校の一つ、南京市にある東南大学は、この夏の入試で4000人の合格者を発表した。この内、600点以上の高得点者は1400人。合格最低点は592点だったから、わずか8点に残りの2600人がひしめくという激戦である。
《一点一万元》
 大学入試が激化すれば、当然第1志望校、または専攻に合格できず、第2志望校以下に振り向けられる多くの受験生が生まれる。しかし、有名大学に進学すれば、就職に有利になるばかりでなく、その後の人生をも左右することになるから、受験生や両親にとって重大事である。そこで、大学に寄付金を払ってでも志望校に入れることになる。支払う金額は、入試成績の一点につき一万元(一元は、現在のレートで16円)。それも、せいぜい5点までという。国民一人あたりのGDPが約850ドルの中国では、これは大金である。それでも、子供の将来を願って、銀行で借り入れたり、親戚中の協力で用立てるわけである。
 しかも、この過熱ぶりは益々低年齢化する傾向にある。つまり、1流大学に入るためには、進学実績のある有名な高校へ、その高校に入るためには有名な中学へ、さらに小学校にまで及んでいる。その場合も、入試成績の一点につき一万元だという。そのうえ、学校での教育だけでなく家庭教師をつけたり、塾に通わせているから、家計の教育費が膨らむのは無理もない。だから、教育パパやママが「自分で勉強して、一流大学に入ってくれるのが一番の親孝行」というのもうなずける。
《民弁大学の役割》
 こうした高等教育に対する要望の高まりを受けて中国政府は、大学の定員増とわが国の私立大学に相当する民弁大学の設置を認めるという二つの政策を打ち出している。
 そのうち大学の定員は、3年前に比較して倍になっているほどの急増ぶり。昨年の統計では、高校の卒業者約2430万人のうち、大学への進学者は4年制の本科大学と2〜3年制の専科大学を合わせ、約270万人となっており、大学進学率は11%にまで増加している。これについて前国家教育部副部長の韋 博士は「中国の高等教育は、国際的な大衆化の最低基準である15%にまだ4ポイント足りない。これを2005年までに達成することが一つの目標である。ただ、全ての大学の定員を増やすのでなく"211プロジェクト"(前号参照)のような重点大学については、研究型大学を目指して学部の定員増よりも大学院の拡充に力を入れる方針だ」と語る。
 ただ、わずか4ポイント増加させるといっても、新たに約100万人の学生を受け入れなければならない。そのための方策について「高等教育に対する国民の高い需要に応えるためには、今の大学だけでは不十分であり、民弁大学のような民間に委ねなければならない。ただ、民弁大学の現状は、法律が整備されていない点もあり、質の面を含め多くの問題を抱えている。この課題については、教育部でなく全国人民代表大会の直接指導のもとに法案づくりを進めている」という。
 現在、全国に約1000校の民弁大学があるが、そのうち学位授与権があるのは、わずか数十校に過ぎない。それ以外のところでは、卒業後国の指定した大学で改めて学位試験を受けなければならないことになっている。「ほとんどの民弁大学の質は低く、国の大学としての基準に達していない。ただ、高等教育の普及のためには民弁大学が健全で、秩序のある発展をすることが必要だ」と韋博士は語っている。
 民弁大学は一部を除き各省教育庁が認可しており、設置形態は全て民間の資金で設立されるものと、国が管轄する大学や地方政府が出資し、運営を民間が行う、いわゆる第3セクター方式の2通りがある。全国で最も早くから民弁大学の開設に取り組んでいる江蘇省には、現在省内の大学93校中、11校が民弁大学で、学生数は全体の約1割にあたる6万人にのぼっている。省教育庁の丁 暁昌副庁長は「大学としての質を維持・向上させるため、今後5年間で省内全ての民弁大学の評価を行う。国の指導もあり評価は厳しいものになる。もし問題が大きければ、とりあえず1年間の募集停止の措置を取って改善策を求めるが、十分な対応をしない場合は幹部の総入れ替えをする」と厳しい姿勢を示している。
 民弁大学は、教員の質だけでなく施設や設備面でも十分整備されていないうえ、学費が国立の年間約5000元に比べ倍以上の1万元を超すところが多く、さらにエリート教育を受けたいという受験生の強い意向もあって学生確保には苦戦をしているところが多い。このため、学費収入が財源の民弁大学間で無秩序で、なりふりかまわぬ学生募集を繰り広げ、批判を浴びることにもなっている。
 高等教育大衆化を迎えようとしている中国で、そのカギを握っている民弁大学。国民の信頼を得ていかに発展していくかは、国の政策とともに民弁大学自身の自律性が問われているといえよう。
(おわり)

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