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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.90
SD論の到達と前進―職員開発と大学運営への参画 (上)

日本福祉大学常任理事  篠田 道夫

〈SD注目の背景〉
 今年、『IDE』5・6月号が「大学のSD」、また『Between』5月号が「大学職員のキャリアアップ」という特集を相次いで組んだ。90年代には取り上げられることが少なかったSD(スタッフ・ディベロップメント=職員の能力開発)の課題が、近年社会的にも取り上げられるようになった背景には、大学の急激な「危機」の深化がある。18歳人口の急減と大学の新増設、「大学の市場化」、「大学淘汰の時代」と呼ばれる環境激変の中では「大学は競争原理になじまない」などと考えても、この市場を勝ち抜くことなしには存立も発展もない。大学の教育・研究や学生人材を必要としているニーズに真剣に向き合わなければならなくなった。そして、改めてこの改革の担い手が問われている。教育の専門家としての教員の能力開発(FD)と並んで、大学改革推進マネジメント、大学行政管理の専門家として独自の役割を持つべき職員の能力開発(SD)が注目されることとなった。激変する情勢の中で、まさに現場にいる職員の問題意識や開発の力量が改革の水準やスピードに大きな影響を持つようになったといえる。
〈先駆的提起〉
 昨年は一般の新聞にもSDの課題が取り上げられた。例えば、日本経済新聞(2001年6月9日付)では、筑波大学・大学教育研究センター長の山本眞一氏により「大学職員、経営を担う力を」が掲載された。「大学の管理運営や経営には、学長・学部長のリーダーシップの確立などに加えて、彼らを支える職員層の意識改革と資質向上が必要で」、そのためには「職員層を中心とする大学経営人材の養成、とりわけ経営戦略の企画能力の向上」が求められるとともに、「優秀な職員が大学の中でもっと積極的に活躍できる場が必要だ」とした。また、桜美林大学副学長の諸星 裕氏は日本経済新聞(2001年5月5日付)の「教授会偏重改める必要―管理のプロ養成に協力」の中で「大学が生き残っていくためには教授会至上主義を排し教員の意識改革を求めるとともに、大学を管理運営するプロの職員組織とアドミニストレーターを育て」ること、そのためには「職員に権限をゆだね、高い専門性を持つ」ことが必要だとした。これらの社会的提起は全国の職員にとって、目指す改革の方向に改めて確信を持たせ、取り組みに励ましを与えた点で大きな意義を持つものであった。これらの提起の背景には、90年代より職員の自覚的取り組みの中から「大学行政管理学会」が設立され、また「FMICS」を始めとした長年の職員自身による研究・研修組織による取り組みの積み上げの成果がある。
〈大学審答申、独法化〉
 1998年10月26日公表の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」では、初めて「事務職員は、教育研究の支援をして、その充実・高度化を図る上で不可欠の存在である」と明記された。学長の責任と権限を明確にし、トップのリーダーシップとそれを支える事務局・職員の強化による改革推進という方向が提起された。職員の位置と役割については「連携と支援」という一般的な用語を用いてはいるが、職員が改革の推進に不可欠の存在であり、その専門的な資質向上が必要なこと、「運営会議」への事務局長の参加など大学機構に参画し必要なポストを担うべきこと、一定の専門領域については職員への業務移管を図ることなど今後の改革の実践にとって貴重な指針となるものであり、「答申」に公的な形で盛り込まれたことの意義は大きい。さらに独法化の進展の中で、朝日新聞(2002年4月9日付)において京都大学事務局長本間政雄氏が、「国立大学にも経営のプロを―トップには事務職も」という踏み込んだ提起を発表した。氏は、「親方日の丸の下で経営能力があるとは言い難い行政官を、収益をあげ経営責任を果たし得る"大学経営のプロ"に養成すること」と「事務部門の専門家も大学のトップに置く必要性」を指摘し、米国の大学を念頭に「管理・財務部門の統括を行う経験豊かな専門事務職も筆頭副学長にして多大な権限を与え」、「企画立案し、総務、財務、人事など管理的業務を総括する」体制を提案した。独法化後の経営の力量不足に対する危機感を背景に、答申をさらに一歩進める提起となっている。しかし、実際の法人化後の運営機構の中で職員が何処まで権限を持ち、また、どのポスト、機関の正規構成員になり得るのか、そもそも幹部職員の人事権を個別大学が何処まで実際に持ちうるのか、この進展が問われている。
〈最近のSD特集〉
 今年に入ってからは冒頭に紹介した『IDE』、『Between』でSD特集が組まれるとともに、『大学時報』3月号でも「新時代の教職協働」と題する座談会が組まれ、また『私学経営』、『学校法人』など各誌でも関連論文が掲載された。IDE特集の巻頭論文は「SDが大学の死命を制する時代がやってきた」(舘 昭大学評価・学位授与機構教授)の書き出しで始まり、さらに、慶應義塾大学の孫福 弘教授は、「教員統治下での単なる事務屋から、政策形成に関る経営のプロフェッショナルへ、教育研究支援の高度専門スタッフへのパラダイムシフトができるか否かが鍵」であり、「それは職員の権利獲得運動などという矮小なレベルの話でなく、21世紀における大学の生存と進化にとっての必須の条件」だとし、「教員自治の伝統的大学運営の近代化」や、「問題の発見から解決に至る一連のプロセスを主体的かつ創造的に担える能力がプロフェッショナル」、「教員と対等の関係でのコラボレーション」の確立などの課題を提起した。こうした一連の提起によりSDのための具体的課題が次第に鮮明にされてきた。
〈今後の課題〉
 以上、一般職員にも読まれる形で展開された最近のSD論の概略を見てきた。そこには危機に立ち向かう大学の一翼を担う職員へのかつてない期待と共通した課題の提示がある。しかし、そこに接近する具体論はまだまだ未開拓である。
 第1は、職員の専門性、プロフェッショナルの確立の中身は何か。どういう業務分野で、どの目標に向けて、どんなレベルの仕事をすべきか。拡大を続ける大学業務の実際にあわせて解明しなければならないという点である。
 第2は、そうした職員の育成方法だ。危機に直面する私大には、いま改革を進めながらの育成、しかも速成が求められている。企業システムの引き写しではなく、私大の経営課題に即した職員育成制度の具体的な姿が必要となっている。
 第3に、職員の位置付けを高めるという点でも実際の職員の各機関への正規参画の中身・レベルが具体的に問われている。経営機関、教学機関等の意思決定・執行機関の何処に、どの位、どんな権限で、どうやって入るのか、この展開も十分ではない。ただこれらは、実践の裏づけなしには答えが難しく、大学ごとに違う環境の中で単一の解答があるとも思えない。これまでのSD論の多くが研究者によって執筆されてきた経緯にもよるが、今後はもっと職員自身が登場して深められるべきだと思われる。
 次号で、これらの課題を念頭に日本福祉大学の事例も織り交ぜながら考えてみたい。
(つづく)

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