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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.30
活気溢れる韓国私大―アメリカ大学の影響強まる

日本大学教授  羽田 積男

☆隣国の大学への驚き
 筆者は毎年春に刊行される朝日新聞社『大学ランキング』にアメリカの大学ランキングを紹介して数年になる。その97年版(96年発行)に、名古屋大学の馬越 徹教授が、「ノーベル賞をめざす韓国アカデミズムの意気込み」と題して韓国の大学ランキングを紹介している。有力紙「中央日報社」のランキングを紹介したものであり、教授1人当たりの学生数、研究費、教育費、図書購入費などの他に、大学別校舎確保率、四大国家試験合格者数の六項目からランキングはなっていた。
 ランキングによれば、最後の項目、国家試験の合格者数を除いた5部門で、創立10年に満たない私大である浦項工科大学がトップであった。しかもこの大学は韓国版MITをめざして、ノーベル賞を取れる優秀な人材を育てているとあった。
 ジョゼフ・ベン=デビィッドの『学問の府』などを読みながら世界の大学について教えていた授業で、韓国の大学のことを学生たちに話すと、学生もまたアジアの大学について何も知らないことに気づいた。
☆浦項工科大学へ
 こうして韓国の大学への驚きは、その大学をつぶさに見学しようということに結実し、97年3月、同僚教員と院生4人と浦項に向かったのである。幸い、訪問の交渉はすべてインターネットでおこうことができ、韓国からの留学生をにわか添乗員に仕立てて、はじめて近くて遠い国に降り立ったのである。訪問の顛末は、朝日新聞「論座」(97年9−10月号)に少し記したが、総長、学部長、その他の要衝のスタッフが昼食会まで盛大に開いて歓迎して下さり、建設中の加速器まで案内して下さった。張総長など大学首脳陣の意気込みは、馬越教授の解説のとおりであった。キャンパスの真ん中には、将来のノーベル賞受賞者のための胸像の台座がすでに設けられていたのを今でもよく覚えている。
 驚いたのは大学の教授陣がすべてアメリカで学位を得て、ながくアメリカの大学で教えていた経験をもつ人ばかりであった。筆者の拙い英語で何とか話すことができたのも、先生方がアメリカで豊かな経験をもっていたからである。
 ついでに、にわか添乗員の母校である清州大学校を訪れて、師範大学長の金教授の学生たちと即興のコンパになった。我が院生たちも言葉の障壁を大いに感じたようだが、かれらの将来への真剣さや上昇志向の強さには深い印象を抱いたようであった。
☆再び、韓国の大学へ
 こうして筆者の韓国の大学に対する興味は持続するものとなったが、再訪の機会が今回の訪韓である。私学高等教育研究所の喜多村和之主幹とともに訪れたのは、韓国大学教育協議会、教育人的資源部大学支援局、漢陽大学校、国立ソウル大学校、梨花女子大学校などであった。訪問の主な目的や活動などは喜多村主幹がこの欄ですでに紹介しているので、ここでは訪問した私立大学の概要などを記しておきたい。
 OECDの最近の統計によれば、学生数からみた韓国の高等教育に占める私学セクターの割合は約76%であり、フィリピン、日本、インドネシア、ブラジルなどを上回って、世界のトップである。つまり韓国は世界で私大がもっとも成功している国なのである。
 4年制大学の数は、大学校161校(うち国公立26)、教育大学11校(同11)、工科大学19校(同8)となっている。他に通信制大学などがある。大学数では、短大と4年制を合わせても日本の3分の1に満たないが、私学が多いのは日本と同じである。ただ4年制大学が抱える学生数は約185万人にのぼり、1大学当たりの平均学生数では1万人弱という大きな規模になる。これは日本の1大学当たりの学生数の2倍以上となる。
 特筆されるべき数字は、大学院生数である。日本の約19万人に対して韓国は約23万人である。この数字も現代の韓国の高等教育が日本とはかなり違った構造をもっていることを教えている。
 さて訪問した漢陽大学校は、1939年の創立であり、私大のなかでは高麗大学、延世大学などに次ぐ実力派の大学で、創立者の子息の若き総長の手によって近年伸長著しい大学として知られている。ソウル市内と安山の両市にキャンパスをもち、学生数3万1000人のうち9000人が大学院生という大規模大学である。理工系の学部に定評があり、建築学などはトップ・クラスの評価を得ているという。コロンビア大学の教育学博士号をもつ金総長は、静かな人であるが将来に対する姿勢はまさに積極的である。「愛の実践」という分かりやすい建学の精神は、教職員の一人ひとりに浸透しているように感じた。
 梨花女子大学校は、ミッション系であり、その前身は1886年の創立で、韓国きっての歴史と伝統を誇る大学である。学生数は約1万7000人。毎年3500人の学士、900人の修士、80人の博士を世に送っているという。女子大学としては世界最大規模をもち、広大なキャンパスの正門前はお洒落なファッション街であり市内の名所になっている。プリンストン神学校から学位を得たという張総長もまた世界を見据えた大学運営に邁進しているように見えた。ハーバードなど50以上のアメリカの大学と、早慶をはじめとする18の日本の大学との交流プログラムをもっているという。新しい世紀も女子大学であることを堅持していくという首脳陣には自信と矜持が満ちあふれていた。
☆アメリカ大学モデルを標準に
 韓国の大学を訪れて得た印象の最大のものは、韓国の大学あるいは高等教育界がいまでも大きくアメリカの影響を受けているということである。今回の訪韓で得た多くの名刺を整理してみたが、そのほとんどに博士号(Ph.D.)の学位が付されている。学位の多くは韓国内の大学から授与されたのであろうが、アメリカの有力大学から学位を得ている人も、インタビューや交わした会話から、少なくないと推測できた。教育人的資源部の担当者から、大学職員の幹部にいたるまで、多くのひとが博士号を得ていた事実は、日本とは学位に関して違う風土をもっていることを教えている。訪問した大学は韓国を代表する有力大学であり、教授陣が優良であることは分かるが、アメリカの影響は高等教育全般にわたって強そうである。
 アメリカ式の大学運営や、教育内容、教育方法、人的資源の利用法にいたるまで、韓国は上手に学んでいると感じた。これがまた韓国の大学とアメリカの大学を近い関係に保ち、その結果、アメリカで学ぶ4万人もの韓国人留学生が、母国の大学や先端産業に寄与できる構造を造り上げているように思える。ひるがえって、日本の大学が日本型の大学を志向するのは当然のことであるが、大学におけるグローバル・スタンダードをここで真剣に考える時が来ているのではないかと思うのである。若者人口の減少など韓国の高等教育界が抱える難局も日本と似ている。ただ世界に通用する大学づくりに向かって正面から努力している韓国の私大の姿勢は実にすばらしい、その思いを深くした旅であった。
 (本稿は、去る3月18日から22日まで、大学評価の調査団の一員として訪韓された日本大学教授の羽田積男氏にご執筆いただいたものです)

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