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平成26年3月 第2556号(3月12日)

 これからの大学間競争
  大学教育力のエビデンス (下)

NPO法人NEWVERY理事長・中央教育審議会高大接続特別部会臨時委員   山本 繁

 前回は、大学間競争は「教育力」ではなく「広報のテクニック」によって行われていること、その結果、多額の学生獲得コストが使われていること、この状況では大学教育の充実に十分なリソースを回せないため、「教育力」で大学間が競争できるよう市場のルールを変える必要があること、また、学生獲得コストにシーリングを設定し、業界全体の学生獲得コストの抑制を図るべきであることなどを述べた。
 そして、個々の大学・短大が採りうる戦略・施策として、教育力向上における「人」への投資、具体的には「アリバイ作りのFD」から「FDの質保証」への転換の重要性を示した。
 引き続き、個々の大学・短大はどのようにすれば「教育に力を入れても学生が集まらない」状況を脱し、教育の充実→教育力の可視化→学生募集の成功→学生獲得コストの抑制という好循環に入ることができるのか考えていきたい。
■大学教育力のエビデンス
 大学の教育力を可視化する方法には、同じ属性の受験生がX大学、Y大学に入学した際、それぞれどのような学修成果を発揮するのか、その予想値を過去のデータから算出する方法がある。例えば、全学的なデータが
 X大学(偏差値50)=GPA、修業年限卒業率80%、中退率10%、就職率70%
 Y大学(偏差値45)=GPA、修業年限卒業率70%、中退率15%、就職率60%
 であった場合、この数字だけを見れば多くの受験生は偏差値50のX大学を志望するだろう。
 それでは、ここに出身高校の偏差値45、評定平均の男子高校生A君がいたとする。A君のような属性の高校生がXY両大学に進学した場合のそれぞれの予想値を見てみよう。
 〈A君の大学入学後の予想値〉
 X大学(偏差値50)=GPA、修業年限卒業率70%、中退率13%、就職率60%
 Y大学(偏差値45)=GPA、修業年限卒業率75%、中退率10%、就職率70%
 A君はY大学に進学した方が留年・中退のリスクは低く、就職する可能性は高い。なぜなら、A君にとってはY大学の方が合っているからだ。個別の学生の予想値は、必ずしも大学全体の平均値とイコールとはならない。そこには教育内容や教育法とのマッチングや大学の教育力等が介在する。
 もしこういった情報を進路決定前に入手できたら、A君はXYどちらの大学を選ぶだろう?近年、受験生はブランドよりも実質重視の傾向がある。私はA君が偏差値50のX大学ではなく偏差値45のY大学を選ぶ可能性は十分にあると思う。偏差値が同レベルなら、より教育力の高い大学を選ぶはずだ。
 つまり、多くの受験生は偏差値が高い大学に行きたいのではなく、自分に合った大学や、教育力の高い大学を選びたいのだ。しかし、そのために必要な情報が十分に公表されているとは言い難い。そのために偏差値がほとんど唯一絶対の大学選びの基準として君臨している現状がある。
 一方で、大学の偏差値と学生の中退率・就職率等には概ね正の相関関係があり、マクロなデータで大学間競争をしている限り、大学は極端に言えば偏差値が低い順に潰れていく。情報の非公表は、偏差値の低い大学ほど自らの首を絞めているとも言える。
 このような状況を変えるには、同じ属性の学生における教育成果の違いの可視化が重要である。これが「教育力による競争」の具体像だ。
 受験生、高校教員、保護者の関心は、本来、大学全体のマクロな情報にあるのではない。「自分のような人(この子のような子)が、その大学に入ってどう過ごすか?伸びるか?」にある。
 もし全ての大学が縦軸に「高校時代の評定平均」、横軸に「出身高校の偏差値」を取り、各セグメントのシェア、GPA、中退率、修業年限卒業率、進学率、就職率等の情報を学科単位で公表したら、今の偏差値による大学間の序列はかなり崩れることになる。もっと言えば、偏差値自体が大学選びにおいて意味をなさなくなると考える。
 もし読者の方々が大学・短大等の経営層で、優れた教育をしている自負があれば、大学案内やウェブサイトにこうしたデータを公表し、高校訪問では訪問先の高校と同ランクの高校出身者の情報を整理して持っていくべきだろう。そうしない限り、偏差値による序列には勝てない。
 これと近い形の教育力の可視化をしているのが宮崎国際大学である。同大学では、大学入学時点のTOEICのスコアと3年進級時のスコアを取得・可視化している。全学生平均で200点以上の伸びがあり、この情報を広報に活用すれば、かなりのインパクトがあると考えられる。
■大学の教育力を示す定性情報とは
 もう一つ、大学の教育力をエビデンスで示す方法がある。それは、普段の大学の様子を受験生に見てもらうことである。前者が定量情報だとすれば、後者は定性情報といえる。
 都内の私立大学で職員を務めた後、大手予備校に転職し、現在は全国で高大接続の仕組みづくりを手がけている倉部史記氏を筆者が代表を務めるNEWVERYのフェローに招聘し、2012年の秋からWEEKDAYCAMPUS VISIT(WCV)という高大接続プログラムの普及に取り組んでいる。WCVは、ガイダンス、普段の授業体験、振り返りからなる高校生のための進路発見プログラムで、高校生に大学の見方を学んでもらったうえで、普段の大学の授業を素材に、自身の進路を考えてもらうプログラムだ。
 法政大学キャリアデザイン学部と立教大学経営学部で試験的に実施させて頂いた後、全国で続々と開催が決定している。今後も含め既に決定している開催・導入校は、東日本では青山学院女子短期大学、足利短期大学、金沢工業大学、関東学院大学、工学院大学、産業能率大学、昭和音楽大学、聖学院大学、千葉商科大学、中央大学、鶴川女子短期大学、東京情報大学、東京女子大学、東京電機大学、日本大学、日本映画大学、日本経済大学、法政大学、武蔵野美術大学、明治学院大学、横浜美術大学、立教大学、滋慶学園グループ(専門学校)。西日本では、追手門学院大学、大阪保育大学、京都大学、第一工業大学、このほか、秋田の国際教養大学や中国・四国地方でも二〇一四年度から開催を予定している。大学関係者の間でも従来からオープンキャンパスの効果に懐疑的な声があったことや、大手新聞社やNHK等で取り上げられたことも追い風となり、2014年度は100近い大学・短大・専門学校での導入が期待できる状況になっている。
 WCVとオープンキャンパスの最大の違いは二つあり、一つは模擬授業ではなく普段の授業を体験する点。当然その時は高校生も大学生に交じって授業を受ける。もう一つはガイダンスと振り返りがある点。ガイダンスを通じて高校生には「仮説」を持ってもらう。どのような大学、学部なのか。その教育は自分にとってどのような意味や価値がありそうか。
 平日の授業公開自体はこれまでも行われてきたが、高校生に仮説を持ってもらうガイダンスはあまり行われてこなかった。授業体験はその仮説を「検証」するためのもの、仮説があるからこそ高校生は真剣に授業に参加し、ノートも取る。ノートを取らなければ教え方の良し悪しを検証することは難しいからだ。
 そして振り返りワークを通じ、体験したことの意味を考えていく。表面的な観察に終わらせず、気づきを深め、高校生が抱きがちな誤解を解消していくのも、振り返りワークの大事な役割の一つだ。
 このような体験を通じて、高校生は自分のモノサシで、自分に合った大学選びができるようなる。逆にこのような体験がなければ偏差値や立地、周りの大人、インターネット上の噂に振り回された大学選びをしても仕方ない。
 特にインターネット上の掲示板「2ちゃんねる」などの情報は受験生に強い影響を与えている。私見では、受験生は「2ちゃんねる」などの情報によって大学に誤解を抱いている。WCVは高校生に大学選びに必要な一次情報を提供し、不要な誤解を解消する貴重な機会となっている。大学にとっては、この誤解を取り除く効果だけでもWCVを導入する価値は十分にあると思う。
 また、同じ「〇〇学部」「〇〇学科」でも教育内容やその教え方に違いがあることを高校生に認識してもらえる。結果として、高校生は自分に合った大学選びが可能になる。さらに言えば、教育内容や教育力に自信のある大学は多くの授業を高校生に直接体感してもらって、自校の良さを伝えることができる。実質的なFDに取り組んできた大学は、WCVによって受験生から高い評価を得始めている。
 エビデンスを示す方法はもちろんこれが全てではないが、各大学が工夫を凝らして教育力を高校生に伝える努力を進めていった先には、広告宣伝活動のコストパフォーマンスよりも教育力強化のコストパフォーマンスが勝るようになり、実際により多くの経営資源が教育力強化に使われるようになると筆者らは考えている。
 いずれにしてもこれからの大学間競争は「教育力」「エビデンス」「可視化」「マッチング」などがキーワードになるだろう。大学関係者の皆様とともに、良い大学が適正に評価される健全なマーケットを作っていきたい。(おわり)



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