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平成26年2月 第2554号(2月26日)

 大学職員のための
   インストラクショナル・デザイン入門 (下)

早稲田大学人間科学学術院教授  向後千春

インストラクショナルデザインの基本前提
 前回は、インストラクショナルデザイン(以下ID)が、コース全体の設計をして、運営するための枠組みであることを説明した。今回は、IDの枠組みについてより具体的に説明していきたい。
 まず、IDの基本前提として受け入れることは「学習は多くの変数に左右される」ということである。「教える・学ぶ」という行為が行われたときに、その成果は、教えた人の技術なのか、それとも学習者自身の努力なのか、あるいは授業を取り巻く制度やインセンティブなのか、一概には決められない。つまり、そこで起こっていることは、ひとつのシステムとしてみるべきである。
 授業を、たくさんの変数を含んだひとつのシステムとして見るということは、いくつかの変数を変えただけでは全体が変わらないという頑健な性質がある一方で、特定の変数を変えるとシステム全体が一気に変わる可能性があるという性質も同時に持っている。したがって、授業が全体として効果的なものになるような変数を見つけだして、そこに改善を加えるということがIDの研究方法であり、実践の手段である。
 IDの見方で言えば、「正しい教え方」というものはない。常に、「効果的な教育とそうでない教育」があるだけなのである。正しい(と本人が思っている)教え方をしても、効果の上がらない教育は山ほどある。熱心な教員ほど、教え方についての固定した信念を持っていて、それが結果として「教えたつもり」のワナにはまっていることが多い。
 IDでは、その教え方が良いものであるかどうかは、学習者がどれだけ学んだかという成果によってのみ測るという原則を採用する。これを「学習者検証の原則」と呼ぶ。学習者検証によって、教育方法の改善が進められるのである。それは「教えたつもり」のワナを回避する手段である。
授業設計のロケットモデル
 授業設計をするための要素は、ニーズとゴール、リソース、活動、そしてフィードバックである。これをわかりやすく図示したものが「ロケットモデル」である(図参照)。以下、それぞれの要素について説明していこう。
 まず、ニーズとゴールである。ニーズとは学習者が「こうなりたいと思っている姿」から「現在の姿」を引いたものである。つまり「あるべき姿?現状」ということである。ニーズには、「TOEICで何点取りたい」というような学習者個人のニーズから、「社会で生きていくためにはこの程度の文章が書けるようになるべきだ」というような社会からのニーズまである。同定されたニーズが、ロケットのエンジンであるとすれば、それによって決められるのが学習のゴールである。ゴールはニーズを満たすためにこのコースで獲得すべき技能と知識である。ゴールはロケットの行き先を決めるものである。
 次に、リソースのデザインである。リソースとは、学習者が利用できる資源のことで、テキスト、レクチャー、資料、さまざまなWebサイトなどのことである。教員自身のレクチャーもリソースとして位置づけられ、それを収録したビデオと同じ扱いである。ここでは情報提示のデザインが重要になってくる。ある領域の事典がそのままではテキストにはならないように、獲得すべき情報をどのように選択し、配列し、体制化して提示するかということが、学習効果の規定要因となる。
 次は、授業の中心となる学習活動のデザインである。学習者に、いつ、どのような学習活動を行わせるかを決めて、指示することは教員の中心的な仕事である。そのためには、教員は学習活動をデザインするレパートリーを持っていなければならない。たとえば、ただレクチャーを聴かせるのではなく、そのあとにどのようなクイズをするか、質問をするか、あるいは議論をさせるかという指示が重要なのである。あるいは、グループワークをさせるにしても、どのような活動を指示するかで効果的なグループワークになるか、そうでないかが決まってくる。
 最後に、フィードバックである。学習活動をさせたならば、必ずフィードバックをしなくてはならない。フィードバックなしでは、ただやっただけになってしまうだろう。それは楽しい体験であったかもしれないけれども、成果として残るものは少ないだろう。レポートを書いてもらうにしても、グループワークをしてもらうにしても、必ずフィードバックをすることである。それは評価として使うというよりも、学習者の知識と技能を向上させるためのものである。
授業の評価手法と改善の枠組み
 IDにおける評価には二種類ある。ひとつは、学習成果によって学習者のパフォーマンスを測定しようとうものである。もうひとつは、そのコースが学習者のパフォーマンスを伸ばすものであったかどうかという、コースの評価である。もし学習者のパフォーマンスが良くなければそれはコースのデザインに問題があったと考えるのである。これを学習者検証の原則と呼び、それに基づいてコースを改善していくというステップを踏むのだ。
 もし学習者のパフォーマンスが悪ければ、それはコースのデザインが悪かったということである。そして、ロケットモデルの中のリソース、活動、フィードバックのどのデザインが悪かったのかの原因を検証して、全体の改善をはかっていく。このようにして、IDにおける授業デザインはいつでも改善のサイクルの中にある。
インストラクショナルデザインに興味があれば
 もしこの記事を読んでIDに興味を持たれたなら、IDの研修を企画、実施している早稲田総研インターナショナルまでご連絡をいただきたい。
 http://www.w-int.jp(おわり)



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