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平成24年8月 第2494号(8月22日)

「主体性」を重視するスウェーデン教育
  新しい学習アプローチに挑戦するブレーキンゲ工科大学

(社)サステナビリティ・ダイアログ代表 牧原ゆりえ


 中央教育審議会大学分科会・大学教育部会の答申案「未来を創出する大学教育の構築に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」では、学生の主体的な学習等にスポットが当てられている。翻って、スウェーデンでは幼児期から主体性を育む教育を行っている。どのような工夫がなされているのか、同国ブレーキンゲ工科大学でサステナビリティを学ぶ牧原ゆりえさんに、同大学のユニークな教育手法を含めた「スウェーデンの教育事情」について寄稿してもらった。

「主体性」を重視するスウェーデンの教育
 最初にスウェーデンの教育を語る上で欠かせない言葉「Utbildning」の確認から始めたい。このUtbildningは直訳すると「教育」を意味するが、個人的にはもっと生徒に身近な言葉という印象を受けている。教育は、漢字で「教える」と「育てる」と書くように、その主役はどちらかというと指導者側にあるとも理解できるのに対し、Utbildningの主役は生徒だ。Utbildningは、生徒が「主体的に」勉強して築きあげるものであり、将来の自分の職業と密接に関係するものなのである。
 例えば、日常会話の中で「あなたは何のUtbildningをお持ちですか?」「この仕事をするためのUtbildningがありますか?」といった使われ方をする。先生や指導者たちの役割は、生徒が「主体的に」勉強することをサポートすることだと位置づけられている。
 自分のペースで勉強することを前提にしているスウェーデンの教育制度。その学校システムは体系的で、かつ生徒の希望に柔軟に対応できるように作られている。
 その概要を、図を参考に順に見ていきたい。まず、上向きの太い矢印、幼稚園↓義務教育(小・中学校は区別されていない)↓高校↓大学という一般的な流れ(以後「一般的な流れ」)だ。この一般的な流れは日本とほぼ同様といえる。
 異なる点は、教育制度で「主体性」が重視されていることだ。スウェーデンの教育の目標は、社会で経済的に自立して生きていける人を生み出すことであり、教育制度はそれを支えるものである。つまり、必ずしも他人と同じペースで勉強をする必要がない。平均点や偏差値ばかりを気にする競争はなく、他人と同じタイミングで同じことを勉強する必要がないのである。
異なるのは偏差値ではなく「順番」
 図で、小・中学校の上の、太い矢印とは枝分かれした、右へ流れる矢印に着目したい。その先には成人教育プログラムがあり、これを経由し大学への道は続いている。つまり、義務教育から高校という一般的な流れ以外にも、別の「順番」が用意されている。この成人教育プログラムを経由することで、様々な「順番」が可能になる。勉強についていけずに高校にいけなかった人、義務教育終了後に仕事に就いたものの再び勉強したいと考えた人、価値観が大きく変わり別のことを学びたくなった人、誰もがUtbildningを築くために、学校に戻ることができるのだ。
 図の右下には、いかにもスウェーデンらしい特徴が見られる。それは移民の存在である。スウェーデンは「世界の良心」と呼ばれるくらい世界の避難民を多く受け入れており、いまや人口の約一割が移民といわれているが、この移民たちをただの「労働力」としては扱っていない印象をうける。移民にもスウェーデン人と平等な教育の機会を提供しており、成人教育プログラムから始めることで、それぞれ独自のUtbildningを築く機会を得ることができる。Utbildningを築けば、普通に企業で働くことも、政府の要職に就くことも可能となる。
年齢にもこだわりはなし
 年齢についてもフレキシブルだ。例えば、小学校に入学する子は6歳から8歳までとされている。もちろん、日本と同じように7歳で小学校に入学するケースがほとんどだが、選択の余地がある。実際、私の息子のクラスには年上の子も年下の子も一人ずついる。同じように、高校は16歳から20歳の子が通うものと定義されている。
OECDの「大学入学年齢の国際比較」(2009年)に注目したい。50%年齢という、「学生の半分がそれよりは若い」という年齢で比較すると、日本が18.5歳程度に対し、スウェーデンでは22.5歳程度。同様に80%年齢では、日本が19.0歳程度に対し、スウェーデンでは29.2歳程度だ。実際、子供の学校で出会う父母にも大学で勉強中の人はまま見られる。
あくまでも自分で決める大学進学
 この統計を説明する大きな理由の一つに、高校から大学に行くつもりはあるけれど、少し間をあけてから大学に進学する人が多いから、ということがあげられる。自発的失業ならぬ、日本でいう「浪人生」に近い自発的浪人と言えそうだ。ただ、その理由は、入学試験が難しすぎるためではなく、自らあえて浪人する。これは「Studiepaus」というごく一般的に使われている言葉で、「Studie」は勉強、「Paus」は休憩、という意味から成る。実際、教授の娘さんの高校卒業パーティに招待された際、彼女が何の躊躇もなく「私はPausを取るわ、彼氏も同じよ」とニコニコしながら話していたのがとても印象に残っている。
 スウェーデンの統計局が行っている高校生の意識調査に、「卒業後3年以内に大学に行きたいか?」という大学進学に関する質問がある。「1年」の間違いではない。大学進学は高校卒業後「3年以内」というのがスウェーデンでは一般的だ、ということがこの質問からも見てとれる。
 なお、私が驚いたのは、その質問だけではなくその回答。「はい」と答えている人が、わずかに6割、つまり4割の人が三年以内に大学に行くつもりがないのである。
 図に示されているように、スウェーデンにおいては、大学は教育機関の最高峰だが、進学するかは、個人のUtbildningの問題なのだ。
 実際、高校ではすでに職業訓練的なプログラムが用意されている。政府が用意した高校の17のプログラムには、ホテル・レストランコース、保育士・教師コースなどが含まれている。そのため、高校を卒業してすぐ働くことも可能だ。高校で自分のUtbildningが構築できたと思う人は、大学に行かずに仕事を始めるのである。高校の職業コースを選択しなかった人たちは、大学に進学することを考える。先述の「Studiepaus」を取るのは、こういった自分の選択を考えるためといえる。高校卒業後すぐに働くのか、あるいは大学に進学するのか。進学するならばどの学部がよいのか。その間、何もしない人、アルバイトや企業で働かせてもらう人、と何をするのかは人それぞれだが、一年以上かけて自分のやりたいことを考えるのである。
スウェーデンの大学観
 スウェーデン人にとって大学は、あくまでも自分の仕事に直結する機関である。高校の時から仕事を意識し、さらに高校卒業後にゆっくり仕事について考える。そのプロセスを経た後に、大学に進学することを決める。大学に行くのは、「親に言われたから」、「みんなが行くから」ではなく、あくまでも「自分で決めたから」だ。主体性を重視するシステムが、「自分で決めた」個人個人の学習をサポートすることにより、個人の自立を促すように設計されている。大学はその教育制度の最高峰だ。
 次に、大学の制度と、私が通うブレーキンゲ工科大学のMSLSという修士課程を説明したい。
スウェーデンの大学制度
 スウェーデンには47の大学がある。そのうち、1477年設立のウプサラ大学をはじめ、34大学がいわゆる国立大学だ。残りの13大学は私立ということになるが、国立大学と同様に国から補助金を受けており、日本の私立のイメージとは少し違うかもしれない。
 この補助金の存在が日本の大学との大きな違い、授業料及び入学金が無料、という制度を生み出している。対象者はスウェーデン人だけでなくEUの人も同様。我々日本人は残念ながら、ごく最近有料に「なってしまった」。実は2011年の夏学期まではEU圏外の人も学費が無料だったのだ。他国の人に自国の税金で教育を受けさせることには支持者も多く、私は最初この点に驚いた。実際、二児の父でもあるスウェーデン人の友人は、自転車通勤圏に国際色の強い大学があり、自分は家にいるまま外国の友人が沢山できてよかった、とコメントしている。
 スウェーデンの大学は、基礎レベル、アドバンスレベル、ドクターレベルに分かれている。基礎レベルは二つありDiplomaが2年、Bachelorが3年であり、日本でいう短大・大学に相当する。アドバンスレベルは、1年または2年で、日本でいう修士課程。ドクターレベルは、2年または4年で、日本でいう博士課程にあたる。ここでも日本と大きく異なるのが、博士課程は多くの人が給料が支給されるという点だ。学費を払って博士課程に進むのではなく、給料をもらいながら博士号取得を目指すことができる。博士課程の学生はティーチング・アシスタントという仕事も一部行い、大学での授業をサポートしていく。「博士」に対する社会からの尊敬と期待が、「国や企業が博士課程の学費を負担する環境で、生徒には生活の不安なく十分に学業に打ち込んでほしい」という形でこの制度に現れていると考えられる。博士課程がある大学は26校、全国で約1.9万人が学んでいる。そのうち女性の割合が49%、また外国人が約3分の1を占めているのが、スウェーデンならではの特徴といえるだろう。
ブレーキンゲ工科大学
 私が学ぶブレーキンゲ工科大学は、スウェーデン南東部にある人口わずか約6万4000人の小さな町、カールスクルーナ(Karlskrona)にある。17世紀につくられた街並みがいまだに保存されており、UNESCOの世界遺産に登録されている。もともと軍港都市として作られた経緯もあり、現在でも海軍の基地がある。知る人ぞ知るスウェーデンの潜水艦の製造も、この町で行われている。さらに、国内では、エリクソンをはじめとするIT企業が集積している町としても知られている。
 ブレーキンゲ工科大学のプログラムの内容は、この町の特徴を反映しているといえる。例えば、機械工学プログラム。エンジニアを養成するこのプログラムは、潜水艦の最先端技術を思い起こさせる。あるいは、コンピューターサイエンスやテレコミュニケーションのプログラム。世界やヨーロッパで活躍するIT企業の即戦力を養成するかのようなプログラムだ。そして、サステナビリティ(持続可能性)のプログラム。300年以上大きく変わらない世界遺産の町、そして大自然が残る町のイメージそのものだ。これらのプログラム以外にも、イノベーションやメディアなど新しい大学ならでは新しいプログラムが用意されている。
 ブレーキンゲ工科大学は、設立20年周年を迎えたばかりの新しい大学だが、すでに世界で高い評価を受けている。システム・ソフトウェア・エンジニアリング分野では世界第五位の評価。また、持続可能な発展(Sustainable Development)の分野ではヨーロッパの工学部系五六大学中第3位、スウェーデン国内第1位だった。
サステナビリティ・リーダーシップのプログラム
 持続可能な発展で高い評価を受けているこの大学で、私が学んだ修士課程が、サステナビリティ・リーダーシップのプログラム(Master program in Strategic Leadership towards Sustainability 以下「MSLS」)だ。今年が8年目で、私は6期生。のべ400人以上、60か国以上の卒業生を輩出している。
 名前のとおり「サステナビリティ」と「リーダーシップ」を組み合わせたユニークなプログラムで、なぜこの二つを結びつけたのかを、プログラムを創設したカール・ヘンリク・ロベール教授とヨーロン・ブローマン教授は次のように述べている。「今、持続可能な社会を創るのに本当に足りないものは、資源や技術やお金ではない。今あるものと人々を繋ぐ沢山のリーダーたちだ」。つまり、持続可能な社会を作るための課題に立ち向かう意欲と能力のある人が十分いない、ということが問題であり、そのためにはリーダーを養成することが大切だと考えたのだ。
プログラムは、「スパイラルアプローチ」という考え方に基づいて組み立てられている。まずコースの初めに核となる概念について学ぶ。例えば、サステナビリティの4原則など科学的基礎に基づいた理論、持続可能な社会をつくるためのプランニングや意思決定のための枠組みを学習する。
 コースが進む中、学生は次の数か月で実践を積んでいく。例えば、外部の組織や団体と協働して、実践の中でその核となる概念をどう使っていくのかを試していく。そして最後に、修士論文でさらにもう一度検証と考察を行う。このようにして、継続的に核となる概念について学び、磨きをかけ、学生はそれを実際のケースに応用できるようになる。
新しい授業スタイルと学習する組織
 MSLSで学生たちが面白いと思っている点は、プログラム全体にいわゆる伝統的なアプローチと異なる要素も取り入れていることだ。例えばワールドカフェ、オープンスペース・テクノロジーなどのコミュニケーション手法も授業で利用される。教室の外に出て自由に対話をすることもしばしばあり、グループワークでは自分自身のリーダーシップスキルを試す機会が多く用意されている。
 もう一つの面白い点が多様性だ。毎年大体20か国くらいから60名程度の学生が参加しているが、異なるバックグラウンドや文化が異なる人々ばかり。そんなメンバーが集まるクラス全体を一つの組織として、自分たちで学習していくよう設計されている。授業時間以外にも、各自が知り合いを呼んできて自主的に講演会をしたり、他大学のプログラムとコラボレーションによるワークショップを企画したりということもしばしば。自分たちが必要と感じたものを学ぶことをプログラム自体が積極的に支援するのだ。
 また、世界にある「サステナビリティ」プログラムの中で、MSLSが特にユニークだと感じられる点は、「遊びから得られる人間関係の構築」に力点があることだ。頭でっかちな付き合いにならないため、一人ひとりを人間として尊重し合えるようになるためには、自然の中でみんなで遊ぶのが一番、ということなのだろうか。ヨガやサッカーなど自主的なサークルも生まれ、自然あふれるカールスクローナならではの面白い活動を年間通して経験していく。町で最もおいしく安い「レストラン」は、生徒で企画する一品持ち寄りの多国籍ビュッフェパーティだった。
こうして一緒に学ぶだけでなく、生活し、遊ぶ10か月の人間関係を通じて、卒業後も続く「つながり」が築かれていく。私たちはMSLSの卒業生どうしをfamilyと呼び、助け合うことがしばしばである。世界に向けて何か新しいことを発信するときも、不安はない。それはどこの国にも応援してくれる人がみつかるからだ。
もっと日本人に参加して欲しい
 今年でMSLSは早くも9年目だが、日本人の卒業生は私を含めてわずか6名。このプログラムは間違いなく面白いと感じている私としては、日本人にもっと参加して欲しいと考えている。以下の形でお役に立てることがあれば幸いである。
1、MSLSに直接入学希望者へ、プログラムの詳細や申込み方法などの情報提供。
2、短期プログラムのご提供。スウェーデンに来て実際に体験できるプログラムを、一週間から一か月程度でご希望に応じてプログラムを編成。
3、ディスタンス・ラーニングの用意。
4、ブレーキンゲ工科大学との提携、視察などについての相談。

牧原ゆりえ
ブレーキンゲ工科大学(http://www.bth.se/)の工学部修士課程に在籍し、サステナビリティ(持続可能な社会)について学ぶ。 (社)サステナビリティ・ダイアログ代表。


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