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教育学術オンライン

平成24年3月 第2474号(3月7日)

改革の現場
  ミドルのリーダーシップM
  渡米研修で改革力をアップ
  福岡工業大学


 福岡工業大学は、1954年に創設された福岡高等無線電信学校から始まり、福岡電波学園電子工業大学の開設を経て、1966年に福岡工業大学に名称変更し、現在は工学部、情報工学部、社会環境学部を設置している。法人では、1998年度以降、学園全体のマスタープラン(中期経営計画)を策定し(現在は第五次を実行中)、3か年毎に実施結果の総括と次期への見直しを継続するとともに、これを実現するためのアクションプログラム(行動計画)を策定し、PDCAサイクルによる目標管理によって、計画の実現性を高めていることは、弊紙アルカディア学報で篠田氏が詳細に報告している(「PDCAの全学的定着 政策・予算・実践・評価のサイクル」、篠田、2007)。
 2009年よりSDの一環として、15名程度の中堅職員を四チームに分け、1チーム2か月間、カリフォルニア州立大学イーストベイ校(CSUEB)に派遣している。FAST(FIT Administration Staff Training)と名付けられた同研修制度について、大谷忠彦常務理事、山下 剛事務局長、川口敏弘財務部長、鶴コア新一郎改革推進室課長に話を聞いた。
 FASTでは、チーム毎に「ブランディング」、「学生サービス」、「大学と外部との連携」、「アカデミックプラン」のテーマが与えられており、チームは事前に一人100の質問を考えてリスト化し、自らの問題点を棚卸し・可視化させる。この質問は事前に後述のファシリテーターに送られ、現地でのプログラム構成に反映される。研修内容は、レクチャーとシャドウイング(チームの1人が現地職員の業務を観察し、最後にチーム全体で報告・討論を行う)で、それらの内容はブログを通じて日本の職員にも読まれる。研修の最後には改善提案等がCSUEBの幹部の前、そして、帰国後すぐに大学幹部の前で行われる。これまでの研修で行われた提案には、エンロールメントマネジメント、ブランド管理、奨学金制度、IRなど多岐にわたり、そのいくつかは即実行されている。
 海外研修が単なる「見学」に終わるケースも多い中で、同大学ではどのような工夫でここまで充実させたのか。「トップの関与による大学間コミュニケーションの円滑化に加え、当プログラムの立案から実施にわたり関わってもらっている現地のファシリテーターとしての本学カリフォルニア事務所長米田達郎氏の存在が大きいと思います。彼は企業コンサルタントの経験者で、研修者の生活面でのサポートから、100の質問をまとめて研修プログラムの調整を行ったり、レクチャーの通訳をしたり、シャドウイング後の討論時に的確な助言をする等SDの教育担当の役割も果たしています」と山下事務局長は説明する。
 実際に研修を受けてどのように変わるのか。研修参加経験のある鶴コア氏は、「自分の部署だけではなく、大学全体に関心が向くようになりました。視野がぐんと広がり、大袈裟に言えば、日本、世界の大学事情を捉えつつ仕事をするようになりました。また、先進事例をただマネするのではなく、改革ノウハウとかアイデアの出し方などから刺激を受けました。そして、何よりチームの結束が強くなり、チームワーク力を身につけたことが一番大きいと思います。職員の力はチーム力ですから」。
 また、部署や階級を横断して「斜めに繋がる」ことも、良い効果となった。研修者は知的、精神的、肉体的に負荷が掛かるから、帰国後はタフになる。大学全体の機能をバランス良く考え、「大学の中核メンバーになる」という自覚も生まれているという。
 こういう研修に取り組まれた背景について、「次世代リーダーとなる大学経営専門家の養成です。研修には、テーマごとの改善提案という短期的成果と、職員の能力向上、そして、意識改革による組織の風土改革という長期的成果があります。後者はこれからです。個人の財産でもあるし、学園全体でも財産になります。更なる飛躍と変革を加速化するために、大学経営をどうするかという目線で議論することができます」と大谷常務理事は述べる。
 「残された職員」についても言及すべきだろう。「約70名の職員のうち、15名が抜けるということは、その穴を埋める通常業務もかなり負担がかかります。それをカバーする中で全体業務の効率化や協力関係が生まれ、また、研修を受けた職員に刺激され、結果として大学全体の職員力も向上することになります」と川口財務部長は説明する。
 恐らく、研修で最も重要な意義は「経営の当事者意識(オーナーシップ)」が職員の中に芽生えることだ。当事者意識は自ら考え、行動する動機にも繋がる。そして、そんな職員の多い組織が改革を推し進め、自ら変わることができる大学となっていく。福岡工業大学の取組はまさに「大学づくりは人づくり」の好例である。

企画・開発力を実際の仕事の体験を通して育成
私学高等教育研究所研究員/日本福祉大学常任理事 篠田道夫

 福岡工業大学は、全ての取組みにPDCAサイクルの経営管理システムを導入し、教育・研究の充実、就職率向上、マネジメント改革を推進する先駆的な大学として評価が高い。MP(マスタープラン)、AP(アクションプログラム)、目的別予算編成、事業計画審査会等で立案した方針が実行に移され、中間進捗管理を経て実施状況確認(APレビュー報告会)を経由し、事業総括、成果報告会に至る完成度の高いシステムである。MPで定められた募集力、教育力、研究力、就職力、経営力を、このサイクルを通じて具体化し、事業改善を毎年積み上げることで5年連続の志願者増を実現してきた。
 この福岡工業大学が、職員の3割以上、中堅職員の大半を3年にわたって3回、長期にアメリカ研修に送り出す。日本の大学では恐らく初めての思い切った手を打ってきた。この背景には、直接的には、これまでの改革を担い切り開いてきた、企業からの転職組も含む強力な幹部集団が交代期にさしかかったという事情がある。
 一方、2001年の社会環境学部の新設以降10年、学部の設置や大幅な改組はせず、教育支援、就職支援、大学教育の質向上に力を入れてきた。学術支援機構を設置し、その下に、モノづくりセンターやエクステンションセンターを置き、学生に力を付けさせるとともに、2010年にはFD推進機構を作り教育力充実に本格的に取り組んできた。
 ここで求められる力は、学生の実態や大学の現状に対する具体的な分析能力であり、オリジナルな改善策の立案力であり、教育や学びの中身を具体的に作り出す力である。事務レベルの改善や単なる模倣ではない。この考え出す力、企画・開発力が、一部の職員ではなく、現場で改革を担う中堅職員全てに求められる状況があった。
 この渡米研修システムの非常にすぐれた点は、アメリカの進んだシステムを学び取り入れる(模倣)ことではないという点だ。それは参加者が事前準備する「100の質問」と最後にまとめる「具体的な提言」に端的に表われる。質問は、課題を鮮明にし、中身の理解を深める上で極めて重要なツールだ。質問を解き明かし、徐々に本質に迫る上で、1チーム3〜4人で4チーム、2か月ずつ、3回の渡米はサイクルとしても適切だ。分掌・分野ごとに先方大学の担当者・管理者に密着し、どのようなデータ・資料からどのように方針を立て、調整し、会議で決定し、実行に移し、評価するか、仕事のサイクルをトータルに把握する「シャドウイング」に力点を置いている。そして、最終的には自大学の具体的テーマで改善策を練り、帰国後発表し、良い提案は直ちに実践に移すことで、現実的で身に付いた開発力の育成を図っている。これは立命館大学・大学行政・研究研修センターの「政策立案演習」に共通する政策力形成の有効な手法だ。
 方針をきちんと遂行する事務局からさらに一歩踏み出し、自ら学び、考え、新たな方針、改善・改革案を作り出せる、まさにアドミニストレーターの育成を目指すものだと言える。
 トップとボトムの間にあり、改革の中核を担うミドル層のレベルを短期間に飛躍させ、そこからの改革の風が、職場全体へ伝播されることを狙っている。この研修を通して、「学習する組織への変革」を狙っているという目標の通り、ミドル層からの改革力の伝播を通して職場全体の風土を改革していく。
 この大学の先駆的なマネジメントシステムを担う、一歩先を行く職員能力開発システムとして、その成果が注目される。

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