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平成24年2月 第2472号(2月15日)

ラーニング・アウトカムの確立 ―理事会の役割と責任― ― 下 ―


桜美林大学大学院アドミニストレーション研究科教授  船戸高樹

 前回は、学生の学習成果(ラーニング・アウトカム)、産業界からの要望、ならびに米国の大学における活動について触れたが、今回は米国の大学理事会がこのテーマに関してどのような取り組みをしているか検証する。
1、求められる説明責任
 米国では近年、大学理事会にアウトカム評価に対する関心が高まっている。米国大学理事者協会(AGB=Association of Governing Boards of Universities and Colleges)副会長のスーザン・ジョンストン博士によると、この問題に取り組むきっかけとなった理由は二つある。
 一つは、06年に発表された「スペリングス・レポート」。アクレディテーション(認証評価)の基準にアウトカム評価の項目を入れ、一定の水準を満たさない大学はアクレディテーションを取り消す、という過激な内容が含まれていた。結果的にこの部分は最終報告から削除されたが、この間の論争が大学関係者にアウトカムに対する認識を深めることとなった。そして、国家による大学教育への干渉には断固反対したものの、アウトカム評価の重要性を評価機関も大学も理解し、現在では評価基準にも取り入れられている。
 もう一つは、「高等教育の質」に関する国民の声だという。現在、米国には4年制と2年制合わせて4352校の高等教育機関があり、平均的な年間の学費(寮費、食費を含む)は公立で1万5000ドル、私立は4万ドルを超えている。大学の学費は年々上昇しており、過去30年間消費者物価指数を上回る伸び率である。しかし、リーマンショック以降、米国経済が停滞し、大学を卒業しても、定職に就けない学生が出てきた。ウォール街で行われた「格差是正デモ」にも多くの若者が参加した。返済型奨学金をもらって大学を卒業したものの、就職ができなくて、多額の借金を抱えた卒業生もいたという。
 この状況に対し、国民から「大学は、高い学費に見合うだけの教育をしているのか?」といった疑問が数多く寄せられるようになってきた。また、「大学は教育の質に対して、もっと透明性のある説明責任があるのではないか?」という要求も突きつけられた。
 一方、大学内部の教員からは「我々は日ごろから学生と接し、その成長を把握している。それにもかかわらず、なぜそれを行わなければならないのか?」という否定的な反応が多かった。つまり、アウトカム評価に対する国民の声と大学内部との認識の差が明らかになったわけである。
 ここに理事会の役割がある。米国の大学の場合、私立・公立を問わず、基本的に理事はボランティアの学外者によって構成されている。Layman Control(素人支配)と呼ばれる理由である。つまり、社会の代表者によって構成されている大学の理事会は組織上、大学と社会との接点に位置している。アウトカム評価のように、社会と大学内部との意見が対立した場合は、両者の調整役を務めることとなる。とはいうものの、米国の大学理事は社会的な成功者で裕福であるが、高等教育に関しては素人集団である。このため、理事に対する研修(BD=ボード・デベロップメント)が欠かせない。
2、理事研修の重要性
 AGBのアウトカム評価に関する理事研修では、まず自校の教育についての質問からスタートする。
 @あなたの大学の教育は、どれくらい優れているか?
 Aその教育を、適切に提供しているか?
 Bそれに対して、学生は満足しているか?
 Cプログラムは妥当か?
 D目標に達しているか?
 さらに理事会の活動に対しては、以下の質問が投げかけられる。
 @学生が、どのくらい学習すべきであるかについて意見を述べているか?
 Aアウトカム評価に関するデータを集めているか?
 B評価結果を、どのように使っているか?
 このような研修を通じてアウトカムに関する理事の役割と責任を開眼させることが目標である。AGBが、昨年加盟2000校の教務担当理事に対して、アウトカム評価について具体的にどのような取組を行っているかアンケートを行ったところ、次のような結果が出ている。
 例えば「アウトカムに対する理事会の注目は、過去5年間でどう変化したか?」という問いでは、半数以上の53.2%が「より一層注意を傾けている」と回答している。もっとも、「アウトカムに関して、理事会で十分な時間が費やされているか?」という問いでは、60%以上が「不十分」としている。その理由としては「財務に関する時間に取られている」が一番多い。つまり、多くの理事会は財務と予算の討議に時間を取られ、アウトカム評価の重要性を認識しながらも、時間が十分取れない実態が浮き彫りになっている。また、理事がアウトカムについて学ぶ機会としては、「大学関係者も加わった委員会の場」が最も多く、続いて「認証評価の作業を通じて」「学内の理事研修」「教員によるプレゼン」の順となっている。
 スーザン・ジョンストン博士によれば、「個別の回答を見るとレベルの高い大学の理事会ほど、実は無関心で、真剣に取り組んでいない。下位にいくほど真面目に取り組んでおり、最も熱心なのは営利型大学だ。ただ、アクレディテーション団体がアウトカム評価を重視するようになって、理解が深まっている」と述べている。
 この結果を受け、AGBはさらに注意を喚起するため、アウトカム評価に関する理事会の行動指針を発表している。
〈AGBが示している行動指針〉
 @理事会は、この分野の監督を行うための能力を高めるべきである。
 A理事会は、教育の質を高めるための方針と慣行が整っていて、それらが実施されていることを確認すべきである。
 B理事会は、評価の実施、データ収集、学内関係者全員との結果共有、改善と欠陥の究明が確実に行われるように、学長と最高教務責任者に委託すべきである。また、理事会は評価活動に関して定期的に報告を受けるべきである。
 C理事会は、高品質の教育体験を支援するために必要な資金を承認・監視する責務を負っている。
 D理事会は、大学の教育プログラムを理解すべきである。
 E理事会は、学生の総合的な学習体験が評価されるようにすべきである。それは、インターンシップ、学習コミュニティー、サービス・ラーニング、学生と教員の共同研究などのクラス以外の活動を含むべきである。
 F理事会は、認証評価の実務的知識を身に付け、その知識を評価と結びつけるべきである。
3、おわりに
 わが国の大学の「教育の質」に対する社会の目が厳しくなっていることは疑う余地もない。国公私立を問わず、大学には多額の税が投入されている。国民に対する説明責任を果たす意味からも、各大学が明確な教育目標とそれに伴う具体的なアウトカムを確立する必要に迫られている。そのためには理事会の役割と責任が大きい。
 理事会が「ラーニング・アウトカムの確立」を経営戦略の中心に据え、教職員の意識を変革させるために行動することが求められている。そのステップとして以下の取り組みを提案したい。
 @ アウトカムに関する理事会内部の理解と合意形成
 A ミッション・ステートメントの再確認
 B FDやSDを通じた学内構成員への働きかけ
 C アウトカムの具体化
 D カリキュラムの再構築
 E 学生支援の再点検
 F アウトカム関連のデータ収集と分析
 G 毎年、戦略を見直し、改善するPDCAサイクルの確立

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