Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞加盟大学専用サイト
教育学術オンライン

平成24年2月 第2470号(2月1日)

改革の現場 ミドルのリーダーシップK
  先駆的教育システムの構築
  大手前大学

 大手前学園は、1946年に大阪城大手前に設立された大手前文化学院を発祥に、1951年に大手前女子短期大学を、1966年には兵庫県西宮市に大手前女子大学を開設した。この女子大学が2000年に社会文化学部を増設して共学化、建学の精神を「STUDY FOR LIFE」と再定義し、現在の大手前大学となる。2007年には、総合文化学部・現代社会学部・メディア芸術学部の3学部3学科を設置。改革の目玉は「ユニット自由選択制」と呼ばれるシステムで、学生は希望に応じて3科目程度の科目群=ユニットを選択し、履修プログラムを組み立てていく。学部学科の壁を取り払い、学部をクロスオーバー(横断)して広く学ぶことも、深い専門を学ぶこともできることから、「リベラル・アーツ型」の教育を標榜し、同大学のブランドとして定着させる狙いがある。また、全学として社会人基礎力を身につけさせることを「大学の使命」に掲げた。基礎力の基本コンセプトを「問題解決力」として、10のサブコンピテンシーに分け、10項目の頭文字から「C―PLATS」と呼んだ。これはリベラル・アーツ教育で知られる米アルバーノ・カレッジと提携して教学システムから理念と方法を学び、同学独自の項目を策定したもの。10のサブコンピテンシーは次のとおり。
 @Creativity(創造力)ACommunication(コミュニケーション力)BPlanning(計画力)CPresentation(プレゼンテーション力)DLogical Thinking(論理的思考力)ELeadership(リーダーシップ)FAnalysis(分析力)GAction(行動力)HTeamwork(チームワーク)ISocial Responsibility(社会的責任)
 一連の改革について、福井 有理事長、浦畑育生副学長、高村麻実教務部長、阿部俊平事務局長、正田浩三事務局長補佐、大江俊司総合企画室課長、増田由希子教学運営室主任に話を聞いた。
 2007年度から、この「リベラル・アーツ型」教育の模索が始まる。ユニット選択制は実はすでに短期大学で行われており、それを大学にも応用した。選択の自由さを補完する仕組みとして、トライアル科目、レベルナンバー制、アカデミックアドバイザー制度等を充実させた。「多様化する学生を、ただ4年在籍すれば卒業させるのは無責任です。留年してでも確実に学力や社会人基礎力を身につけてもらい卒業生の質を保証する。中期計画も全ては卒業生の質保証に収斂し、教職員には繰り返し説明しています。就職率の劇的な向上達成ができるかが、大学存立の分岐点になるという認識です」と福井理事長。
 本格的な改革の発端は2005年、学内では「理事長の檄」として知られる福井理事長の伝説の就任演説であった。教職員は、そこで福井理事長の改革に掛ける情熱と覚悟を知ったという。その後、大学の「教育のそもそも論」から具体的な学生支援内容に至るまで三年を費やしてブランディング調査を行い、たどり着いた方向性が「ユニット自由選択制」を特徴とする「リベラル・アーツ型」大学だった。「短大生の声を聞くと、ユニット自由選択制に非常に満足しています、と。やりたいことがまだはっきりと決まっていない学生にはとてもよい仕組みだと評価されました」と大江課長は振り返る。
 教職員には大学の現状や入学者の減少から今後の予測、リベラル・アーツとは何かまで丁寧に説明し、今後の方向性について全教員が最終的に合意した。また、組織上、教授会の上に「教学運営評議会」を設置し、重要な案件はそこで決定を行う仕組みとした。「福井理事長は粘り強く学内説明を行い、全教職員へのメール等でも繰り返し呼びかけました。当時は方向性に疑問を持つ教職員もいましたが、徐々に理解されていきました」と正田事務局長補佐。
 しかし、トップのリーダーシップで急激な改革を進めてきたこともあり、活発な議論や積極的な提案がなかなか出てこないという状況もあった。これを打破するため、阿部事務局長は「浦畑副学長の発案で、毎週部長会を行い、現場からの意見を吸い上げる仕組みとしています」と語る。トップダウンとボトムアップの絶妙なバランスが組織の活性を生み出す。
 ただ、学生募集の上昇にまで繋げるのは簡単ではない。学生が力をつけて就職できているかという点はまだ道半ばで、教員の間にも「就職率が悪いと学生が集まらない」という危機感は定着している。そういう背景もあってか、C―PLATS導入に際して大きな異論はなかった。「課題があるとすれば、C―PLATSは基礎演習やゼミで、各教員が体得させていかないと身につきません。自らが体得して理解し、実質化のためにシラバスにまで落とし込む過程はまだ試行錯誤です」と浦畑副学長は話す。
 教学システムの設計図を考案し意思決定して、教職員に説明して実行していくように働きかけてはいるが、本当の意味での結果が出るのはこれから。このしなやかな教育システムと就職活動を結びつけた全学的な学生支援を強める必要があるだろう。いずれにせよ、トップの粘り強さ、ブレのなさ、覚悟の強さが、特に教学改革にとって重要であることを、大手前大学の取組は示している。

目標の実現目指し運営 改善と力量向上を図る
日本福祉大学常任理事/私学高等教育研究所研究員 篠田道夫

 ユニット自由選択制、3学部クロスオーバー、そして、社会人基礎力育成のC―PLATS、日本初の先駆的教育システムを短期間で次々に創出してきた。これは、2005年、福井現理事長の就任と前後して始まった、人文科学部、社会文化学部の廃止・再編、2学部5学科から3学部3学科・23専攻へ、創立60周年での建学の精神を再設定など、連続する改革の総仕上げでもある。ブランド戦略会議など外部の力も生かした強力な改革推進の仕掛けも使って、大手前大学の最大の強み・売りを作り出した。
 目指す資格、なりたい職種に応じてオーダーメイドのカリキュラムを提案する「履修名人」、「学びかたログ」、科目ごとに難易度を四段階に分けて番号を振り、自分の関心と難易度を照らし合わせて履修できる「レベルナンバー制」。出欠や課題の提出状況の携帯電話による確認システム「確認くん」、学生の反応・意見、理解度、満足度を授業で即座に把握・集約できる「C―POS」。工夫されたサブシステムとユニークなネーミングは、教職員の知恵の結晶でもある。しかし、先進システムは模倣が出来ない分、困難も伴う。学生の希望を実現する履修ルートの構築は、カリキュラムの徹底した見直しが不可欠で、ユニット化、レベルナンバー化に適した科目とそうでない科目もある。カリキュラムの本格的構造化は、日本の大学ではまだ始まったばかりで、並大抵ではない努力が求められる。そして何よりも、このシステムを使いこなし、学生に浸透させ、結果を出すことが求められる。中期構想でも率直に語っているように、最終的に就職や学生募集の目標達成に結び付けなければシステムの存立にかかわる。
 この先駆的改革がなぜ成し遂げられたのか。創立者である福井家が長年にわたって築き上げてきた学園が一体になって取り組む気風を背景に、現理事長の強い信念とリーダーシップがあることは間違いない。その上で、学長との強い連携、教学システムを実際に作りだす上での副学長、教務部長、教職幹部の一体的な力、それらを財政、人事面から支える法人本部長、事務局の努力、この総合力にある。しかし、これは自然にできてきたわけではない。
 3学部クロスオーバーに合わせ、学部教授会を廃止、大学教授会として一本で運営するとともに、教学の最高意思決定機関として教学運営評議会を設置、ここでまず大学全体の方針を議論し決定するシステムとした。学部中心の運営から大学全体運営に大きく舵を切った。毎年、全教員及び幹部職員で合宿も伴う研修会も継続的に行っている。職員の人事評価制度=目標チャレンジ制度に続いて、2008年からは教員評価制度もスタート、「活動・業績報告書」をもとに全員面接を行う。また優れた活動を行った教職員の褒賞制度もある。FDはほぼ全教員が参加、全授業の参観・見学が毎年行われ、授業改善研究会など活発に動く。事務局も学生支援にシフトした組織編成で、総合企画室などがデータに基づく、先を見た改革の手を打つ。
 改革を担うのは人。先進的なシステム作りへの挑戦を通して、教職員の心に火を付け、改善・改革力を高める持続的な取り組みが続けられている。先を見据えるトップとそれを支える幹部、教職員の力がこの大学の大きな改革を支える。



Page Top