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平成23年12月 第2465号(12月21日)

改革の現場 ミドルのリーダーシップJ
  成果指標の明確化による改革推進
  明星大学

 明星大学は1964年東京都日野市に理工学部5学科体制で開学、その後順調に学部・学科を増設し、1992年には東京都青梅市の新キャンパスに二学部を開設し4学部を擁する総合大学として発展してきたが、以降18歳人口減少という逆風が吹き始め志願者数は伸び悩んだ。法人と大学が一体となって、全学で改革を行うために「MI21(Meisei Innovation for the 21st Century)プロジェクト」を設置。小川哲生学長をリーダーとするこのプロジェクトは、全学のヴィジョンから具体的な戦略目標までを「戦略マップ」に落とし込み、進捗を数値化して「見える化」するために企業でも広く取り入れられる「バランス・スコア・カード(BSC)」を導入する等、大胆に断行した。現在は理工学部、人文学部、経済学部、情報学部、造形芸術学部、教育学部、さらに、教育学部通信教育課程を擁し、志願者数は回復傾向にある等、組織改革は一定の成功を収めつつある。新手法の導入から浸透までのプロセスを小川学長、赤山 徹事務局長、山本真興事務局次長兼学長室長、渡辺春志学長室課長、渡邊祐一学長室企画課長、熊谷孝学長室企画課MI21推進担当課長、安田誠一学長室企画課員に聞いた。
 小川学長はまず、財務諸表を含めた大学全体の現状を教職員に詳細に説明して、大学のあり方を抜本的に変える意識改革に着手力を入れた。そのために立ち上げたのがMI21プロジェクトだ。「ヴィジョンに基づく教育の質を高めるため、各業務を検証可能な数値目標として表し、戦略的経営を行う必要がありました。BSCを用いた評価を全学的に確実に遂行する仕組みとして同プロジェクトを立ち上げました」。
 具体的には、80人程度の若手・中堅の教職員を小川学長自らが選定。彼らを「ナビゲータ」と称して現場での先導役とし、プロジェクト設置の意義、戦略マップとBSCの実践方法について徹底的に研修した。アイディアに溢れる若手教職員と、学部長、学科主任等が中心となり、各学科の強みや弱みを導き出す「SWOT分析」を通じて、戦略マップとそれに基づく具体的な目標・成果指標、例えば、学生の進路決定率、離籍率、FD参加率、授業改善の取組、入学定員充足率を作成した。なお、この工程はSDU(Strategy Drive Unit:戦略展開単位)でも実施している。SDUとは、学部学科等の単位で組織され、全学の目標を受けて、各SDUの戦略マップ、BSCを構築、全学方針を学科単位まで落とし込む仕組みである。
 小川学長が何度も念を押したことがある。それはこの改革があくまで「点検・評価」活動の一環である、ということだ。「本学では以前より点検・評価活動を行っていました。しかし、なかなか次の改善にまで結び付けることができませんでした。同プロジェクトは点検・評価・改善活動を組織的に行い、それを改革に強く結び付ける仕掛けなのです」。この「点検・評価に実質性をもたせるため」という手法で学内を説得するのは全くもって正攻法である。第三者評価は法令に定められているから、反対意見を出しても仕方がない。また、点検・評価活動は業務執行の改善が目的で、教授会による承認事項ではないからスピーディに意思決定が行える。中長期計画の実質化と点検・評価活動の実質化を、より大学の風土に合わせた形で結び付けている。
 ここでBSCについて具体的に説明する。BSCとは、「ヴィジョンを達成する戦略がどのように実行され、どのような指標で達成率や進捗状況を測るのかについて、定量的な指標や目標値、具体的な取組内容等が記入されたカード」である。教職員はBSCに照らし合わせながら目標管理を行い、次年度に向けて新たな取り組みを策定する。こうして教職員個人の業務→SDUのBSC→全学のBSC→全学戦略マップ→全学のヴィジョンの達成、と全ての業務をヴィジョンの達成に関連付けることができる。また、全学およびSDUが「見える化」することで、相互に連携が生まれたり、教職協働が促進されるメリットもある。「各SDUによってBSCの性格は異なりますが、BSCに書かれている以上、全員で達成しなければ、という文化は醸成されてきました。若手教職員の提案も検討を重ねつつ、全学に反映できるものは反映します」と熊谷課長は言う。
 年度目標を設定する上で、重要な役割を担うのが職員ナビゲータだ。彼らは担当するSDUの取組推進、データ分析、企画立案の支援を行う。渡邊課長は「全体の取りまとめは、BSCをテーマに学位論文を取った経営学科の教員が務めています。同僚がその専門家だと、学内での説得力が違います」と述べる。
 改組改編もあって、2010年の志願者数は飛躍的に上がった。改革の結果が志願者増にどの程度関係したかは分からない。しかし、改革のタイミングと志願者増がうまく結び付き、改革の追い風になった。BSCの達成のために経営管理体制も見直された。「現場の決裁権限も見直しましたし、BSCの達成に業務量はどのくらいあり、各部署の職員は何人必要かという積み上げも行いました」と山本事務局次長は話す。
 一連の改革を達成するに当たり、職員にはどのような能力が必要になるか。赤山事務局長は「自己発信力です。事務局長専用オピニオンボックスを置き、現場から上司を介さず事務局長に直接提案してもらい、良い提案は提案者をリーダーとしたプロジェクトを立ち上げます」とアウトプットの重要性を指摘した。渡辺課長は、「情報収集・分析力が必要です。思い付きではなく、データを検証し、一歩二歩先を常に考える、政策先行型の職員が理想です」と職員による政策立案を促す。
 学部学科、部課レベルで政策がバラバラだった教職員が、MI21プロジェクトを中心に据えて教職協働の雰囲気を高め全学の一体感を生み出す。また、BSCという手法で人事労務にまで連動させる。あらゆる大学に通じる改革の基本であることには違いない。

バランス・スコア・カードを使って実効性のある改善を図る
日本福祉大学常任理事/私学高等教育研究所研究員 篠田道夫

 無理な拡大路線がたたり1990年代から逆風が吹き始めた。「志願者の長期低落傾向に歯止めがかからず、中退率もなかなか改善しない。何とかしなければ財政破たんに向かう状況の中、2008年、小川学長が登場した。法人及び大学の経営管理機能は弱く、方針が決まっても、実際の業務は各部局あるいは教員に任せていたため、ベクトルが揃っているとは言い難い状況だった。
 学長の強いリーダーシップの下、MI21プロジェクトを立ち上げ、全学戦略マップを作り、バランス・スコア・カードを使って実効性のある改革に着手した。学科レベルの具体的な成果目標を定め、PDCAで事業展開して改革を進めた。学科ごとに教員・職員でチームを構成、対等の立場で協働、泊りこみの研修、夜中までの議論が現場の改善活動活性化に絶大な効果を表した。
 アイディアは民間シンクタンク、しかし自力で作り上げた。教育の現場、学科の改善活動として始め、全て現場での分析、自主目標に任せた。予め方針を教授会や理事会で決めるのではなく、自己評価活動の推進手法として自然にスタートさせた。従ってやり方に異論はあっても、やらないという選択肢はない。ナビゲータと呼ばれる若手教員と力のある選抜職員によってチーム編成し、結果はともかく、まず改革を始めることを重視した。
 職員ナビゲータは、事務局長任命で専門的研修を受けた改革の中心部隊で、全学戦略を徹底して理解するが、こうするという方針、解決策よりは、問題を投げかける役割で、SWOT分析や目標設定や改善方策は現場で作る。しかし、実質は、全学戦略と部門目標を結び付け、戦略に部門の実態を反映させる機能を担う。学科単位で目標を明確にし、客観的なデータで評価し、継続して改革を推進できる体制の確立こそが最大の成果だ。実効性あるミドルアップダウンシステムと言える。
 この進行状況に併せて、組織・制度改革を行い、将来構想委員会、改組改編に係る各種委員会を設置、職員人事制度や教員人事制度を整えた。財政健全化のためのシビアな勧奨退職制度、昇給、手当や賞与、職員人員計画の見直し・削減など厳しい改革も断行する一方、大胆な投資も連続的に行っている。年功型賃金から資格給と役割給への転換、三五歳からの年齢による昇給ストップに一人の反対者も出さなかったこと、厳しい目標管理・評価制度の導入は赤山事務局長はじめとする職員の力を示している。
 改革作戦の中軸は、学長、副学長、学長補佐、学長室職員で、学長室企画課にMI21推進担当課長も配置し、そこから全学に方針が提示される。
 教職協働でBSCのシステムを使いこなし、持続的改革推進体制を作り出した先駆的な事例だ。



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