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教育学術オンライン

平成22年6月 第2406号(6月23日)

高等教育の明日 われら大学人 〈2〉
 人との出会いを大切に
 少子化は逆風 ニーズに応えシェア増へ 
 「生協の白石さん」いま店長で奮闘中 白石昌則さん(41)

 「一朝目覚むれば、わが名天下に高し」。バイロンの恍惚と不安を味わったかもしれない。大学生協の職員として、いや大学人として、これほど有名になった人はいまい。アカデミアン・ドリーム。東京農工大学の生協職員のとき、組合員からの要望に対する回答を書いた「ひとことカード」のやり取りが学生のブログで紹介された。白石さんの真摯でウィット溢れる回答が話題となり、インターネットで学外にも知られ、書籍化され、大ベストセラーに。いまは、大学生協のない大学の学生や教職員が加入する生活協同組合東京インターカレッジコープの店長として奮闘中。学生時代のこと、大学生協に入ったわけ、いま気がかりなこと、いまの大学生は彼の目にどう映るのか。あの「生協の白石さん」の素顔に迫る。「あの人はいま」調にならないよう気を引き締めてインタビュー。

 「生協の白石さん」(講談社)の出版は05年。この年は小泉純一郎首相が「郵政解散」を行い、自民党が296議席と圧勝、民主党は大敗して岡田克也代表が辞任。小泉構造改革によって勝ち組・負け組みが、さまざまな分野で言われた年でもあった。
 そんな格差が広がり出した時代、「生協の白石さん」は、学生のみならず多くの読者の共感を集め、93万部のベストセラー。自分の性格を「無駄に陽気」と分析。「高校のときは東大に行って弁護士になろうと思っていた。変な自信があったが、大学受験になって現実に気付きました」
「ひとことカード」での学生の質問と白石さんの回答を紹介する。
学生 エロ本おいて下さい。
白石 ご要望ありがとうございます。大学生協は学生さんや教職員の方をはじめとした組合員の勉学研究支援及び生活支援に取り組んでおりますが、煩悩の分野は支援できません。あしからず。
学生 あなたを下さい。白石さん。
白石 私の家族にもこの話をしてみたのですが、「まだ譲る事はできない」との事でした。言葉の端々に一抹の不安は感じさせるものの、まずは売られずにほっと胸をなで下ろした次第です。という事で諸事情ご理解の上、どうぞご容赦下さい。
 「スポーツ系雑誌を置いて」、「チョコの種類を増やして」といった真面目派=お店派が大半だが、自由投稿派=非お店派も結構いる。学生の我儘とも思える質問にも真摯にユーモアを交えて答えてくれる頼もしい兄貴分。
 学生の投稿を、どう思っていたのか。「悩みの相談もありますが、悩んでいたら投稿などしません。勉強や研究の息抜きに投稿したのでは…。私は抑制の効いた言葉の遊びに交ぜ合わせてもらった、という気持ちです」
こう続けた。「投稿内容に、なげかわしいとか学生の本分を忘れている、という意見も出ましたが、大学側も上司も、自分の裁量に任せてくれました、これも有難かった」
 当時の上司、小林亘氏の「発刊に寄せて」には、こうある。「(白石さんが学生に支持されたのは)どんな要望でも、無理だとあきらめず、実現させようという立場で回答したのと、他の職員では回答をよこさない意見や要望にも、ユーモアと絶妙な変化球を織り交ぜて回答する誠実な人柄」
 どういうことから本に?「学生とのやりとりが農工大のサークルのサイトに載り、掲示板でも話題になり、学外にも知られるようになりました。講談社が取材に来て、それが記事になると、他の出版社からも出版の話が来ました。最初に話のあった講談社に頼むのが筋と決めました」
 大ベストセラーになるとは?「出版のプロの感性で本にしてくれたので、成功するだろうとは思っていました。(93万部も売れるとは?)部数のほうはピンときません。でも、インターネットがなかったら、ここまで話題になったかどうか」
 こう付け加えた。「信州大では寮生活でした。寮の掲示板に寮日誌を書いたりしましたが、せっかく書くなら楽しく読んでもらおうと思って書きました。こんどのこと(出版)も昔の寮の仲間は驚いていません」
 講談社は因縁のある会社。「信州大時代の就活では、第1志望が講談社。残念ながらマガジンハウスと出版社2連敗で、内定に残った会社のなかから大学生協を選びました。まさか講談社と関わり合いができるなんて…」
 有名になったことについては? 「一過性のブームのようなものと思っていましたし、歩いていて、声をかけられたこともないし…。自分だけでなく、いろんな人が背中を押してくれたことに感謝しています」
 この本のお陰で東京農工大は知名度、好感度を高めた。05年10月、同大学から感謝状が贈られた。09年1月には、同大学の広報大使第1号に任命。その記者会見で非公開とされてきた素顔が公開された。
 「サイン会も、テレビなどのインタビューも顔を出さないことを条件にした、なんていわれましたが、自分から(顔を)ひけらかすのも何だし、この話題が日増しに大きくなり、出るに出られなくなった、というのが正直な話です」
 東京農工大勤務のあと、08年11月から東京インカレコープ店長に異動。インカレコープは大学生協のない大学の学生や教職員が加入する生協。店での販売よりも、学生たちに訴求して組合員を増やす活動がメインだ。
大学生協の名を高めたことでの抜擢では?「それによってステップアップしたことはありません。店長になったのも、これぐらいの年齢になると、なるポストです」
 いま、全国にある765大学の3割弱で展開する大学生協は岐路に立つ。04年の国立大学法人化で、普及率93%と強かった国立大学にコンビニなどが続々と出店、生協と競合。少子化は大学同様、生協にも逆風だ。
「入学から卒業まで、総合的にできるのは生協しかありません。それに、長年、学生のニーズに応えてきた歴史と信用があります。まだまだ利用結集率はあるし、伸びしろもある。サービスに力を入れて生協のシェアを高めていきたい」
 現在、NHKラジオの若者向け番組「渋マガZ」に、「こたえて!生協の白石さん」というコーナーを持つ。本に倣って、若者の質問に答える形式。いまの学生はどうですか?何か言いたいことがあれば?
 「私の本の書評で、メソポタミア時代から“今の若者は…”と大人は嘆いていた、というのがありました。我々の時代と今の学生はそんなに変っていない。自分を振り返ってみると、回りにいる人に恵まれていた。出会いを大切にしてほしい」

  しらいし・まさのり  1969年、東京都昭島市生まれ。信州大学経済学部卒業後、94年4月、早稲田大学生活協同組合に入職。04年12月に東京農工大生協に移籍して工学部店に勤務。05年春、組合員からの要望に対する回答を書いた「ひとことカード」がインターネットを中心に「生協の白石さん」として話題になり、書籍化された。08年11月から東京インターカレッジコープ渋谷店の店長として活躍中。


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