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平成22年1月 第2386号(1月13日)

上田信行同志社女子大教授
  「教えない」授業の実践
  教員は学生同士を語らせる触媒になれ〈上〉

 「学習者中心の学び」の実践の一つが、「教えない授業」。課題は出すが、全て学生が考え、調べ、表現する。教員はいっさい教えない。しかし、そんなことが可能なのか。こうした実践を大学教育に取り入れているのが、同志社女子大学現代社会学部現代こども学科の上田信行教授だ。どのような授業を行っているのか、取材した。

 ●プレイフル・ラーニング
 上田教授の専門は「教育工学」、「学習環境デザイン」。どんな場や道具があれば人は夢中になって学ぶかを研究している。レゴブロックや「六間(ロッケン)ロール」というロール紙を使ったワークショップ(参加者の協働的活動を通した問題解決法)の実践家としても有名だ。
 昨年六月には「プレイフル・シンキング―仕事を楽しくする思考法」という著書も出版した。プレイフルとは「物事に対してワクワクドキドキする心の状態」をいい、「どんな状況であっても、自分とその場にいる人やモノを最大限に活かして、新しい意味を創りだそうとする姿勢」のこと。最新の認知科学や学習科学の理論を背景に、仕事を楽しくする思考法を紹介している。学生(子ども)の学びについては次のように触れている。少し長いが引用する。
 〈これまでの学校教育は、大人から子どもへ知識を伝達する「インストラクション」が中心だった。知識とは誰かの頭の中に存在し、それをもつ者からもたない者へ分け与えられるものだと考えられていた。学校の教室で、先生から子どもへ一方的に知識を伝達する授業スタイルがまさにその典型だ。
 それに対して、いま大きな潮流になっているのが、学びとは、子どもが何かを体験し、その体験を振り返るプロセスを通してみずから構築していくものであるという考え方だ。これをインストラクションに対して「コンストラクション」という。知識とは他者から与えられるものではなく、みずから創り上げていくもの、つまり「創造するもの」であるという考え方だ。教育学では、このような創造的な学びのことを「構成主義的な学び」と呼んでいる〉
 上田教授の授業スタイルは、基本的にこの構成主義に基づいている。昨秋の雨のふる日、授業風景を取材した。
 ●メタフロアーから眺めると
 上田教授が取材場所として指定したのは、学内に特別にデザインした演習室。「学びのアトリエ」と呼ばれている。長方形の部屋には可動式の机と椅子、ラップトップパソコンが並んだ長机。前方の壁には大きなスクリーンが掛けられている。最も特徴的なのは部屋の隅、1m50cm程の高さに鉄筋で据えられた「メタフロアー」と呼ばれるロフトスペース。ここに立てば、アトリエが一望できる。上田教授はこの機能を解説する。
 「メタフロアーからは、アトリエでの自分の作業を中断して上から俯瞰したり、多角的な視点から眺めることができます。こうした視点を「メタ認知」と呼びますが、認知科学では重要な概念です。学生には、時々ここから眺めてもらうことで、メタ認知力を身につけてもらいます。メタ認知するフロアーと言う意味でメタフロアーと呼ぶことにしました。」
 メタ認知については、著書で次のように解説されている。
 〈メタ認知を働かしてみることで、自分を取り巻く状況を冷静に把握し、状況に応じて振る舞いを変えていけるようになる。自分が抱えている悩みは思っているほど大したことではないことや、周りの人がどう考えているのかも見えてくる。(略)メタ認知とは、物事を俯瞰したり視点を変えることであなたの行動をコントロールする、高次元の自己調整的認知能力なのである〉
 メタフロアーは表現の場でもある。その日は、国際教養学科の講義「表現とメディア」があった。何をするのですか、と上田教授に聞くと「ラジオの生放送です」と返ってきた。
 この学科の学生はみな留学を経験しており、英語が堪能。単に英語のプレゼンを行う授業にするのではなく、学びを深めるための仕掛けとして、ラジオ番組という設定を思いついたと言う。テーマ、内容などは学生たちが用意。メタフロアーに立ち、ラジオのパーソナリティに扮して、軽快な音楽とともに英語で話し始めると、「ラジオの先のリスナーをイメージして!」上田教授の声が飛ぶ。
 “放送”後には、学生は気付きを共有。上田教授はそれをうまく汲み取り、「どのような意味があったのか」について助言を与える。(この授業はライブのインターネット放送を想定しているが、実際にはインターネットに接続しないで行っている。)
 この上田流授業のポイントはこうだ。
 体験によって学べることは、教えるのではなく体験させる。体験させて、皆で気づきを共有して、学生には気づきにくいポイントのみを解説する。歌ったり、踊ったり、ということも多い。しかし、そこには学生に「表現をさせる」という目的が埋め込まれている。上田流授業の根底には、「自ら意味を構築し表現することが学習であり、教育とは、学生に表現させ、自分の言葉で語らせる(アウトプットさせる)こと」との想いがある。著書でもこんなふうに述べている。
 〈アウトプットのよいところは、可視化したり言語化することで自分なりにメタ認知できるだけでなく、他者とも共有できるようになることだ。(略)アウトプットは学びそのものの行為でもある。よく、知識や情報を「インプット」することが学びだと誤解されるが、単なるインプットではパワフルな学びにはつながらない。アウトプットする過程において、インプットした知識や情報を自分なりに咀嚼し、意味の組み換えや再構成を行うことで自分のものにしていくことができるのである〉
 構成主義をもとにしているが、そんな固い言葉は使わない。
 (つづく)

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