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平成21年11月 第2381号(11月18日)

キャリアデザインの時代 5
  自分の知らない自分に気づく
  武蔵野大学のチームビルディングの取組

武蔵野大学 学生支援部長(キャリア開発課長 兼務) 遠山久敬

 キャリアデザインに関して造詣の深い研究者に続き、事例の一つとして本学に声がかかったことは大変光栄である。反面、他にも先進的に取組み、実績を上げている大学は数多くあり、はたして事例紹介に値するのか、という一抹の不安を感じつつこのお話をお受けした。こういう事例もキャリア教育の一つの形かもしれない、と温かくお読みいただきたい。
 仏教精神を根幹とした人格育成を目指した大学
 武蔵野大学の母体は世界的仏教学者により大正13年に創設された武蔵野女子学院である。昭和25年に女子短期大学を、昭和40年に文学部の単科女子大学を発足させ、平成16年4月より男女共学となった。現在は、文・政治経済・人間関係・環境・薬・看護の六つの学部と大学院、そして通信教育部を擁している。通信教育部を除く学部学生数5344人の中堅の総合大学である(平成21年5月1日現在)。
 建学の理念は「仏教精神を根幹とした人格育成」で、無数の縁からなる自己と社会に目覚め(Awakening)、共創できる実践力を鍛え(Link)、次代を切り拓く(Growth)ことを基本目標と定めている。
 自己理解を深めて自信を持とう!
 ある調査によれば、「時々、自分は役立たずだと思う」という問いに「そうは思わない」「全然思わない」と回答した学生は34.8%しかいないそうだ。また、別の調査によれば、日本の大学の学生の84.0%は、「もっと自信をもてるようになりたい」と願っている。
 確かに、近年の受験生は、行きたい大学に入るために勉強するというより、落ちない大学や早く決まる大学を選択する、という傾向も見られる。また、苦しさに耐えて受験勉強を続け、合格を勝ち取る経験や達成感を味わったことが少ない入学生が増加しているようにも感じる。さらに、受験大学の選択においては、親・高校教師や塾講師のアドバイスに従うばかりで、自ら調べ、自ら計画を立て、自ら決定するというプロセスを経ている学生が減少しているという印象も拭えない。このことは、自信が持てず自己否定したり、あきらめたり、何事にも無関心になりやすかったり、また、自ら判断を迫られた時に戸惑ったりする学生が徐々に増えている要因の一つかもしれない。
 そのような懸念を抱いていた平成17年、「人と組織の活性化」を研究領域とするある教員が、当時のキャリア開発部長(人間関係学部教授)にチームビルディングをとり入れた集中授業を提案した。チームビルディングとは、意欲と活気にあふれ、皆が良好な人間関係のもとにあるチームを作っていく教育・訓練の一つのプロセスである。キャリア開発部長は、任意で集めた学生に行った模擬授業に参加して、学生の表情の変化に驚き、態度の変容に感心した。そして、強力なリーダーシップを発揮し、翌年度から正課科目として開講することとした。それが、自己理解を深めて自信を持とう!というサブタイトルを持つ科目「自己の探求T」である。
 自主性を尊重する授業、教えない授業
 「自己の探求T」は、一年次前期の選択科目で、特徴は五つ。一つ目は土・日曜日の二日間行われる九コマ連続の集中授業であること。二つ目は初日に学生が自ら作った6〜7名程度のグループで進める授業(一クラス40名程度が上限)であること。三つ目は自主性を尊重する授業であること。四つ目は教えない授業であること。そして五つ目は学生同士が親密になっていくことである。過去三年間、新入生に対しては入学前にも実施したが、初めて出会う学生が互いのケータイのメールアドレスを交換し始めるのは概ね初日の昼食時であった。
 シラバスの到達目標には、@チームビルディングの体験をすること、Aチームをつくる相互フィードバックの体験をすること、B他者の自己理解を深めることに協力する体験をすること、C@〜Bを通じて受講前より自己理解が深まること、Dチームの一員としての自己の特徴を理解するとともに、他者に協力することでチームに貢献できることを理解すること、とある。
 この科目が、他大学でも実施されている「キャリアデザイン」と異なるのは、自分自身の捉え方とライフプランへのアプローチの仕方にある。一般的な「キャリアデザイン」では、自分の過去に着目して、興味・関心を時系列に抽出したり、職業興味検査などで分析したり、あるいは、将来の職業や家庭における役割をイメージしながら、職業選択やライフプランなどに結び付けていくことが多いと思われる。勿論これも一つの有効な方法である。
 この科目では、二日間のグループワークの「今ここ」(here and now)での行動に注目する。二日間のグループワークを通して、お互いのものの見方、考え方、気持ち、感情の動きの理解を深め合い、各自の持ち味や行動特徴の違いに驚いたり、感心したりしながら相互受容が進められる。さらに、他者から受ける自分に関する指摘やアドバイスを受容することで、自分を可視化していく。自分が知っている自分はもちろん、自分の知らない自分にも気がついていく。
 最後に、そのような自分を認めた上で、今後の自分の持ち味を活かすアクションプランを作成して授業は終了となる。アクションプランは、学習面、生活面、ライフプランなどにつながっていく。
 「知っている」ではなく「わかる」ということ
 授業後の提出課題に書かれる学生のコメントは、概ね四種類に集約されている。
 @自分と、自分の人生と向き合うことの大切さに気づかされた。この授業で学んだことを忘れずに、過去や未来から目を背けず、強く生きていこう――そう思える授業でした。
 A「『自分の事は自分が一番よく解っている』とよく言いますが、実際、この二日間、自分でも気がつかない自分の素顔を仲間が気付かせてくれたということが多々ありました。
 B正しくコミュニケーションをとるということは、これからの人生をよりよくするために欠かせないものである。コミュニケーションを上手にとるということは、気持ちを察しながら、相手の話していることを受け容れながら聴き、相手の意見を尊重しながら自分の意見を発することである。
 Cみんなを引っ張って何かをするとか、話をまとめるとか、私はこれまでやってこなかったし、それは無理だろうと自分で思い込んでいるところがあったので、これからはやりたいと思うなら、少しずつでもチャレンジしていこうと思いました。
 知識として知ったものではなく、体験を通してわかったことが、学生の言葉で綴られている。
 他者の光りに支えられて輝く
 ある教員は、仏教の授業の中で「インドラの宝石のネット」という比喩を紹介している。大きな網目のネットのそれぞれの“結び目”に、色や形の違う宝石が結ばれている状態を想像して欲しい。それぞれの宝石は自ら光ることはないが、光が射しこむとその光を反射しあい互いに輝き始める。他者の光りに支えられて自ら光るように、人は他者に支えられて生きている存在である。「自己の探求T」の最後には、グループのメンバーから温かいメッセージを受け取った学生の表情が、さらに光り輝いていく様子が実感される。
 終わりに、大学でのキャリア教育科目だけでは、おのずと限界がある。本来、初等・中等教育などの各発達段階や、家庭・地域・学校・職場などの各社会において、また、大学の各科目において、それぞれつながりつつ、広がっていくものであろう。一人ひとりが家庭、地域、学校・職場において、もっと「おせっかい」に関りあうことが原点ではないかと思う。

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