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平成21年11月 第2379号(11月4日)

伊能地図復元全国巡回展小百科
  定年名人

 伊能忠敬は、「定年の星」、とか「定年名人」なんていわれている。50歳で隠居して江戸に出て、暦学・天文を学び、72歳まで16年間かけて日本列島を歩き、初の実測「大日本沿海輿地全図」を完成させた、年齢を超えた偉業による。
 忠敬は、上総(千葉県)の生まれ。18歳の時、伊能家の婿養子となる。彼が伊能家に来た時、家業の造り酒屋は衰えていたが、倹約を徹底。薪問屋を江戸に設けるなど商才を発揮して家業を立て直した。
 50歳を迎えた忠敬は、家業を全て長男に譲り、幼い頃から興味を持っていた天文学を本格的に勉強する為に江戸へ出る。「人生50年」と言われていた時代である。この年で、「勉強のために江戸に向かう」知識欲には驚かざるをえない。
 江戸で、忠敬は、天文学の第一人者、高橋至時の門下生になった。至時は32歳。普通の男なら20歳も年下の若者に頭を下げて弟子入りを請うのに抵抗があるはず。忠敬は違った。若い人に頭をさげて学ぶ、この姿勢が忠敬の凄さだ。
 NHKの元アナウンサー、松平定知は、週刊誌に「伊能の列島縦断4000万歩、生涯現役のセカンドライフに学べ、56歳から始めても『少年時代の夢』『青春』が実現できる」と寄稿、こう書いている。
 〈忠敬の最晩年には、歯が抜け、腰痛に悩むなど体の不調を訴えていますが、最後まで歩き続け、その一生を終えました。まさに生涯現役を貫き、夢を追い続けた人生でした。勉強を始めるのに遅いということはありません〉
 今も昔も、男という者、隠居後は盆栽を育てたり孫と遊んだり、のんびり余生を送るのが普通だ。忠敬は違った。彼の生き方に学ぶものは大きい。松平のいうように、生涯現役を貫き、夢を追い続ければ『少年時代の夢』『青春』が実現する、夢が夢ではなくなる。

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