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平成21年8月 第2371号(8月26日)

三宅東大教授インタビュー
  認知科学が教育を変える
  「学習者中心の大学作り」の切り札

 「学習者中心の大学作り」の必要性が叫ばれているが、「具体的にどのように作るのか」の設計図がなかなか見えてこない。そのような中、学習者の学びのプロセスそのものを研究対象とする「認知科学」や「学習科学」が注目されている。学習者は一体、どのように学んでいるのか。この理解がなければ学習者中心の大学作りは難しい。認知科学や学習科学を長年研究してきた東京大学大学院教育学研究科の三宅なほみ教授に話を聞いた。

 ●認知科学・学習科学とは
 認知科学・学習科学は、賢さとは何かを明らかにし、そこから人が何かを学ぶとき「どのような過程を経て学んでいるのか」を研究して、質の高い学習が起きるよう支援する学問だ。これまで学習者の学習過程は、テストやレポート等からしか推測できなかったが、現在はIT技術を活かして、どの時点にどのように学んでいるかを逐一記録出来るようになった。
 私は、学習者同士が議論を通して学び合う「協調学習」の過程において、学びがどのように形成されているかを研究している。協調学習というと、「みんなで一緒に同じことを学ぼう」というイメージが強いが、むしろ一人ひとりの理解が深まると考えている。ワークショップは非常に深い学びに繋がる、ということを「経験的」にご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、認知科学は、「何故深い学びに繋がるか」を綿密な分析等から「科学的」に理解して、学びを支援しようとするものだ。
 認知科学で重要な概念に「スキーマ」がある。人は何度も同じことをやっていると、段々上手くなる。本人は「同じ」だと思っていても実際には少しずつ違った経験を積み重ねている。そういう時、「少しずつ違ったたくさんの経験」の一つひとつを覚えているのではなく、それらに共通して利用可能な部分を抽象化して、他の似たような課題にも使える知識として創りあげる。この統合された知識を「スキーマ」と呼んでいる。学習とは、要するにこの「スキーマ」を作っていくことである。ワークショップ等が学習に効果的なのは、ディスカッションを通して様々な人の多様な視点が生み出され、それらの共通する特徴をまとめようとすることでスキーマを作り出すからだ。
 ●大学作りに応用する
 「学習者中心の大学作り」において、学習者がどのように学んでいるかがわかってくると、そこから具体的な指針が得られるようになる。大学関係者は、どのような条件の下で深い学びが起こるか、学びやすいかを理解する必要があるだろう。一方的に話しかけて教えた「つもり」、伝えた「つもり」になっている講義から学生が「中心になって」学べることは少ない。その証拠に、一年後に何を覚えているかを調べてみると、驚くほど少しのことしか覚えていないこともまれではない。
 学習者中心の学びをつくる具体的な方法としては、まず、学生自身が自分で考えて、学生同士が対話する機会を多く設定することである。対話により様々な考え方を学び、それらの考えを統合していく中で深い学びを得ることができる(スキーマが作られる)。
 また、得意な科目を選び一つを本気で学習していく中で、「学びとは何か」「どうやったら上手く学べるか」という学習のスキーマを自分で発見していく過程も支援できる。「『学び方』を学ぶ」ことを学びについての「メタ認知」と呼ぶが、これも認知科学では非常に重要なスキルとされる。
 リベラルアーツ教育はメタ認知の獲得に適している。様々な科目を学習する中で、自分がそれらの科目をどう学習しているかを客観的に分析する。これを繰り返すことで、自分は新しい領域をどういう風に学んでいるかが分かっていく。自分が得意とする領域があると、他の領域と関連付けて学びやすくなるのだ。
 異なった考えを統合したり、他の領域と関連付けたりする学習が起きるようグループ学習を設計するには、教材とそれをめぐる学習者の活動をそれなりに工夫する必要がある。人によって意見が異なるが、それらを関係づけることに意味があるテーマが望ましい。つまり、グループで議論をするときに、人によって異なる意見が出る必要があるが、その後のグループ毎の発表等で内容を関連付けるとそこに新しい発見があるように仕組みたい。
 英語を協調的に学習するユニークな方法に、複数の学生で協力してディクテーションを繰り返すものがある。これは英語のニュース等をヒアリングして聞こえたままに紙に書き出すのだが、これをグループでやると「こういう風に聞こえた」「でも、文法上は聞き違いだろう」など、議論をしながら文法、リスニング、作文のスキーマを同時に身につけることが出来る。
 ●デメリットも
 協調学習にはデメリットもある。まず綿密な資料の作成など準備が大変であるという点。教員自身が多様な見方をできないと、学生から良い議論が出ても生かせない。学生自身、他人と話をする中で「自分自身の理解が深まる」という協調過程の働く仕組みがある程度わかっていないと、協調過程そのものをうまく生かせないということもある。今のところ、この方法を取り入れる最大の壁は、多くの教員はこの学習法を自身で受けた経験がないことかもしれない。
 しかし、認知科学や学習科学の観点から見れば、協調学習型の教育は、学生の深い学びを支援する一つの有力な手段である。ゼミや卒論もグループでやらせれば深い学びに繋がることがある。そういう実験ができる場や学習環境が増えていくといいと思う。
 ●学習目標が重要
 最終的に一人ひとりがどうなって欲しいのか、学習目標を考えて授業をしていくことが重要だ。学習目標がないと、改善するのも難しい。学士力の評価基準なども、学習の結果が将来どう役立って欲しいのか、長期的な学習目標の元に決められるべきだろう。
 これまでの大学教育では、学校という場で自己学習能力があり、知識の吸収に長けた人が、自分の経験を頼りに授業をしてきた。これから必要になるのは、よりたくさんの知識をより長期的に使えるよう学生に身に付けさせることだろう。そのために、「学生が知識を獲得する支援ができる」ことに喜びを見出す教員が必要なのではないか。

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