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平成21年8月 第2369号(8月5日)

新刊紹介
  人間の情に生きる
  「人情馬鹿物語」
  川口松太郎 著

 大半の大学が夏休みに入ったと思われる。硬質な本の紹介が多いが、今回は涙あり笑いありの軟派な小説を取りあげたい。夏休みぐらい、ゆるり、と。
 川口松太郎の本が書店の棚から消えて久しい。今回、小さな出版社が再刊した。松太郎の本を渇望していた者には福音である。
 松太郎は明治32年、東京・浅草に生まれた。講釈師のもとに住み込み、口述筆記を手伝いながら江戸の庶民文学や漢詩文を学んだ。
 江戸の香が残る大正期の東京下町が舞台。松太郎本人と思われる劇作家志望の「信吉」の青春譜。戯曲修業に勤しみながら、女性遍歴、失恋を重ねる。
 明治と昭和の間の時代には、こんな奴がいたのか、と驚き、悲しみ、ときに涙する。次々と出てくる私利を顧みず人間の情に生きた「人情馬鹿」が可愛い。
 ひそかに憧れる女性に着せたい一心で、華麗な振袖を精魂こめて縫いあげた職人(「紅梅振袖」)、自分のために公金を横領した若者の釈放に奔走する遊女(「遊女夕霧」)、翌日は必ず負ける力士の出世を願って身を引く芸者(「櫓太鼓」)…どれも、切なく、悲しく、優しい物語。
 作家、久世光彦は、松太郎へのオマージュとして「曠吉の恋 昭和人情馬鹿物語」を書いた。昭和初期、巣鴨の水道屋の次男坊、曠吉をめぐる5人の訳あり女との人情恋物語。
 久世は「あとがき」に〈何度痛い目に遭っても、男に懲りない女が日昏れの道で躓いている。膝をさすって唇噛んで―そんな女が可愛かった〉と書いている。
 浴衣姿で、水打ちされた庭を眺めながら、蚊遣り、団扇があって…、そんな風雅のなかで読みたい本。うーん、真夏の夜の夢か。

 「人情馬鹿物語」
 川口松太郎著
 論創社
 電話03―3264―5254
 定価2000円+税

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