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平成21年6月 第2364号(6月24日)

PBL 情報化社会の新たな学習法-下-
  大学でのPBL実践
  「正解ない課題」通して自発性を育てる

日本PBL研究所理事長 上杉賢士(千葉大学大学院教授)

 筆者の所属は、学校教育臨床という名称の大学院専攻である。主として現職の教員を対象として、授業を夜間や週末に開講する点に特徴がある。半数を超える現職教員に混じって、少数ながら教育機関の心理職にある者や学部を卒業した直ちに入学してくる若い学生(ストレート・マスター)もいる。彼らは、自分が希望する専門分野の勉強以外に、現職教員と共に学ぶことも併せて希望して入学してくる。多くの授業は数名から20名程度である。
 こうした特徴をもつ大学院専攻では、学生の問題意識は多様であり個別的である。従って、事例研究のように、特定のケースについて多様なバックグラウンドをもつ者同士でディスカッションするなどの方法がしばしば用いられる。筆者が担当する授業では、可能な限りグループワークを中心としたプロジェクト・ベース学習(PBL)を導入している。
 具体例を紹介する。担当する授業の一つに「学校臨床教育演習」がある。これは前期に開講される同名の「特論」に続いて、後期に開講される。「特論」では、学校臨床教育に関わる問題について、関係する理論や言説、歴史的経緯などについてテキストをもとに検討する。「演習」では、そのなかで受講学生が特に関心をもった特定のテーマについて、演習形式でさらに深く追究することを意図している。
 過去三年の間に取り上げたテーマは、以下のとおりである。
 *2006年度―「評価」が及ぼす社会的・心理的影響の分析と望ましい評価のあり方
 *2007年度―学校における個人情報保護のためのガイドライン作成
 *2008年度―プロジェクト型総合学習のためのログブックの開発
 ここでは、データが整理されている07年度の例を中心にして説明する。受講者は、現職教員4名、ストレート・マスター3名の計7名であった。
 「個人情報保護と学校」というテーマは、筆者がかねてから抱いていたものである。学校における個人情報保護を巡っては「持ち出すな」「漏らすな」といった情報漏洩の防止に集中しているが、それは本来の情報保護とはかなり異なるのではないかという問題意識を持っていた。
 それを学生に提示したところ、学生の多くは校内では教育相談の業務に携わっており、関係する文書や記録などの保護に強い関心をもっていることが明らかになった。こうして、双方の思惑は一致し、ガイドライン作成のプロジェクトに取り組むことになった。
 ちなみに、プロジェクト・ベース学習を行う場合は、テーマが先に決定している場合と、集まったメンバーの総意でテーマを決定する場合の二通りの方法がある。このケースは、いわば両者の折衷という方式である。いずれにしても、プロジェクトへの参加者のモチベーションに最大限に配慮することが必要である。
 プロジェクト・ベース学習では、多くの場合、最初の段階でウェビングを行ってイメージを広げる。写真1は、その時に行ったウェビングの記録である。参加者全員で「個人情報保護と学校」というトピックから連想を広げる。ある程度広がった段階で、いくつかのポイントを整理する。そして、さまざまな検討を行った後に、プロジェクトのゴールを含む作業計画の全体を決定する。当初は「個人情報保護と学校」というテーマだったものが、この段階で「ガイドラインの作成」というプロジェクトのゴールに焦点化された。
 その後、計画と分担に従って情報を収集し、ディスカッションを重ねた。途中で学校の実態を把握する必要が生じて、学校対象の質問紙による調査も行った。結果として、半期15回の授業でガイドラインの文字コンテンツについてはほぼ確定したが、デザイン化したリーフレットにまとめる作業が残った。これは、比較的時間の余裕があるストレート・マスターが担当し、その後に約5回の会合を経て終了した。最終的に終了したのは、10月の授業開始から約半年を経過した3月末であった。写真2は、完成したガイドラインである。全体としてA4判6面で、三つ折りの体裁にまとめた。このガイドラインを教育関係機関に配布し、教員研修の資料として活用している自治体もある。
 プロジェクトを進めるにあたって、学生たちには経済産業省が作成した「社会人基礎力」の一覧表を評価規準として提示した。その中から、特に自分のめあてとしたい項目を選ばせ、追究の途上でそのめあてに沿ったふり返りをさせながら進めた。
 以下に、プロジェクトを終えた学生たちのふり返りの一部を掲げる。
    ○このプロジェクトに取り組んで、あなたにはどんな力がついたと思いますか。
 *毎回ブレーンストーミングの連続で、お互いの頭の中にあるイメージを理解しようと頭を働かせ、それを融合しようと思考力を働かせた。(思考力)
 *チームメンバーには現場の経験もない人もいたが、その意見も貴重でそこから得るものもあった。さらに、現場のことを伝える必要性を感じながら工夫して話すことができた。(コミュニケーション力)
 *個人情報に関する新聞記事を探したり、教育関係機関で配布された資料を集めたり、インターネットで調べたりと意欲的に活動できた。(行動力)
    むろん、これ以外にもさまざまな成果があったというふり返りもある。
    ○このプロジェクトに参加して、あなた個人にとってどんないいことがありましたか。
 *アンケートのとり方やその読み取りについて、研究を進める方法のプロセスの一過程について学ぶことができた。
 *情報漏れへの対策の基本は、スリム化と整理・分類というシンプルなものであることが分かったので、これからの仕事に生かすことができる。
    PBLは、自律的学習を支えるさまざまな特徴を有している。前にあげた例を参照するならば、とりわけ「真正の課題」に取り組むという特徴が特筆される。「真正な課題」とは、一般に「正解のない課題」のように説明される。「学校における個人情報保護のガイドライン作成」というテーマはその典型であり、授業担当者である筆者にも明快な解答は用意できない。
 現代社会には、このような「正解のない課題」がすこぶる多くなった。これらの課題を的確に分析し、解決の見通しを立て、自発的に実行することなどにかかわる諸能力を育成することは、現代の大学に課せられた重要な使命である。Project-Based Learningは、その点を確かにサポートする教育方法である。
(おわり)

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