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平成21年2月 第2349号(2月18日)

インストラクショナル・デザイン 学士課程教育構築の方法論になるかE
  知識の体系化と教育プログラムの確立
  理工系学部教育での学習トレーサビリティ

千歳科学技術大学総合光科学部 小松川 浩

 1はじめに
 少子化・理科離れといった近年の社会問題の影響で、理工系大学への出願者減に歯止めがかからない。一方で、科学技術立国としての日本全体で見ると、理工系出身の人材確保に対する社会的ニーズはますます高まる傾向にある。
 こうした背景の中、理工系大学では多様な学力分布にある学生に門戸を開く一方で、学部四年間の教育課程を通じた人材育成と社会への質保証を図ることが求められている。この一環として、多くの大学で入学前教育や初年次教育での補習教育が実施され、eラーニング等のICT活用教育を通じた、個に応じたきめ細かい学習支援を図りながら、入口段階での質保証に努める事例も増えてきた。
 千歳科学技術大学でも、平成十一年からのeラーニングを通じて、初年次基礎教育や専門基礎教育を中心に在宅学習を支援し、学習面でのドロップアウトを未然に防ぎながら専門教育へと繋げてきた。一方で、学部出口を見据えた場合、専門教育課程を含む学部四年間の授業環境全体を通じて必要な知識をきちんと修得させ、個々の学生の専門領域に照らし合わせた知識を展開することが重要となる。
 2ICT教育システムの整備
 本学では平成十九年度より三年計画で、対面授業と自律学習(授業連動の在宅学習・eラーニングを想定)双方を理工系知識の枠組みで共有するICT教育システムを構築。全学教育課程の中での適用を通じて、入学から卒業に向けた学生個々の学習トレーサビリティを推進することとした。
 このために、理工系教育課程で教授すべき知識の体系化を図り、eラーニングによる自習や課題等の学習管理と授業支援システムによる授業の取得状況を、知識の獲得状況として共有できる「ICT教育システム」の構築を図っている。このシステムを活用して、学部四年間での個々の理工系知識の獲得プロセスの把握や学習指導のトレースを全学的に図り、卒業指導教員が出口を見据えた指導を実践し、社会に向けた学生の質を保証する教育プログラムを実現しようとしている。
 本学で扱うICTベースの教育システムは、ユーザビリティ工学的な設計思想に基づき、大学独自で開発されている。そこで、この設計技法の教育応用としてのインストラクショナル・デザイン(ID)は、本教育プログラムに対しても十分適用可能である。
 以下実際にIDを適用してみる。
 @ニーズ調査・分析:授業内容に関連するeラーニング教材がICT上で共有化されており、これらを相互の授業で活用し合う学内雰囲気も形成されている。科目間の教育内容の繋がりを意識して、専門領域ごとに教授内容を検討すべきという学内ニーズも存在する。
 その結果、学内FD委員会を中心(トップダウン)に、授業による教授とeラーニングによる学習がブレンドする学習環境を想定して、理工系全体での知識の体系化とその共有情報に基づく新たな教育プログラムの確立(ゴール設定)を図ることとした。
 A設計:知識の体系化については、学部として教授すべき“知識集”を整備し、入学前教育・初年次基礎教育・専門基礎教育・専門教育といった段階的な教育課程での理工系知識(化学・物理学・電子工学・システム工学・情報工学領域を想定)を定義することとした。
 知識構成は、分類上四階層とし、最下位層の知識一つの粒度が一五週の授業の一回分の教授要素程度となるようにした。さらに、授業で活用する知識・授ける知識という属性を持たせた。
 B開発:Aでの仕様に基づき、大学院のFD委員会を中心に検討・整備した。全体会議を数回行い、知識の粒度の確認・調整を経て、二〇〇〇ワードの“知識集”を作成し、これを情報データベース化した。これは、授業支援システム(教員が授業と知識の関係を把握)と学習カルテシステム(学生が知識の獲得状況を把握)双方で参照できるようにした。
 C実装・実施:授業支援システムを通じて、毎回行う授業(コース)ごとに、獲得できる知識(定着・展開の区分も含めて)を登録した。授業内容と知識の関係の検討は、自らの授業内容を理工系教育課程の中で再確認する場と捉え、全学的なFDとして進めた(平成二十年度専任教員はほぼ一〇〇%の登録状況)。学生には、学習カルテを通じて、個々の成績情報に基づく知識の取得状況を閲覧・自己分析できるように指導した。
 D評価:授業と関係する知識との整合性の評価と、学生の自己分析に基づく評価に基づき、@〜Bで整備した“知識集”の再検討を行っている。
 なお、このフィードバックは、平成十九〜二十年に実施しており、毎年の知識更新により、内容のブラッシュアップを進めている。
 3教育サービスへの適用
 ICT教育システムの整備により、理工系学生として必要な知識の獲得状況(授業及び授業以外の課題等)を一元的に把握できるようになる。また、同一の知識を持つ科目群を辿ることで、時系列的な科目体系の中での知識獲得プロセスも辿れる可能性がある。これにより、知識の積み上げを基本とする理工系学部教育にとって、新たな次元での教育プログラムが可能となってきた。
 一事例として、専門教育領域での未履修知識の獲得支援プログラムを紹介する。
 本学のeラーニングシステムは、オンキャンパス型のICT活用教育ツールとして、演習・課題・宿題等での知識定着を図ることを主眼に設計されている。このため、様々な理工系の知識要素に該当する自習用の教科書や演習を全学的に蓄積し、教員がその内容を参照しながら、必要な教材(学習素材)を自由に選択してコース(eラーニング授業等)を作ることができる。特に、基礎教育・専門基礎教育では、ほぼ全てがeラーニング化されている。
 一方、本取組での知識を介した授業支援システムの連携により、専門教育での対面授業の単位を取得できていない学生に対して、該当知識要素に対応するeラーニング教材を的確に抽出することが可能となってきた。そこで実際に、専門領域の代表的な科目群ごとに、授業単位履修に躓く学生に対して、学習カルテを通じた知識の割出しを行うと同時に、該当知識に相当するeラーニング教材を活用したコース設定を図り、知識内容の再学習を試みている。これにより、春休み・夏休みなどの授業開講期間以外での最履修クラスの設置(柔軟な授業運営)と、教授すべき知識レベルでの再学習内容の厳密化が図られるようになってきた。
 4まとめ
 本学では、入学前教育から卒業に向けた学部専門教育にかけて、知識レベルでの教授内容の検討と、教授要素との関係性の明確化に努めている。大学としては、本取組みは、教授する側の教員サイド及び受手である学生が四年間で何を教授し・学ぶかを双方で考える良い機会として大変意義深いと考えている。
 しかし、その成果を具現化するには、全教員が常にその意味を共有し合い、知識データベースの開発・実装・評価を絶えず繰り返していく必要がある。この際、誰もが共通に理解を深められる方法論として、インストラクショナル・デザインは有効なツールとなると考えている。

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