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教育学術オンライン

平成20年12月 第2341号(12月3日)

"オープン化"で教育が変わる
  本も出版 集合知でFD、教材の質が向上

 世界的に教育のオープン化が進行していく―こう予見するのはマサチューセッツ工科大学の飯吉 透シニア・ストラテジスト(元カーネギー財団上級研究員・同知識メディア研究所長)。このたび編集に携わった「Opening Up Education」では、各分野の専門家たちにオープン化した世界のあり様を描いてもらった。日本ではまだ馴染みの薄い「教育のオープン化」とはどういうことか。飯吉氏に聞いた。

 二〇〇一年に始まったマサチューセッツ工科大学(MIT)の「オープン・コースウェア」プロジェクトは、約一八〇〇の講義で使われている教材をウェブで無料公開する果敢な試みだ。現在、このような「教育のオープン化」は世界的な拡がりをみせているが、これによって「教育はどう変わるのか」、また、「教育の様々な課題は、どのように解決されるのか」を模索し将来に向けた提言を行おう、というのが本書の趣旨だ。「テクノロジー」「教材」「実践的知識」などの領域について、欧米の三八人のリーダーや専門家たちに執筆をして頂いた。
 編者として最も気を配ったのは、「いかに本書を、各執筆者が率いるプロジェクトの概略レポートの寄せ集めにならないようにするか」という点だった。各執筆者に、「自分の実践的試みや研究は、教育的にどのような意味があったのかを内省し、今後教育に携わる全ての人々が何を考え何をすべきなのかを、皆が理解・共有できる形で書いて欲しい」と呼びかけた。
 「教育のオープン化」により、解決できる課題の一つに「質の保証」が挙げられる。MITのような「トップクラスの大学」は、オープン化に耐えうる(また値する)質の高い教育を提供しているが故に、比較的教材をオープン化し易い立場にいる。つまりオープン化は、提供する教育の質に責任を持ち保証する、アカウンタビリティの役割の一端を担うことができる。
 また、オープンにすることで、「教材や教育方法の改善が促進され、更に質が高く、有用なものにできる」可能性も高まる。
 カーネギーメロン大学の「オープン・ラーニング・イニシアチブ(OLI)」は、「同大学で使われている教材を公開しても、他の大学の教員や学生、社会人が使いこなすのは難しいだろう」という理由で、同大学の教員、認知科学者やインストラクショナル・デザイナーなどが協力して、「一般的に使い易い教材」を設計・開発した。さらに、これらの教材を使っている世界各地の他大学の教員をワークショップに招待し、教材のさらなる改善のために、カーネギーメロン大学の教員やスタッフたちと意見交換やディスカッションをしてもらった。
 このようなプロセスを経るうちに、一般向けであったOLIの教材の質は向上し続け、カーネギーメロン大学の教員たちも「これなら自分たちの学生にも是非使わせたい」ということになった。「集合知」による教育改善が実践されたのである。
 このような効果は、FDにも期待できる。多くの教員が授業や教材を公開し互いに吟味し、切磋琢磨することによって、「より誇れるもの」に改善していく。良い点は誉めて学び合い、効果的でない部分は「文殊の知恵」で改良していく。また「名授業」や「ユニークな授業」が公開されることで、教育的なノウハウが広く共有される。
 授業の内容や教材をオープン化すると、自分の大学への入学生が減るのではないかという懸念があるかもしれない。しかし、MITも強調しているように、「講義教材を公開したからといって、MITの学生が享受できる教育体験全てが公開されたわけではない」という点は重要だ。
 MITの教員から直接指導を受け、他の優秀な学生たちとグループで学んだり研究したりすること。このようなインタラクティブな教授・学習活動を通じ、MITという教育的コミュニティの中で知力や専門知識を身に付けていくためには、やはりMITに入学しなければならない。
 「教育のオープン化」がさらに進めば、あらゆる教育コンテンツにおいて、共有可能ものは全て共有され、入手・適合し易くなっていくだろう。個々の教員や学生の「教授と学習に関わる試行錯誤」を皆で共有できれば、先人の知識や経験の上に立って、より効率的・効果的に教え学ぶことができるようになる。「二の舞になる」ことも避けられるので、より多くの時間やエネルギーを教育的イノベーションに投資することが可能になる。グローバル的にもローカル的にも、教育が進展していくスピードをより加速できるはずだ。
 さらに、先進国の「教育のオープン化」は、途上国における教育システム・基盤の整備の大きな助けとなるだろう。情報コミュニケーション技術(ICT)の目覚ましい発展により、国際機関や各国の政府の支援の下、様々な教育機関、そして教育に関わる全ての人々が、「教育のオープン化」に貢献し、その恩恵を享受できるような教育の未来を築くことができる「教育の新たな世紀」は、まだ始まったばかりだ。
 本書が、「教育のオープン化」の新たな取組みのきっかけになればと願う。

 『OPENING UP EDUCATION:The Collective Advancement of Education Through Open Technology, Open Content,and Open Knowledge』  500頁、Mit Pr、全編英語、編集:Toru Iiyoshi,M. S. Vijay Kumar

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