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平成20年7月 第2324号(7月16日)

FDこそ知的探求の対象 筑波大 小笠原特任教授に聞く

 四月より、学部教育でのファカルティ・ディベロップメント(FD)が義務化された。このたびの義務化に際して、文部科学省は、個別の教員ではなく、大学組織全体として取り組むことなどを公表している。筑波大学の小笠原正明特任教授は、一九九五年から一〇年以上もFDに携わり、現在FDの主流となっている“教授法に重点を置く手法”に疑問を投げかける。

 ―FDの問題点は。
 私がFDに関わった一九九五年当時は普及啓発の意味もあって、教授法に重点を置いた研修でした。しかし、だんだん内容抜きの教授法研修は困難だと分かってきました。
 たとえば文学と数学では当然教授法は異なります。専門の数だけ教授法とFDがあることは明らかです。教授法と教授内容は相互に関係しているのです。
 これまで教授法が強調され過ぎていたきらいがあります。教育目標を設定して、それを達成するカリキュラムと教授法の開発が表裏一体となって進められていく必要があります。
 FD義務化で教授法の研修を始めても、教育目標に対して整合性と必然性が無ければ、形式化、形骸化することになり兼ねません。
 いずれにせよ、FDの前提として教員のモチベーションが必要です。私たちの取組みで熱心な人は多く生まれましたが、マジョリティにはならなかった。
 ―何故、FDを受けるモチベーションが生まれないのでしょうか。
 大学教員には、教育職のプロという意識がまだない。専門職としての心構えと倫理と技術がセットになって、教員という全体像が成立するはずですが、日本ではまだできていない。一つの職業集団としてはかなり大きいのですが、仕事に対する共通の理解を持っていない。だから、自発的なFDに対する要求が起こってこないのではないか。
 「大学教員とは何か」という職業の定義から導かれる職業意識と、職業を可能にする技術などの共通理解を持つ時期に来ています。それができて初めて、技術としての研修や訓練を内発的に求める環境が出来てくるのだと思います。
 ―モチベーションを上げるには。
 北海道大学では、一〇年も前から約四〇人の教員が泊り込みで議論するワークショップを行っています。
 教員は一般に自分の分野以外で教育の話をする機会はありませんから、共通テーマの議論の中で発見があります。効果的なワークショップを行うためには知的に活性化されるテーマ設定と運営が必要です。
 なぜ、ワークショップがモチベーション向上になるのか。それは教員にとって異文化発見の機会だからです。理学部出身の私が、文学部の教員と話すとショックを受ける。世界が違う。世界が違う人間同士が、学生をどうするかという共通目的を持って議論すると、知的に刺激される。
 このような場での議論は、各教員が持っている学問そのものを基盤とした対話であり、自分の学問を見直す機会でもある。教員は学問が好きですから、こうした捉らえ方ができればFDに「はまる」わけです。
 最初は学部長命令に近い形で教務委員クラスの教員に集まってもらいました。バスに乗ってもらうまでが大変ですが、趣旨の説明を受けて参加者の覚悟が決まると、そこは大学の先生ですからどんどん議論が盛り上がるのです。
 ワークショップ型の新任教員研修は、半ば義務化され、その後定着しました。
 ―筑波大学ではどのようなFDを行っていますか。
 FDの再定義をしています。教員はFD等を通じて自らの教育能力の向上に努める義務があります。学士課程の教育目標を定め、カリキュラムの改善や教授法の向上、単位の実質化、成績評価の厳格化などを主な内容としています。
 それを達成するためにPDCAサイクルを回しています。FD活動を組織的に捉え直しています。
 授業評価の結果をどうフィードバックするかは、各分野で議論した方が良いでしょう。一人の教員の責任にしてはいけません。たとえば学生のモチベーションが高まらないのはカリキュラムに問題がある場合が多い。履修する必然性がなかったり、他科目との接続が悪かったりするのは教員個人の責任ではありません。
 この考え方が実質的な教育現場レベルまで浸透しないと、PDCAサイクルは機能しません。時間がかかりますね。
 ―反対する教員はいないのですか。
 理系の教員などは、研究費の獲得が学者生命にも影響しかねませんから、どうしても研究優先になる。「こんなに頑張っているのに、さらに教育に時間を割かないといけないのか」という現場の悲鳴もあります。
 アメリカの研究系大学では、教員にしかできないことと教員でなくてもできることを仕分けした上で、教育支援の専門職やティーチング・アシスタントを組織化しています。分業体制を作って、教育の質を落とさずアカデミックスタッフがかなりの時間を研究に割けるようにしています。日本でも「教育を組織化する」ことが大事です。
 ―今後の課題は何ですか。
 科学の分野になりますが、日本の理科離れ、物理離れは危機的です。これは物理だけの問題ではありません。たとえば大学の化学は、学ぶ側に一定の物理の素養がないと成り立たない。従来の物理や化学という縦割りシステムで考えても問題は解決しません。
 「サイエンスコア」と呼んでいますが、各分野が協力・分担して効果的に教える方法を考えています。
 アメリカ化学会が作った教科書は導入部で水について論じたあと、いきなりビッグバンを取り上げます。核融合反応が継続的に起こって、原子や分子に進化していく。そうした流れの上に、化学と生物を載せている。「どうしたらサイエンスを面白くできるか」という精神と、面白い話を積上げて大きな一つの物語にしていく努力の跡が見られます。
 日本の専門家は一般にそういう話が苦手ですね。分野ごとに区切って小出しにしてしまう。サイエンスを物理とか化学あるいはそれより小さい分野ごとに整理してしまうと、とたんに面白くなくなってしまう。
 科学者は、自分の学問の枠組みの中だけで学生と向き合うのではなく、科学全体のストーリーテラーとなるべきです。科学は全体として「壮大な物語」であることをまず伝えるべきです。
 自由で広がりのある学生の興味に訴えた上で、自ら分野を選択させる方法をとらないといけません。カリキュラムを通した物語の開発と、ストーリーテラーとしての技術の確立。各分野でこうした自発的な取組が行われて始めて、真のFDが実現します。
 繰り返しになりますが、FDは教授法の研修ではなく、知的探求であり学問そのものなのです。

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