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平成20年3月 第2307号 (3月5日)

地域が育む社会起業家 NPO法人ETIC.の若者支援法を聞く

 「大学の地域貢献」が叫ばれる中、地域とどのように連携するのか、学生をどのように育成するのか、各地で試行錯誤が続いている。NPO法人ETIC.(エティック)は、若者を対象に起業家精神を持ち、自ら社会に新しい価値を生み出す人材を輩出する、という理念の下に一九九三年に設立され、地域で若者の起業家型リーダーを育成していく事業等を展開している。多くの大学等とも連携して、長期実践型インターンシップや地域づくりのプログラム開発を行っており、また、経済産業省が後援する「チャレンジ・コミュニティ・プロジェクト」の事務局を運営し、全国二〇地域の地域づくり支援団体をネットワークしている。地域において若者が挑戦する意義とその支援手法を宮城治男代表理事に聞いた。

 ―ETIC.では、地域で挑戦する若者を支援しています。具体的には、どのような事業を行っているのでしょうか。
 地域に若者が入り込み、地元中小企業等に長期のインターンシップをしながら、事業提案やその地域の課題の解決に取組むプログラムを行っています。
 例えば、ある女子大生二人は、福島県の「会津本郷焼」という焼き物の窯元で空き工房のディスプレイ改装、店舗の立ち上げインターンに参加しました。約三か月学んだ二人は、その町と人にほれ込み、「恩返しをしたい」と、ガイドブックにはない魅力の詰まった冊子を作成しました。これは地元でも好評で、地域のイベントでも配布されています。
 高知県の大学生は、ある木材会社のインターンに参加し、社長の「山を守るためには、木を使う文化を育むこと」という言葉に共感し、全国から設計士の卵に来てもらう滞在型の企画を自ら実施しました。
 受け入れ先は、地域で何十年と仕事を続けてきた中小企業の経営者だったり、農家だったりします。「この人の下であれば、若者が育つであろう」という人、人間的な魅力があったり、新しいことにチャレンジしようとする人を見つけて、若者が入っていきます。
 このように若者が活躍する事例が、全国二〇地域に二〇〇以上もあります。
 ―地域から求められている若者の役割は?
 若者がニュートラルな視点で、地域の未来のビジョンを持ちつつ入っていくことです。未熟でも情熱ある新しい視点は刺激を与えるし、人を繋ぐ触媒にもなります。若者の強みは、逆に未熟であるがゆえに、様々な世代の立場の違う人たちを繋げていけるということ。ETIC.が支援する全国二〇地域で、ハブとなって仕掛けている、プロデューサー自身も二〇〜三〇代の若者たちです。企業でも行政でもNPOでも、地域にいる人達は、自分の立ち位置しか見えていない人が多い。そのカベを超えて様々なセクター間での関係を、目的を持って繋いでいく、つまり、「プロデュース」していく。それによって、新しい価値を生み出していく。そういうことができる存在を、私達は、「チャレンジ・プロデューサー(CP)」と呼んでいます。
 ETIC.での人材育成は、CPのような人材、いわゆる社会起業家を育成することであるとも言えます。
 ―宮城代表が、若者に一番大切にして欲しいことは何でしょうか。
 今の若者たちは、「人間」対「人間」の関係の中で、責任を持って自分で決めて、チャレンジしていく経験が少なく、しかも、受験勉強に代表される「正解を求める訓練」のみをひたすら重ねてきたこと自体がチャレンジをする精神を奪っているともいえます。
 CPは、地域の取り組みの中でカベに当たって、自分自身の限界や困難、そして、それを皆で乗り越える喜び、支えてくれる人々への感謝を感じます。努力をして乗り越える経験を人生の糧にしていく「しなやかさ」や、精神的な強さ、「したたかさ」を学んで欲しい。それは、全人格的な学びなので、机上で学ぶことは難しいと思います。
 ―ETIC.が地域づくりに取り組むきっかけは。
 ETIC.は、ベンチャー企業等への長期実践型インターンにより、若手起業家を育てる事業を行っていました。確かに、企業、学生数等だけなら、インターンを東京一極集中でやり続けた方が有効であることは間違ありません。
 しかし、今の時代において「人として成長していくとは、どういうことか。本当に人が育つ場所はどこにあるのか」を考えたときに、大都会だけで完結していると、人間としての「全体観」や人間性の部分で何か足りないものがあるのかなと。
 中期的視野に立ったとき、私たちにとって地域は非効率のようですが、そこを手がけることは不可欠であると考えました。
 例えば、地域で若者がチャレンジすると、感謝され、期待され、支えてくれます。人が一生懸命に努力し続けるモチベーショ
ンを繋ぎとめる源泉は、まさにそうした絆にあるのではないか。逆に言えば、そこが希薄なことが、現在の日本において人が育ちにくくなっている理由だと思います。
 もう一つは、地域の中で育まれた伝統やモラル、そして豊かな自然環境もまた、人間の全体観に必要で、都会に希薄なものだと思います。地域の中の人たちが、人生の積み重ねの上に持っているモラルや品格を、改めて注目すべき時代じゃないかなと思います。
 ―地域で人材育成をするにあたり、ETIC.の強みは何ですか?
 インターンシップの機会作りや、若者の成長プロセスに関するノウハウはありますし、それは手法やマニュアルにもなって確立もしています。しかし、本質的な部分では、一五年の中で蓄積された、東京や全国に広がる意識の高い人たちの絆、コミュニティがあることです。いわゆる「ソーシャル・キャピタル」ですね。
 若者は、そのコミュニティにいる人達と、既存のカベを越えて人を繋ぎ、新しい価値を生み出すプロセスを共有して「プロデューサーシップ」のようなものを体感していく。そして高い視点をもった志高い人たちとのふれあいを通じて、自らも高い意欲を持つことができます。そうして意欲が高まった若者が、また他の若者に影響を及ぼし、様々な分野・地域に影響力の輪を広げていく。その関係を築いていくことが、人を変えていく影響力が最も大きいと感じていますし、その密度と広がりが強みではないかと思います。
 ―地域のCP(社会起業家)を通して生み出したい価値とは。
 まず、報酬とは何か、という価値観を変える必要があると考えています。極論めいてはいますが、人を紹介して誰かが幸せになることについて、金銭的報酬に換算することに、「窮屈さ」はありませんか。
 地域と都会は、どちらが豊かで幸せなのかを考えたときに、その尺度が例えば年収のみで語られることが、社会に支障を生み出す一つの原因でもあります。
 全国の地域の仕掛け人たちは、地域が素晴らしい、コンクリートジャングルは人が暮らす場所ではないと言います。それは、単なるイナカモノの開き直りではありませんし、彼らの存在自体が、報酬や生きがいに対する概念を変える影響力となっていくと思います。
 とはいえ、仕事にするからには経済的な基盤は大事です。欧米では寄付で支えられることも多い存在ですが、日本で寄付市場は法整備の遅れもありきわめて脆弱です。今後は、企業等が、CSRと絡めて財政基盤を支えて欲しいですね。
 ―大学と連携ができることは何でしょうか?
 学生の「本当の成長とは何か」を考えたときに、年々、大学の中だけでは完結できなくなっていると思います。学生自身が主体的に学ぶ意義や意欲なしには大学の資源は活かされませんが、そうした意欲を育むために、多様な接点は用意しているので、あらゆる連携が可能であると思います。
 これまでにも、三〇以上の大学とコラボレーションをしてきました。例えば、より価値のあるインターンを生み出す連携も可能ですし、大きな枠でリーダーを育成していくカリキュラムを共同開発することも可能です。社会起業家の紹介、大学入学段階での動機付けをテーマにした講演や、経営者による連続講演会も行っています。高知大学のように、一四単位にもなるインターンプログラムの開発を一緒に作りあげることにも力をいれています。
 要するに、教育理念の達成に大学の外にある資源を本気で活用したい時にお役に立つことができると思います。
 プログラムを通して学生が変わると、その学生の仲間がまず変わります。立派な講師を連れてくるより、「隣のクラスのあいつが輝いている」という影響力の方が学生にとってはるかに大きい。それで学生も変わるし、教員も「あいつはどこであんな変わってしまったんだ」と学生の成長を目の当たりにすれば、認めざるを得ない。そうした状況を作っていくプロセスにおいて、外部の資源と繋がる教育の効果を広げ、教育改革の一部に結び付けて頂ければと思います。
 そうした志のある大学人の方と、ぜひ一緒にチャレンジさせて頂きたいです。

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