Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞加盟大学専用サイト
教育学術オンライン

平成20年2月 第2304号 (2月13日)

あらゆる組織に"社会的責任(SR)"を ISOが国際規格化に向け議論

 国際的な標準規格を策定するための民間の非政府組織「国際標準化機構(ISO)」では、現在、「組織の社会的責任(SR:Social Responsibility)」の議論が行われている。ワーキンググループでは、様々なステークホルダー(利害関係者)を交えながらガイダンスの作成が進められ、二〇一〇年には「ISO26000」として規格の発行が予定されている。大学でもUSR(大学の社会的責任:University Social Responsibility)が話題に上るが、「社会的責任の国際標準化」とはどういうことだろうか。

 日本規格協会は、東京(二月八日)と名古屋(二月四日)で、「ISO/SR事例シンポジウム2008〜あらゆる組織が対応するSRの気付きのために〜」を開催した。企業のみならず、自治体、病院、大学、NGO等あらゆる組織が、それぞれの「社会的責任」をどのように果たしていくのか、あるいは、果たしているのかについて、解説と事例が紹介された。大学では、USR研究会のアドバイザーを務める新日本監査法人の植草茂樹氏(東京)と大久保和孝氏(名古屋)が、大学が社会的責任活動に取り組む背景等を玉川大学や名城大学の事例を交えながら紹介した。
  SR規格の特徴 
 国際的に、企業がCSR(企業の社会的責任:Corporate Social Responsibility)の取り組みを始めてきたのは、世界的なグローバル化の進展や地球環境問題への関心が高まってきた二〇〇〇年前後であるが、企業の取り組みに対して消費者側から、「信用が出来ない」として、ISOにCSRの規格化に関する検討の要請があった。そこでワーキンググループが発足、当初は、環境のマネジメントシステム規格である14001や品質のマネジメントシステム規格である9001のように、第三者機関がCSRの取り組みの審査、認証を行う「認証制度」を想定した、「第三のマネジメントシステム規格」として規格化する予定であった。
 しかし、組織の取り組みを審査、認証するための規格を策定するよりは、具体的に何をするのかは各組織に委ね、最低限の幅広い枠組みのみを記述する「ガイダンス」規格を策定した方がよいとの判断により、これを開発することとなった。
 また、その後の議論により、社会的な責任を果たすべきなのは企業だけではなく、あらゆる組織であるとの認識が生まれ、「C」を取り除いた「SR」となった。私立大学でも平成十六年に、USRに取り組む大学のコミュニティである「USR研究会」が発足し、現在は約三〇大学が参加している。同研究会では、USRを「大学が教育研究等を通じて建学の精神などを実現していくために、社会(ステークホルダー)の要請や課題等に柔軟に応え、その結果を社会に説明・還元できる経営組織を構築し、教職員がその諸活動において適正な大学運営を行うこと」と位置付け、この取組により大学の社会的責任を果たしていくことで、大学の価値の向上にも繋がるとしている。
  SRガイダンスの内容  
 SRについては、世界中の国際機関や民間等の個別の取り決めが、既に四〇〇近く存在していると言われる。例えば、国連グローバルコンパクトの一〇原則、OECDの多国籍企業ガイドライン、国際労働機構(ILO)の多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言などがそうである。現在、そうした多くの文書との関係性や整合性を図りながら、一つのガイダンスをまとめる作業が行われている。
 そのガイダンスは、七つの章で構成されている。
 第一章(適用範囲)主題、取扱い範囲、適用限界の明確化。
 第二章(引用規格)ガイダンス規格と共に読む文書類のリスト化。
 第三章(用語・定義)ガイダンス規格の中で使われ、かつ定義を必要とする用語の特定と定義。
 第四章(SRの背景・概念)社会的責任に関する歴史的背景及び現代の背景について。また、社会的責任という概念の本質から出てくる問題も取り扱う。
 第五章(SRの基本原則)様々な出典から一連の社会的責任の原則を特定、これらの原則に関する指針を特定。
 第六章(SRの主題に関するガイダンス)一連の中心となる主題・問題に関連する独立した指針を記述。それらを組織と関連付ける。
 第七章(SR実施のガイダンス)組織内での社会的責任の実施及び組織運営との統合に関する実用的な指針を提供。
 図の第六章に記されるように、SRで取り組むべき主題は「環境」のほか、「人権」や「労働」、「消費者課題」等幅広い。これは、あらゆる国のあらゆる組織を想定しているからで、国や地域により文化も宗教も異なるし、企業と大学等組織の違い、組織の規模の違いによっても課題が異なるためである。ガイダンスはあくまで目安であり、取り組み主題は各組織で選択ができるようになっている。
 逆に「これをやっておきさえすればいい」というものではない。
  実施の方法 
 それでは、具体的にどのようにこの規格を実施していくのか。これは第七章に記されており、一番の特徴は、「ステークホルダーエンゲージメント(利害関係者の関わり)」である。環境や人権問題に取り組むなど組織が社会的責任を実施する際に、ステークホルダーと協力しながら行うべきとされている。つまり、組織の当事者のみで計画・実行するのではなく、議論の場に利害関係者を交えるということである。大学で言うなら、学生や父母、近隣住民等で、それぞれの立場による意見を自由に出し合いながら自律的に協力関係を構築していく。
 また、14001、9001等のように認証を目的とした規格ではないので、受身的に対応するのではなく、ガイダンスを参考に自分の組織の特徴を踏まえて主題を設定し、自ら考えて構築していかなければならない。現在、経済産業省などでは、様々な組織の事例を集めてまとめている。また、ガイダンスはどうしても「C」SRが意識されているため、そのままでは大学や病院などでは使えないかもしれない。その場合、「ガイダンスのガイダンス」作りが必要となるだろう。
 SRは一部では「わが国においては古くて新しいテーマ」と言われ、環境や人権などの法規制遵守や大学の地域貢献など、規制や国内での制度として対応してきたものも、世界的に見れば立派に社会的責任を果たしていることもある。昔から行っていた取組みを、SRとして捉え直す「気付き」と、この取組みをマネジメントして高度化する「意識の向上」が重要である。
 このたびのシンポジウムの目的にもあるように、各組織はこうした取り組みを整理しつつ、SRとして捉え直すことが今後必要となるだろう。

Page Top