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平成19年11月 第2296号(11月21日)

環境対策は教育・研究を第一に 日本初環境ISO認証取得の大学
  武蔵工大 増井環境情報学部長に聞く

 武蔵工業大学(中村英夫学長)の横浜キャンパス(環境情報学部)では、一九九八年に、日本の大学では初となる、環境管理の国際規格であるISO14001の認証を取得した。近年、京都議定書や来年のG8サミット等で環境問題への関心が大変高まりつつある中で、大学が環境問題に取り組む意義や課題について、同学部長の増井忠幸教授に聞いた。

社会における環境問題への取り組みの背景は。
 一九九二年の地球サミット以降、九〇年代後半から、多くの企業等でも、環境部門を設置して地球環境問題への取り組みを熱心に行っています。具体的には、二酸化炭素の削減量などに数値目標を立てて、各現場で廃棄物削減、省エネルギー対策、社内環境教育、ステークホルダー(利害関係者)との対話、環境報告書の作成などを行うとともに、毎年目標を見直しながら継続的な改善を行っています。このプラン・ドゥ・チェック・アクション(PDCA)のサイクルを回していく仕組みを「マネジメントシステム」と呼んでいますが、この認証であるISO14001(ISOは国際標準化機構。14000台は環境に関する規格。以下、ISO)の認証取得をしている企業は、実は世界で日本が一番多い。社会的に責任のある活動を行わないと、社会から認められない時代だからです。
 それでは大学はどうなのだろうかと考えると、そうした意識はまだまだ低いのではないかと思います。

大学が取り組んでいく上での問題点は。
 大学で取り組んでいく場合には、二つの難しい問題があると思います。
 第一に、合意形成の問題。企業であればトップダウンで決まっていきますが、大学の教員は、それぞれ独立した経営者のような意識を持つ人が集まっているわけで、一般的には組織的に動くのは苦手。だから、誰かがリーダーシップをとって、滅私奉公でやっていかないと動かない。
 第二に、学部学科という専門領域の問題。例えば、医学部と経済学部と理工学部ではそれぞれ環境問題への取り組みのアプローチの仕方が違います。このことは、総合系の大学では大きな問題になると思います。

武蔵工業大学では、学内の合意形成をどのように図っていったのか。
 それは何度も何度も激しい、時には喧嘩になるような議論もしました。紙ゴミ電気の削減というと、「真っ暗な中で研究しろということか!」「紙を使わないで教育しろということか!」という誤解も多かったわけです。ISOはいわゆる「紙を(数値的に)これだけ減らせ、電気の使用量を(数値的に)これだけ減らせ」という評価ではありません。「無駄な」電気や紙を削減することが目的であって、教育や研究自体には支障ありませんよ、ということを丁寧に説明していきました。また、「環境情報学部」という“環境”を掲げている学部であるのだから、キャンパス自体の環境配慮も売りにしないで何を売りにするのか、という議論もしました。それで、何とか理解して納得して合意に至ったわけです。
 学生の行動も大きな力になりました。特に学部設立当初の学生の意識は高く、ゴミの分別を始めたのも、エレベータを利用せず階段を利用しようという運動を起こしたのも学生でした。このような学生の行動もISO認証取得の大きな力になりました。ISOマニュアルのver.1を作ったのも学生です。認証取得後も学生と教職員が協力して活動を推進していくことを、本キャンパスのISO活動の特色としています。

ISOの構成員に学生を含めていますが、その狙いは。
 ISO認証取得の際に、構成員、つまり、「この取り組みを行うのは誰か」を決めるとき、「学生を含めるのか」という問題がありました。学生を構成員に含めれば、毎年入れ替わる相当な数の学生に研修をしなければならないし、毎年の目標設定と評価もしなければならない。周囲からは口々に「やめておいたほうがよいよ」と言われましたし、他の大学では、構成員に含めていない場合が多いようです。
 本学部でもずいぶん議論しましたが、最後は学生を構成員とすることに決定しました。その理由は、「大学とは、講義のみならずキャンパスにいること自体が教育である」というコンセプトがあったからです。学生を構成員として、環境マインドの持つ人材に育てて社会に出す。それが一番重要なのではないか、という結論に至りました。
 従って、本学部でのISO活動の方針は、環境問題の研究と教育を第一に置いている点が特徴になっています。

しかし、教育は数値的に測れないし、施設管理において、どこまで減らせるかの「数値」が重要になる。
 そのとおりです。環境省や経済産業省から言わせれば、やはり直接二酸化炭素が減るような活動こそして欲しいと。京都議定書の発効により、日本は二〇一二年までに一九九〇年に比べて六%の温暖化効果ガスを削減しなければなりませんが、現状では逆に八%くらい増加してしまっている。そういうわけで、具体的かつ直接的な削減の取組が求められているわけです。
 しかし、大学自体のエネルギー消費は、メーカー等に比べればそんなに大きなものではありません。もちろん、だから何もしない、というわけではありません。本キャンパスはエコロジカルキャンパスとして、様々な工夫をしながら直接学内の電力を減らしていますし、実際、初年度などはかなり削減できました。
 そうすると、教職員・学生も意識を持ってくる。メーターを建物毎につけようとか、分別のゴミ箱を設置しようとか、取組が色々と起こってくる。大学では、それらのきっかけをどのように教育に組み込んでいくかが大事だと思います。これによって一人ひとりの意識付けを行った方が、結果的には二酸化炭素は減っていくのです。
 大事なのは、学生が普段どういう生活をするか。家に帰れば、学生も民生(家庭)部門の構成員になります。本学部の学生は、大学で分別をする癖がつきますが、家に帰ると分別するゴミ箱がないので、戸惑うことになります。そこで家でも分別されていくようになると、これが家族に伝わって、社会にも広がり、大きな成果に結びついていくことになります。
 また、学生が自主的にキャンパスに分別のゴミ箱を設置したり、保全林を手入れするサークルも活動を始めるようになり、そうすると、今度は地域の方々が仲間に入って、その意識が更に広まっていきます。例えば、本キャンパスでは環境に配慮した学園祭を開催し、DRPシステムという仕組みを作りました。これは、食べ物のトレーを使い捨てではなく、学生食堂の食器を洗って繰り返し使うものですが、参加する地域の子どもたちも喜んで皿を洗ってくれています。子どもの時に経験すると、自然に身につくものです。今後もますます、学生の自主的な活動を支援していきたいと思います。こうした取り組みこそが大学の使命じゃないですか。
 それから、二酸化炭素排出量が増加しているのはマイカーなどですから、民生部門が頑張らないと削減できません。エアコン、過剰包装、ビニール袋…業界が頑張っても、お客さんが減らそうという意識を持たないと減りません。このためには、消費者の環境教育しかないと思います。

環境教育をテーマに、平成十五年度に特色GPもお取りになりました(テーマ「国内外の地域に密着した実践的環境教育」)。
 ISOは、認証取得すると活動の記録を全て取り、エビデンスを保管しなければなりません。これらをまとめて、本学部の基本理念に基づいて一環した活動として体系付けて、特色GPに応募し、その結果採択されました。また、「PDCAサイクルを回す」というマネジメント方法が教職員に浸透し、研究・教育活動についても、計画を立て、実施し、評価・反省して、次の計画に結び付けていく、それを、誰が責任を持って、何時までに、どのようにして推進していくかが明確になり、またそれを教職員がお互いに知り合うという効果があります。ISO活動は大変なところもありますが、内部監査員の研修なども、ある種の環境教育ですし、参加された皆さんから、大変いい経験になったと、意識の向上にもつながっています。

今後はどういう構想ですか。
 地域に愛される大学を目指し、多くの国内外の地域・組織と連携していくことが重要だと思っています。まずは、大学が立地している都筑区や横浜市と連携し、卒業研究で区域の中の環境を調査し、報告することから始めています。私としては、環境情報学部をアジアの環境教育の拠点にすべく、環境教育センターを創りたい。今後も環境と情報をベースにしてユニークな学部を創っていきたいと思います。

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