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平成19年10月 第2291号(10月10日)

学士課程教育の再構築に向けて

  第四節 教職員の職能開発

 (職能開発の重要性、FDの制度化と現況)
 ○言うまでもなく、学士課程教育の実践に直接携わっているのは教員であり、また、管理運営等を担っているのは職員である。ここまで述べてきた「三つの方針」に貫かれた教学経営を行う上で、これら教職員の資質・能力に負うところは極めて大きい。個々の教職員の力量の向上を図るとともに、教員全体の組織的な教育力の向上、教員と職員との協働関係の確立などを含め、総合的に教職員の職能開発を行うことが大切である。
 ○特に、これまでの大学改革では、ファカルティ・ディベロップメント(FD)の推進に力点が置かれてきた。FDについては、論者によって様々な定義や説明がなされるが、行政的には、「教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組の総称」とされてきている。制度上は、中央教育審議会の答申に基づき、平成十一(一九九九)年、各大学がFDを実施することに関する努力義務が定められた。その後、FDの実施については、平成十九(二〇〇七)年度から、大学院に関して義務化され、平成二〇(二〇〇八)年度からは新たに学士課程での義務化が予定されるなど、逐次、制度面の対応が図られてきた。
 また、昨年十二月に成立した教育基本法では、教員に関する条文の中で、教員は「絶えず研究と修養に励み、」職責を遂行しなければならないこと、そして、「養成と研修の充実が図られなければならないこと」が新たに規定された。
 ○こうした制度化に伴ってFDは多くの大学に普及し、平成十七(二〇〇五)年度の実施率は約八割となっている。相応の規模の大学では、大学教育センター等にFDセンターの機能を担わせており、これらのセンター関係者がFDの推進の牽引役として努力を払い、我が国の実情を踏まえた創意工夫が行われている。FDセンター等の関係者をネットワーク化したり、FDの専門的人材(ファカルティ・ディベロッパー)の配置・養成をしたりする取組の萌芽も見られる。
 ○このようにFDの普及が図られ、見るべき取組も現れてきてはいるが、それが我が国全体として教員の教育力向上という成果に十分繋がっているとは言い切れない。各種の調査によれば、学生の教員に対する満足度は決して高いとは言えず、授業等の改善に対する要望も強い。また、国際比較調査によれば、FDによって、教員の資質能力が「はっきり高まった」と回答した学長の割合は、アメリカが半数近くであるのに対し、我が国は一割足らずに止まっている。
 ○現在のFDの在り方については、様々な調査結果などを踏まえると、例えば次のような課題があると考えられる。
 ア 一方向的な講義に止まり、個々の教員のニーズに応じた実践的な内容に必ずしもなっておらず、教員の日常的教育改善の努力を促進・支援するものに至っていないこと
 イ 教員相互の評価、授業参観など、ピアレビューの評価文化が未だ十分に根付いていないこと
 ウ 研究面に比して教育面の業績評価などが不十分であり、教育力向上のためのインセンティブが働きにくい仕組みになっていること
 エ 教学経営のPDCAサイクルの中にFDの活動を位置づけ、教育理念の共有や見直しに生かしていく仕組みづくりと運用がなされていないこと
 オ 大学教育センターなどFDの実施体制が脆弱であること(FDに関する専門的人材の不足、各学部の協力を得る上での困難、発達途上のFD担当者のネットワークなど)
 カ 学協会による分野別の質保証の仕組みが未発達であり、分野別FDを展開する基盤が十分に形成されていないこと
 キ 非常勤教員や実務家教員への依存度が高まる一方で、それらの教員の職能開発には十分目が向けられていないこと
 ○こうした課題を抱える一方で、「大学全入」時代を迎え、学習意欲の低下や目的意識の希薄化といった学生の変化に直面し、個々の教員の力量向上のみならず、教員団による組織的な取組の強化が益々強く求められるようになってきている。先の調査でも、学長の多くはFDの必要性を認めており、その点で海外との温度差は無い。
 今必要なことは、制度化に止まらず、FDの実質化を図っていくこと、そのための条件整備を国として進めていくことである。その際、FDを単なる授業改善のための研修と狭く解するのではなく、我が国の学士課程教育の改革が目指すもの、各大学が掲げる教育目標を実現することを目的とする、教員団の職能開発として幅広く捉えていくことが適当である。また、FDの実質化には、教員団の自主的・自律的な取組が不可欠であることに留意することが大切である。教員の個人的・集団的な日常的教育改善の努力を促進・支援し、多様なアプローチを組織的に進めていく必要がある。
 (教員の専門性と評価、職能開発の組織態勢)
 ○FDの目指すべき目標設定という観点からすれば、大学教員に必要な「職能」や「教育力」の内容を明らかにしていくことも重要である。この点で、後述するイギリスにおける専門性の枠組みづくりの試みは注目される。
 高度な専門職である大学教員について、共通して求められる専門性が存在する一方で、その多様な在り方も尊重されなければならない。大学が機能別に分化していく中、個々の教員についても、教育、研究、社会貢献、管理運営などに関して、当該大学において期待される役割の比重に相違が生じてくる。教員の業績評価に当たって、一律的な尺度によるのではなく、きめ細かな工夫が求められる。
 ○FDを実質化するためには、教育業績の評価を適切に行うことが不可欠である。教育業績の評価は、研究業績の評価に比して難しい面があり、諸外国でも様々な試行錯誤が行われている。我が国では、未だ普及の途上にあるが、ティーチング・ポートフォリオ(大学教員による教育業績記録ファイル)など、諸外国の先導的な取組の経験を踏まえるならば、特定の指標によるのではなく、多面的な評価を工夫していくことが必要である。また、学生による授業評価の結果は、業績評価の指標としての信頼性には課題もあるが、教員の自己評価やFDの活動に活かしていくことは重要であると考える。
 ○生涯を通じた職能開発を考える上では、大学教員となって以降のFDの問題だけを対象とすることは適当でない。大学教員となる前の段階、大学院における大学教員の養成機能(いわばプレFD)の在り方を見直すことが必要である。各大学院において意図的・組織的にプレFDがなされなければ、ユニバーサル段階の大学教員となるべき備えはできない。また、ポスドク段階のキャリア形成支援という観点からも、意図的・組織的な取組が望まれる。
 ○なお、学校教育法の改正により、講座制や学科目制に関する規定が廃止され、教員組織の編制について各大学の裁量が拡大した。講座制等は、その弊害が指摘される一方で、職能開発の機能を事実上担ってきた面もある。講座制等を廃止する場合、十分に職能開発の機能が確保されるよう、適切な組織・体制の在り方を検討していくことも求められる。
 (FDをめぐる海外の動向、大学間の協働の必要性)
 ○先進諸国においても、大衆化が進行する大学の質を維持向上させる観点から、教員の教育力向上を図ることが必要であるという認識は、概ね共通している。その中で、FDの推進について国が積極的に関与している例として、イギリスがある。イギリスは、高等教育制度検討委員会(デアリング委員会)の報告を踏まえて、大学関係者が協同して大学教員の専門性の枠組みづくり、高等教育資格課程(Postgraduate Certificate in Higher Education,PGCHE)の創設と履修証明の普及、FD推進のネットワークづくりとナショナルセンター(Higher Education Academy,HEA)の創設、二四の学問分野別の研究開発センター(Subject Centers)の設置、各大学の教授・学習センター(我が国の大学教育センター等に相当)の整備などの取組を積極的に推進している。
 ○一方、専ら大学関係者の主体的な取組によって、FDの推進が図られているのはアメリカである。多くのアメリカの大学では、規模は様々であるが、教授・学習センター(Center for Teaching and Learning,CTL)がFDの中核として存在している。CTLには、専門性のある専任のスタッフ(教員とは限らない)が配置され、大学の教育方法の改善に先導的な役割を果たすとともに、TAの教育訓練、個々の教員への相談・支援などの業務を担っている。また、こうした個々のセンターの取組を支える基盤として、全国の多くのFD関係スタッフが参加する学会(Professional Organizational Development(POD)ネットワーク)が活発に活動をしている。
 この他、様々な団体が、優れた実践やプロジェクトに対する資金的な支援を行うこともアメリカの特色である。アメリカ大学カレッジ協会(AACU)と大学院協会(CGS)の共同による「将来の大学教員準備(Preparing Future Faculty,PFF)」プロジェクトもその一つであり、複数の優れた大学を選定して「クラスター」を形成し、他大学に大学院生を出向かせ、TAの実践的な訓練を行い、成果を挙げていると言われている。
 ○国の関与の在り方等は様々であるが、個々の大学単独のみではなく、個別大学の枠を超えた支援の体制や基盤が発達していることが、FDの発展に大きく寄与・貢献しているという点が、両国ともに共通している。我が国についても、先に示したFDをめぐる諸課題について、単独の大学が解決を図ることは困難である。国情の違いはあるが、両国における様々な取組、とりわけ大学間の協働の体制づくりの取組は、我が国にとっても示唆に富むものと考える。
 (職員の職能開発)
 ○職員については、大学の管理運営に携わったり、教員の教育研究活動を支援したりするなどの重要な役割を担っている。職員の大学における位置づけ、教員との関係については、国公私立それぞれに状況の相違があるが、大学経営をめぐる課題が高度化・複雑化する中、職員の職能開発(スタッフ・ディベロップメント(SD))は益々重要となってきている。教員一人当たりの職員数が低下していく傾向にあることも、個々の職員の質を高めていく必要性を一層大きなものとしている。職員の間でも、学会や職能団体の発足など、職能開発に向けた機運が高まりつつある。
 ○高度化・複雑化する課題に対応していく職員として一般的に求められる資質・能力としては、例えば、コミュニケーション能力、戦略的な企画能力やマネジメント能力、複数の業務領域での知見(総務、財務、人事、企画、教務、研究、社会連携、生涯学習など)、大学問題に関する基礎的な知識・理解などが一般的に求められる。
 その上で、新たな職員業務として需要が生じてきているものとしては、例えば、教育方法の改革の実践を支える人材(例えば、インストラクショナル・デザイナーなど)、研究コーディネーター、学生生活支援ソーシャルワーカー、インスティテューショナル・リサーチャー(学生を含む大学の諸活動に関する調査データを収集・分析する職員)などがある。
 さらに、財務や教務などの伝統的な業務領域においても、期待される内容・水準は大きく変化しつつある。
 ○専門性を備えた職員、アドミニストレーターを養成していくためには、大学としてFDと同様、SDの場や機会の充実に努めていくことが必要である。一方で、SDについても、単独の大学があらゆる職能開発のニーズに対応していくことは困難となってきている。SDの推進に向けた環境整備を、FDと並ぶ重要な政策課題の一つとして位置づけるべき時機を迎えていると考える。

 〈改革の方策〉
 【大学の取組】
 ◆「三つの方針」に関する共通理解を確立し、教員各自の教育実践の在り方を主体的に見直す場としてFDを機能させ、活性化を図る。
 その際、大学全体、学部・学科等のそれぞれの段階において、FDに関する効果的な役割・機能分担を図る。FDの実施内容・方法について、一方向の講義だけに偏るのではなく、双方向的なワークショップ、教員相互の授業参観や相互評価などを積極的に取り入れる。成績評価や学生による授業評価の結果について、FDの場や機会における議論や分析の対象とし、授業や教育課程、評価方法の組織的な改善に生かしていく。
 ◆FDの実施に当たって、多様な参加者へのきめ細かな配慮をする。
 新任教員の参加に特に配慮し、できるだけ全ての新任教員がFDに参加するように努める。常勤の研究者教員のみならず、大学の実情に応じ、実務家教員や非常勤教員に対するFDの場や機会の提供についても配慮する。その際、単に授業の改善に止まらず、「三つの方針」に関する共通理解を確立することに留意する。テーマに応じて、職員の積極的な参画を促す。
 ◆個々の教員の授業改善に向けた努力を支援する体制を整える。
 教員の求めに応じて授業の実態を診断し、具体的な助言を行うコンサルテーションの充実に努める。優れた教育実践を行う教員に対し、例えば、顕彰や教育方法改善に向けた援助を行うことを検討する。
 ◆教員の人事・採用に当たっての業績評価について、研究面に偏することなく、教育面を一層重視する。
 評価に際しては、教員の自己評価を取り入れる(教員は、学生による授業評価の結果を自らの評価に反映させる)。評価の対象として、例えば、優れた教科書や教材の作成についても積極的に位置づける。FDに関する積極的な取組についても、適切と認める場合は評価の対象とする。
 さらに、授業改善に向けた様々な努力や成果を適切に評価する観点から、ティーチング・ポートフォリオの導入・活用を積極的に検討する。教員の役割の機能分化(教育・研究・社会貢献など)に対応した教員評価の工夫について研究する。大学院修了者を教員として採用する際、審査に当たって、TAとしての教育実績を適切に評価する。
 ◆人材養成の目的に応じて大学院における大学教員養成機能(プレFD)の強化を図る。教授法のワークショップやTAセミナーなどを積極的に実施する。有効なプログラムを単位認定したり、他大学でのインターンを組織的に実施することも、大学の実情に応じて検討する。
 ◆教員と協働する専門性の高い職員の育成に向け、SDの機会と場を充実する。
 学内でSDの充実を図るとともに、職員の自己啓発(例えば、関連する学会活動や研究会への参加、大学院での学習など)の努力を積極的に奨励・支援するとともに、職能開発の成果を適切に評価する。
 【国による支援・取組】
 ◆大学教員の教育力向上のため、全大学でFDが確実に実施されるようにするとともに、FDの実質化に向けた主体的な取組を各大学に促す総合的な取組を進める。
 FDの企画・運営の充実に向け、実施体制の強化を支援する(例えば、ファカルティ・ディベロッパーの配置・養成など)。また、全ての新任教員に対し、FDの機会が提供されるよう、各大学に求めていくことも検討する。
 ◆高度な専門職である大学教員に求められる専門性、FDによって開発すべき教育力に関する枠組み等の策定について検討する。
 ◆FDの理論や実践の基盤となる関連学問分野の知見を生かしつつ、大学教員の養成やFDのプログラム、教材等の開発を支援する。
 その際、当該プログラムの学修の成果が、大学における教員の採用・昇任に当たって利用される仕組み(例えば、イギリスにおけるPGCHE)について視野に入れる。
 ◆優れたFD・SD活動等を行う大学に対して支援するとともに、それらの取組に関する情報提供を行う。
 例えば、単独の大学の取組のみならず、拠点的なFDセンターを中心とする大学間連携による活動、FD関係機関や専門家のネットワーク化の取組を促進する。教育業績の評価に関する有効な実践や、大学院における優れたプレFD活動に対しても支援する。
 ◆教員海外派遣において、FD推進の指導者等の養成を支援する。
 ◆大学間の連携、学協会等を積極的に支援し、分野別のFDプログラムの研究開発などを促進する。
 ◆FDの推進に資する大学教育支援のナショナルセンターの設置について研究する。
 ナショナルセンターの役割としては、大学教育センターのFD指導者の養成、FD・SDのパイロットプログラム開発、分野別教育支援のネットワークの調整、FDにおけるeラーニングやICTの活用、優れたFDの実践や革新的な教育方法に関する情報収集と提供などが考えられる。
 ◆SDの推進に関わる関係団体と連携して、検定制度やSDプログラムの在り方を含め、SDを推進する方策を検討する。

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