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平成19年6月 第2278号(6月27日)

ESD−持続ある開発のための教育 岡山ESDへの岡山理科大学の取組み

岡山理科大学教授 野上祐作

 ESDとは、「持続ある開発のための教育」の略である。二〇〇二年、ヨハネスブルグサミットでの日本からの提案で、国連のキャンペーンとして二〇〇五年よりスタートしている。この取り組みは、文部科学省「現代GP」の公募テーマにも「持続可能な社会につながる環境教育の推進」として組み込まれている。このたびは、ESDに熱心な岡山理科大学の取り組みについて、同大学の野上祐作教授(私立大学環境保全協議会前会長)にご寄稿して頂いた。

 一、環境教育に対する理念
 「持続ある開発のための教育(ESD ; Education for Sustainable Development)」としては、環境教育、国際理解教育、人権教育、平和教育、男女平等教育など様々なブランチが考えられるが、ここでは、ESDの大きな柱の一つである環境教育について取り上げる。
 自分たちが住んでいる近くに川があるとき、年配の人は、その川を見て「川が汚くなった」という。それは、その川が昔きれいであったことを知っているからそういう言葉がでる。ところが、そこで新たに生まれ育つ子どもにとっては、その川はもともとそんなもんだと思うであろう。その子どもが、何らかの拍子で別のきれいな川の存在を知ったとき、自分の住んでいるところの川が汚いことを初めて知る。そして、子どもたちがその川をきれいにしたいと思ったとき、まず、汚れの原因を調べるであろう。その原因が自らの日常生活にあることを知れば、汚さない配慮をするようになる。そして、周りの人たちにも協力をお願いするかもしれない。結果的に、川がきれいになれば、自分たちの取組みが目的達成に役立ったことに満足感を味わうことになる。
 地球温暖化問題がサミットの議題に上っているが、温暖化の影響を格別感じない地域に生活している人たちは、仮にその原因が自分たちの日常生活にあると教えられたとして、その抑制のための行動を起こすとは思えない。多少、不快な環境であっても豊かな物質文明を享受できればそれにこしたことはないと思っている人たちも、二酸化炭素の排出に配慮するとも思えない。温暖化と日常生活が必ずしもつながっていなければ、危機感を訴える一部の人たちの行動は広がりを見せない。
 地球温暖化問題といえども、個々の人たちのライフスタイルの積分に他ならない。本当に快適な自然環境を体験すれば、彼らの考えが変わる可能性がある。その機会を与える方策が必要である。そのためのモデル地区を作らねばならない。当然ではあるが、そのモデルは決して画一的ではなく、それぞれの気候風土に相応しくなければならない。すなわち、それぞれの地域において、地域の特色を生かした快適な生活環境のあり方を模索する環境教育の実践こそが必要だ。グローバルスタンダードを無理やり押し付けようとするのは無意味である。
 ESDは、開発と環境の調和を目指す教育として国連が採択したプログラムである。開発を持続させるためには、環境問題を解決しなければならない。環境問題の解決には、@科学的根拠に基づいた問題の正しい認識、Aその解決に対する行動計画の策定、Bその実践活動の推進が必要である。
 現在、その実践活動を組織するリーダーの育成が急務である。環境の正しい知識を豊富に身につけるだけではリーダーになれない。組織論、実践論といった理論武装が必要であり、それらは座学で体得できるものではない。具体的な活動を通じて養われるものである。
 卒業研究などを通じて大学で行われている環境に関する教育研究が、ESD活動として地域社会へ踏み出し、地域の環境保全活動にどのようにジョイントできるかといった試行錯誤が始まろうとしている。
 二、具体的な活動事例
 「国連・持続ある開発のための教育の一〇年」を推進するための活動拠点(RCE;Regional Center of Expertise on ESD)として岡山地域が候補に上ったのと相まって、平成十七年四月、十数名の教員をコアとして、本学に学部・学科横断型の「環境教育地域支援研究会」が誕生した。地域の大学のESD実践活動の可能性を検証する試みとして、環境教育にスポットを当てて住民の環境意識のボトムアップにチャレンジすることとした。
 ESDの理念がどうであれまず活動を、と岡山市西部を流れる笹ヶ瀬川をキーワードとして、様々な角度から笹ヶ瀬川水系をウォッチングし、その情報を少しでも多くの人が共有しながら環境について考えようと、世界環境デー(六月五日)に、本学の教員・学生を中心に、地元の高校生、中学生などの協働による水質一斉調査を実施した。当日の参加者は約九〇名であった。調査は、パックテストという簡易法で、化学的酸素要求量(COD)、アンモニア態窒素(NH4+−N)、硝酸態窒素(NO3−−N)、リン酸態リン(PO43−−P)ついて行なわれたが、初めて体験する若者にとっては楽しかったようだ。
 これを単なる体験で終わらせないために、岡山県立一宮高校の生徒に測定結果の解析を行ってもらった。この調査は、秋(十一月五日)にもほぼ同数の参加者で実施され、調査に参加した岡山市立足守中学校の理科室で地元の父兄などと一緒にプランクトンの観察会も行った。さらに、笹ヶ瀬川流域が、本学のいくつかの研究室の学生の卒業研究の舞台としても利用された。そして、一年間の活動成果が、公開シンポジウムという形で、市内のデジタルミュウジアムにおいて高校生、大学生がなどによって市民に提供された。
 さらに、中学生・高校生・大学生及び父兄の一部を対象とした環境意識に関するアンケートなども行った。その結果、年齢が若いほど、地球環境や自然環境問題に比べ、身近なゴミ問題・水問題などの生活環境に対する関心が低いことなどがわかった。このことは、地域社会に対する我々の環境教育の実践余地が十分あることがわかった。
 この研究会活動は、当面、五年間を一クールとしたプロジェクトで、現在、三年目に入ったところである。この活動の中で、本学学生十数名の環境サークル「エコまっしぐら」が結成され、岡山市環境パートナーシップ事業へ参画した。学生の中には、環境のNPO活動などに関心をもっていても、一人ではそれに飛び込んでいきにくいようで、サークルができたことから彼らも複数で様々な活動に参加しやすくなったと言う。また、毎年、六月と十一月に実施している水質一斉調査へ参加する高等学校の数も増加して、ゆるやかではあるが、我々の活動が市民権を獲得しつつあるように思われる。プロジェクト終了後に研究会活動の総括を行ない、次のステップへの展開を図る予定である。
 岡山ESDとのかかわりは、その重点取り組み組織として、来岡した韓国のギョンサン大学の学生との交流、「おかやまESD国際会議二〇〇六」などに取り組んできたが、現時点において、それらが我々の環境教育に対する地域支援活動にどのようにジョイントしているかは必ずしも明確ではない。このような国際的な連携が今後重要となってくることは確かである。
 いずれにしても使命感としてのみではなく、参加者が楽しみとしても実践活動を持続していくことが大切である。そして、このプロジェクトの成果として、ESDを進めていく若いリーダーが一人でも育ってくれることが期待される。

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