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平成19年6月 第2275号(6月6日)

"知識⇔実践"が成長の好循環 「社会人基礎力」育成のススメ

 経済産業省は、このたび、若者・学校・企業が社会人基礎力の育成に取り組むメリット等をまとめた「『社会人基礎力』育成のススメ〜社会人基礎力育成プログラムの普及を目指して〜」を公表した。社会人基礎力とは、“職場や地域社会の中で多様な人々とともに仕事をしていくために必要な基礎的な力”と定義され、@前に踏み出す力、A考え抜く力、Bチームで働く力、の三つの能力を指す。その概要は次のとおり。

 世界全体が知識社会に移行する中、人的資本の重要性が高まっている。そこで期待される人的資本とは、既存の知識体系の精通に加えて、“変化する社会に応じて、既存の知識体系を見直す、若しくは組み合わせを変えて新たな価値を創出し、それを実践できる人材”である。
 この世界的な動きに共通していることは、逐次変化し続ける社会の中で、新しい知を吸収し続けることのみならず、個人がその変化に対応していく能力をいかに育成していくべきかが議論されている点である。
 更には、社会や産業界からの求めに応じて、大学等高等教育機関に対して、単に若者の雇用を一時的に支援するだけではなく、将来にわたり若者自らが雇用を獲得できる、あるいは雇用環境の変化に対応できる能力の育成への一層の関与が求められている。
 我が国では、少しずつ「社会人基礎力」の認知度が高まりつつあるが、その育成の取組みが一部の大学等に限定されており、その中でも、一時的な就職支援にとどまっているケースも多く見られる。コミュニケーション能力をはじめとするこれらの能力は、従来、家庭教育、学校教育、地域教育等を通じて、社会に出る前に習得できる機会が豊富にあったが、近年は、少子化・核家族化、暗記型教育、地域コミュニティの崩壊などにより、そうした機会が非常に少なくなった。
 教育システムの中で「社会人基礎力」を身につけていくためには、既存の知識体系や技能をベースとしつつも、複数のメンバーと一緒に、それを現実に合う形に修正し、課題を解決したり、技能を高度化して実践する場など、学んだ知識や技能を実際に活用して新しい価値を創出する訓練が出来るような新しい教育・学習モデルを提供することが必要である。
 それでは、実際に育成に取り組むに当たっての基本的な実施手順と留意点はどのようなものか。
 まず初めに、社会人基礎力は、基礎学力や専門的な知識・スキルがあって初めて発揮されるものであり、社会人基礎力を育てるだけでは十分とはいえない。
 従って、プログラム全体をデザインするに当たっては、受講者たちが社会人基礎力を伸ばすだけでなく、同時に、基礎学力や専門的知識を身につけたり、その習得に向けた学習意欲を増進させることが出来るような仕組みが必要である。すなわち、社会人基礎力の育成が自己目的化するのではなく、知識教育と連動して、取得した基礎学力・専門知識を活用する実践教育を実施し、その中で社会人基礎力を育成すると共に、そこで必要な知識の不足に気付くことで更なる学ぶ意欲を喚起し、また知識教育に戻っていくという、“「知識教育」と「実践教育」の相乗効果による「成長の好循環」”を実現することが重要である。
 次に、プログラムの一例として課題解決型プログラムを取上げ、基本的な実施手順と留意点を例示する。
 《プログラム実施前》
 ○課題の設定

 受講者の意欲喚起の必要性から、実際の社会や企業に現存する課題を提示することが望ましい。また、受講者の「学ぶ意欲」向上のため、通常の授業で取得した知識・技能を活用しやすい課題が望ましい。また、プログラムを通して受講者の意欲を維持するため、最終的に提案した課題解決策が、実際に企業等で利活用されることが期待される。
 ○プログラム実施前の能力把握と目標設定
 社会人基礎力育成を受講者本人が実感する必要があることから、実施前に現在の能力レベルを把握しておくことが必要。そのためには、まず能力要素別に複数段階のレベルを設定することで、受講者・教職員・企業関係者で共通理解の土台をつくる。その上で、受講者が自己でレベル評価を実施するとともに、教職員・企業関係者による他者のレベル評価を実施し、“社会で求められるレベル”という観点から、現在の能力レベルについて受講者に気付きをもたらし、関係者の認識を摺り合わせることが必要。さらに、自分の能力レベルの把握に加えて、個人毎に、プログラムの中でどの能力をどのレベルまで上げるかという目標を設定するとともに、それに応じた学習計画を立てることで、プログラム全体を通じて着実な能力育成が図れる。
 《プログラム実施》
 ○プログラム全体

 プログラムは、受講者が自らの多様な能力の「強み」「弱み」に気付くことを目的としているため、プログラム中には、極力、社会人基礎力を育成・活用するプログラム要素を盛り込んでおく必要がある。
 例:「発信力」を育成するため、中間報告や最終成果報告など、企業・教職員・同世代の受講者等の前でプレゼンテーションする機会を多く設ける。「柔軟性」を育成するため、プログラム実施中一貫してグループとして課題に取り組ませる。「実行力」を育成するため、課題に係る情報収集を行う際には、文献だけではなく、外部有識者へのヒアリング実施を必須とする。
 ○個別のプログラム要素の導入
 これらを踏まえ、より社会人基礎力育成に効果的と考えられる個別のプログラム要素を盛り込む。また、いかに各能力要素のレベルを引き上げるかはもちろん、受講者の満足度を引き上げる仕組みも重要。  ○知識教育との連動
 解決策の検討に必要となる専門知識や思考法・計画策定手法を学ぶ機会が並行して用意されていることが必要。学内の講義のみならず、業界別の動向や特有の知識など、企業の講師による講義が展開されれば、より一層効果的な教育効果が得られる。  ○受講者のサポート
 教職員や企業関係者等が講師を行う場合は、課題に対する解答の方向性等を誘導することなく、受講者が主体的に取り組み、創造性を発揮できるよう、あくまでアドバイザー的なサポートにとどめる。その際、ファシリテートなど新しい教育・学習モデルで求められる教授法を習得していない教職員が、社会人基礎力育成のサポートに円滑に取り組めるよう、教職員向けの教授ガイドなどを作成することも有効。また、企業の若手従業員は、今後企業内で求められるマネジメント能力育成の場として、プログラムに一貫して関与することも検討に値する。  ○実施中の育成効果の確認
 育成効果は、事前・事後のみならず、中間段階でも同様に自己・他者による評価を実施し、能力育成目標及び学習計画の進捗状況を確認する機会を持つ。また、教職員は、育成効果を確認するにあたり、事前・中間・事後の断続的な評価機会のみならず、プログラムでの活動を通じて、受講者の能力がどのように変化したかをモニタリングする必要がある。  ○成果発表
 成果発表等におけるプレゼンテーションや自己表現の機会は、社会人基礎力の育成効果を高めるため、積極的に機会を設ける。その際には、学内で閉じることなく、課題を提供した企業関係者はもとより、同じ業界の企業や提案する課題解決策が応用できるような分野の企業にも幅広く参加を促すことが必要。  《プログラム実施後(評価・改善)》
 ○育成効果の確認

 プログラム終了にあたっては、実施前・実施中の評価はもちろん、実施中の教職員による継続的なモニタリング結果も踏まえ、どの能力がどれぐらい伸びたのか確認をする。実施前に設定した能力要素別のレベルに応じて、自己評価に加えて、再度“社会で求められるレベル”という観点から、企業関係者等による他者評価を実施することが必要。この際、「自己評価」は、事前に比べて上がった能力要素のみならず、下がった能力要素も着目する。  ○フォローアップ
 社会人基礎力は、必ずしもプログラム期間中だけで伸びるものではないため、一定期間経過後にも再度評価を行うことも有益と考えられる。教職員等による事後面接等で、プログラム終了後にも“社会人基礎力の能力要素別のレベル”の再認識を図ることが、受講者の継続的な成長に繋がる。

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