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平成19年5月 第2273号(5月16日)

科学の現状を俯瞰する地図 科技政策研究所がサイエンス・マップ作成

 科学技術政策研究所では、このたび、我が国の基礎研究を中心とする科学の動向を把握するため、独自の手法を用いてサイエンスマップを作成し、調査結果をとりまとめた。概要は次のとおり。

 《目的と手法》
 同調査は、基礎研究を中心とする科学の動向を把握するため、@論文データベース分析によって、科学の現状の状況を俯瞰的に捉える「サイエンスマップ」を作成し、A注目される研究領域を見出すとともに、それら研究領域の時系列の変化を捉えることである。これにより、学際的・分野融合的研究と既存の学問分野間の関係を捉えることなど、今後の基礎研究推進に当たって考慮すべき事項の探索やその対処の方向性の情報を提供する。
 調査手法は「論文データベース分析による研究領域の構築」と「構築された研究領域に対する内容分析」を組み合わせることで、研究領域の把握を行うことである。論文データベース分析の出発点として、一九九九年から二〇〇四年までの六年間に発行された論文の中で、各年、各分野の被引用数が上位一%である高被引用論文(約四万七〇〇〇件)を用いた。これらの論文に対して、「共引用(二つの論文がその他の論文に同時に引用されること)」を用いた論文のグループ化を行った。頻繁に共引用される論文は、内容に一定の共通点があると考えられる。従って、共引用によって強く結び付けられる論文をグループ化することで、研究内容に共通性のある論文群を得ることが出来る。この調査手法により、一三三の研究領域を決定し、次の三種類のマップを作成して分析した。@一三三の各研究領域がどのような研究テーマで構成されるかを示す個別研究領域マップ、A一三三研究領域と既存の学問分野がどのような関係にあるかを示す学問分野関連マップ、B一三三研究領域が相互にどのような関係の強さを持つかを示す研究領域相関マップ。
 図は、研究領域を構成する「コアペーパ(研究領域の核を構成する論文群)」の二二分野の分布を比較し、似た分野分布を持つ研究領域間に「引力」が働くモデルを用いて作成している。数字は、個別研究領域と対応しており、例えば、1であれば「大腸がん検診方法の開発と評価に関する研究」、50であれば「視覚的注意と脳活動の振動現象」、100であれば「低酸素応答転写因子HIF―1とがんの増殖・悪性化」の研究となる。このうち約三割の三九研究領域はコアペーパの所属が特定の分野に偏らない学際的・分野融合的領域である。これらの中には、コアペーパ出版年が最近の新しい研究領域が多い。
 《研究領域に見る日本及び主要国の研究活動の特徴》
 Aの学問分野関連マップから、我が国の研究の強い点、弱い点を概観すると、物理学、化学、植物・動物学、材料科学の研究領域では、日本のコアペーパのシェアが九%(一三三研究領域全体でのシェア)以上を示す領域が多数あり、日本の存在感が大きい。一方、工学、環境/生態学、宇宙科学の研究領域は、九%以上のシェアを示す領域は少ない。また、精神医学/心理学、社会科学・一般、経済学では日本の存在感が全く示されていない。
 学際的・分野融合的性格の強い三九研究領域においても、九%以上のコアペーパシェアを持つ研究領域があり、二〇〇五年の前回調査で明らかにした「学際的・分野融合的領域は日本の苦手では必ずしもないこと」が今回も確認された。
 一方、日本のコアペーパが全く無い研究領域が全体の二割強あり、イギリス・ドイツが約一割にとどまることと比較すると、大きな比率である。また、全コアペーパにおけるシェアは、米国六一%、ドイツ一三%、英国一二%、日本九%、フランス七%、中国三%、韓国二%である。米国、ドイツ、英国、フランスでは、ライフサイエンス、保健・医療系が約五割を占め、また環境がある程度のシェアを持つことが特徴である。特に、米国、英国においては、社会科学が一定の存在感を表している。韓国は、物理・化学系が七割弱を占めるが、中国は、保健・医療系のシェアが大きく、米国に類似している。
 《政策的意味》
 一三三の研究領域の約三割が学際的・分野融合的領域であることからも分かるように、注目される研究領域の相当数が学際的・分野融合的性格を持っている。コアペーパの九〇%以上が特定の既存学問分野に属するような研究領域は、全体の三分の一以下である。加えて、近年発展が著しい研究領域ほど学際的・分野融合的性格が高いことも示された。我が国では既に学際的・分野融合的研究を推進していく政策が取られているが、これを着実に進めていくことが重要である。同調査においては、学際的・分野融合的領域においても、日本の平均である九%以上のシェアを持っている研究領域が多数見出された。手法は異なるが前回調査も同様の結果であり、この傾向が続いていると考えられる。即ち、新たに発展しつつある学際的・分野融合的研究領域で世界をリードするような論文を執筆している日本人研究者は相当数いるのであり、引き続き多くの研究者がこのような学際的研究領域に進出していくことを支援するシステムを整備していくことが重要な課題である。
 研究領域の全体を見渡すと、(1)二〇〇五年の調査以降に新たに見出された研究領域、(2)継続している研究領域、(3)融合が見られる研究領域の三パターンがあり、短期間においてもかなり変化していることが観測される。また、(2)と(3)の研究領域では、研究領域内の要素も変化していることが分かった。特に、ライフサイエンス分野が関わっている場合、研究領域の変化が非常に早く生じているケースが観測された。残念ながら、このような研究領域では日本はあまり存在感を示せていないのが現状である。米国のファンディングエージェンシーでは、領域に責任を持つプログラムディレクターが必要に応じて先導的な研究計画に予算をつけることも可能となっているが、我が国でも研究領域の内容の変化に的確に対応できるような助成システムを検討していくことが必要である。

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