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平成18年2月 第2261号(2月7日)

地域貢献活動を学習に “サービス・ラーニング”の試み −3−

国際基督教大学 サービス・ラーニングプログラム担当講師 村上むつ子

 学生の地域ボランティア活動に教育効果を織り交ぜた「サービス・ラーニング」という手法が注目を集めている。文部科学省の現代GPにおいても、同手法を冠したテーマで、数校が選定されている。サービス・ラーニングの特徴とは何か、日本で初めて取組を始めた国際基督教大学の、村上むつ子サービス・ラーニングプログラム担当講師・コーディネーターに寄稿して頂いた。

日本における意味

 二回にわたって、サービス・ラーニングについて紹介をしてきたが、最終稿では、日本の教育コンテクストではサービス・ラーニングにどのような意味があるのか、サービス・ラーニングを展開するときに、どのようなことに留意すれば効果的なプログラムが実施できるのかを考えてみたい。
 まず、今日の中等・高等教育は、もはや学内では完結しない、という背景がある。学生が二十一世紀に相応しい「学び」を獲得するには、従来の教材や学習法で知識伝授型の授業を行うだけでは不十分だ、ということは多くの教育関係者が認識している。
 また、今日の教育に期待されるのは、テストで測られ、点数で示される学力だけではない。社会の諸問題の真の理解、問題解決の道筋をつける能力、人とのコミュニケーション能力、総合的な社会性、国際的理解、論理的思考、リーダーシップ、公共心なども学校教育のなかで育成することが求められている。
 数値で示す事が出来にくい多元的な「能力」をのばす活動として、高等教育現場で取り入れられているのが外部社会と連携する活動である。すでに、インターンシップ、ボランティア活動、フィールド・ワーク、地域連携プロジェクトなどの形で大学が積極的に取り入れてきている。文部科学省も「グローバル時代に求められる高等教育の在り方」を求め、「『社会貢献活動』や『フィールド・ワーク』のような現場体験型の教育を充実すること」を奨励し、「現代的教育ニーズ取組み支援プログラム」などで支援している。

日本の若者に必要な“体験”

 確かに、広い社会で挑戦し、総合的な社会性や理解力をエンパワーすることは日本の若者が最も必要としていることの一つではないだろうか。彼らの多くは学校と家庭中心の生活の中で、社会性を育む体験がないまま社会に出て行く、と私は永く実感してきた。
 私は大学に関わるまで二〇年以上、アメリカ系の英字ニュース週刊誌アジアウィークの東京特派員として、日本の政治、経済、社会、文化の報道に携ってきた。その年月の中で、日本の大学生はアジアや欧米の大学生に比べ、学力は優れていても、考え方が幼く、社会性や公共性が乏しいと感じることが多々あった。人生観、世界観も限定的で、自分の時代的、地理的な立ち位置を意識化できない様子も見えた。学校でも家庭でも、成績や受験成果が一番の関心で、多様な人間関係から豊かな情感を育む機会が少ない。身近な生活圏だけでない、遠くの風景を見渡し、想像力を広げ、自分の価値観を築く機会が少ない、という印象だ。
 また、学校を卒業して社会人になる若者に求められる資質もこの一五年から二〇年の間でも大きく変わってきている。現代日本社会も世界もすさまじいスピードで変化しており、労働市場は知識やスキルだけでなく、「熱意」「創造性」「自律性」を始めとする多元的な能力を重視している。が、学生たちは求められる能力を身につけられるような社会体験が少ないまま、自分の能力や適性と社会との関連性を持てずに社会に出る。それも一因だろうか、新たに就職した卒業生の約三〇%が三年以内に辞めるという現実が生まれている。「スクール・トゥ・ワーク」の道づくりが求められ、キャリア・カウンセリングが盛んになり、「キャリア・デザイン」科目が開講される時代である。
 しかし、今日の高等教育に求められているのは適正な就業に導くことだけではない。学力や専門知識に加えて総合的な能力を身につける機会を提供し、卒業直後の就職のみならず、その後の長い人生を多元的な能力をもって生き、社会に貢献できる市民を育成することだ。大学が外部社会との連携を実現することは、学生だけでなく、教員や職員、学校運営管理者が、物理的にも精神的にもキャンパスから外に向かわざるを得なくなり、二十一世紀型の開かれた教育へ進む事になる。エンパワーするのは学生だけではなく、学校機関や教育関係者にもインパクトは大きい。

ボランティア活動との違い

 サービス・ラーニングは現代のこのようなニーズに見合う、効果的な教育プログラムである。同じ流れの中でインターンシップやボランティア活動も奨励されているが、よく、それらとの違いについて問われる。インターンシップは学生が社会の現場で社会体験を積む素晴らしい手段だが、企業にとってはリクルート活動、学生にとっても求職活動という仕組みであることも多い。両者にとっては、お互いを利する活動だが、それ以上に社会的インパクトはあまり広がらない。
 ボランティア活動は市民活動分野で貢献活動をするので、学生にとっても一般市民にとっても充足感があり、かつ、受け入れ側のNPOにとっても大きなサポートになる。他の活動では得られない学びも多く、協働体験から生まれる一体感や新たなネットワークは健全な市民社会を築く力となる。ボランティア活動は本人の人間的な成長に結びついたり、結果的に視野を広げることも多いが、「活動後」の成果は通常は本人次第だ。
 サービス・ラーニングは自発的な「貢献(奉仕)活動」と「学び」を組み合わせ、その二つを「振り返り」で効果的につなぐことで教育手法にまで高めたものだ。教育プログラムとして大学で実践する時には、教室で学ぶ理論や知識とリンクできる。サービス活動そのものを振り返り、また、活動で触れた社会の現実について重層的に学習・思考することも学びに含まれる。意識する、しないに関わらず、しばしば、結果的に倫理や公共心についても触れることになる。
 国際基督教大学でサービス・ラーニングを担当している、佐藤 豊教授(日本語学)も提出レポートでは「学生の多くが、『自分がいままで知らなかったことを学べた』ということに多くのスペースを割く」と指摘する。それまでは知識だけで外側から想像していた社会、組織の仕事の内容や実際を初めて身をもって知り、理解を深めるのである。サービス・ラーニングを通し、「自分は本当に他者へサービスが出来たのか」という問題意識をもち、「自分が与えるより、多くのことをもらってきた」と表現する。また、サービス活動で知り合った人たちとのやりとりやコミュニケーション体験を通して、自分や社会を見つめなおし、社会問題への理解や問題意識を広げることも、しばしば観察される。
 同大学での導入に貢献したフローレンス・マッカーシィ前客員教授は最近の共著論文で同大学生の体験を分析し、「学生はサービス・ラーニングを通して、ボーダーを乗り越える」と表現する。学生が自分の生活圏から物理的に離れて未体験の環境で実労働をすることで、心理的にも知識的にも「境界」を越え、自分を知り、新たな価値を形成する、というのだ。
 私もプログラム運営に関わり、また、他大学では自分が担当するコミュニケーションなどの授業にサービス・ラーニング要素を取り入れてきて、学生がサービス・ラーニングでしか得られない学びを獲得していくのを見てきた。それは、総合的な社会性、市民意識、問題の認知、解決への道筋を求める力、コミュニケーションへの目覚め、行動力にあらわれる。また、身近な地域社会への関心が生まれ、海外でのサービス活動を通しての国際理解が深まり、転じて日本の社会に対しての学習意欲も出てくる。

導入のポイント

 大学にサービス・ラーニングを新たに導入して、持続可能な形で定着させるには幾つかの要件がある。まずは、それぞれの大学のカラーや文化に根ざした方向性を見つけ、一番ふさわしいスタイルや内容を決めることである。単位にするかしないか、するならどのような形にするか―これも、それぞれの考え方次第だ。社会福祉学科の学生は福祉関係の活動には入りやすく、理工系や医学系はその専門性を活かしたサービス活動を提案できるだろう。人文学や社会科学でも授業に取り込む方法は無限にある。
 サービス・ラーニングの実践についてのコンセンサスを学内トップが共有し、全学的に展開することも重要だ。一部の「熱心な先生」の活動だけでは、統一性も持続性も確保できない。それを避けるには、手法を学内で公式に制度化し、拠点を作り、サービス・ラーニングに取組む適切な指導者(教員や専門職員)を配置する。そうして初めて、「振り返り」のプロセスが確保され、学生の学びの評価もシステム化できる。充実した「振り返り」をするには、指導者が学生一人一人の体験に入り込み、学びの要素を見つけ、学生自身が体験から学ぶノウハウを身につけるように導く必要がある。自ら「社会貢献活動」を体験し、そこから学んだ体験のある年長者が、お互いの体験を共有し、その意義を語りあうようなソフトなスタイルが効果的だ。
 サービス活動に学生を引き込むには、彼らの自主性をどれくらい引き出せるかも決め手になる。活動内容を決める時にも、教員が用意した既成メニューから選択するより、アメリカで見られるように、学生たちがサービス活動を自分達で企画できる仕組みが欲しい。学生が内に秘めている様々な能力を引き出し、文字どおり「地域に根ざした」活動にできれば「サービス」については十分に成功しているだろう。
 私が理想として描くのは、高校で地域社会での「コミュニティ・サービス・ラーニング」を行い、大学では更なる地域社会貢献か、自分や日本の世界における立場の理解に結びつくような国際的な活動を海外で行うような形だ。それぞれのレベルで、学生を縛るのではなく、活動や学びを促す。これが実現すれば、一〇年後、二〇年後の日本も様相が変わってくるだろう。
(おわり)

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