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平成18年12月 第2256号(12月13日)

エッセイA 健康の定義

聖路加看護大学理事長 日野原重明

 前回は、「健康」という漢字の持つ意味と英語の語源について述べ、人間は精密検査をすればするほど欠損が見つかり、完全な意味では人間に健康はありえず、病む生き物であると書いた。
 では、WHO(世界保健機関)は健康をどのように定義したのだろうか。一九五一年に制定された憲章は次の通りである。
 「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」
 この定義はそれ以来今日まで変えられていないが、日本の中島 宏氏がWHOの事務局長に在任中、ホスピスの基本精神の指導者であり、かつWHOのコンサルタントを務められたロバート・トワイクロス教授(オックスフォード大学)の指導もあって、健康の定義案が次のように提唱された。
 「健康とは、何事に対しても前向きの姿勢で取り組めるような、肉体および精神、さらにスピリチュアル的、社会的にも適応している状態をいう」
 この説は多数の国々の代表者から賛意が表されたが、一部のイスラム教国家の代表から、このように変更するのは時期尚早として、この案は凍結されたままとなっている。
 この改正案の中の英語“スピリチュアル”という言葉は、各国でいろいろな表現で言語化され、スピリットはソウル(Soul)とも表現され、日本では魂とか霊という訳が当てられ、日本語の形容詞では霊的と表現している。
 英語のスピリットは、アルコールの俗語としても用いられるが、アルコールを適量飲むと何かすっきりと気持ちがよくなる感じがあるので、この表現が民間では用いられている。
 宗教的な言語としてのスピリットは聖隷という意味で使われるが、キリスト教では信仰(Faith)に関連した言葉として、YMCA(Young Men Christian Association)の逆三角形のロゴマークの三つがそろって完全なキリスト者の像を表すものとされてきた。
 パラリンピック(国際身体障害者スポーツ大会)は、正規のオリンピックの後に毎回催されるが、一九八八年に韓国で第八回大会が催された時、三つの金色の雲がたなびいている図がロゴマークとして使われた。赤い色がボディ、緑色がマインド、スカイブルーがスピリットとして表現されている。
 身体障害者であるにもかかわらず、あのような身体的運動能力に優れた記録が出せるのは、身体的なマイナスを精神力(メンタル・パワー)か、霊的な力(スピリチュアル・マインド、古い日本語では神通力)によるものと思われている。この霊的力または精神的力は、東洋では“気”とも表現され、体力と気力がそろうと完全な健康像が描けるものと解釈されている。
 このように体の運動までもが、精神力や霊的な、または魂のこもった気力により、レベルの高い記録を作ると考えられるのである。
 ストレスでは、生体に無理な外力がかかり、この外力(ストレッサー)が体にひずみを与えて健康を障害するのであるが、ストレス説を提唱したカナダの生理学者セリエ博士は、ストレスにはよくないストレス(ディストレス、Distress)とよいストレス(ユーストレス、Eustress)があり、後者のような刺激は健康をかえってよい状態にたもっていくものだと説明している。
 体の緊張が失われ、精神緊張がとれていると、裸で寒気に触れると風邪をひくが、寒稽古のような心身の緊張した状態では、裸で寒稽古しても風邪をひかない事実があり、以上の説明で納得されると思う。

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