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平成18年8月 第2241号(8月2日)

地域の大学―静岡理工科大学  教育型産学連携と“やらまいか教育”―上―

静岡理工科大学学長 塩田 進

 静岡理工科大学(塩田 進学長)は、平成三年に開学し、以来「技術教育を通して地域社会に貢献する」を建学の精神に、地域産業の発展に貢献する技術者の教育を推進してきた。その特徴は、教育面における地元企業との産学連携で、「やらまいか教育」と名付けて地域の技術経営者を育成すべく取組んでいる。地域と大学の教育面での連携・共創のリーダーシップを取り続ける塩田学長より、その事例を寄稿してもらった。二回にわたって連載する。

1、地域の大学
 入学生の大部分が大学近隣の地域から集まり、卒業生の大部分もそこに就職していく大学を“地域の大学”と呼ぶならば、本学はその典型である。本学の地域は静岡県と愛知県東部であり、このところ地域化が著しくなる傾向にある。
 浜松を中心とする本学の周辺は我が国における製造業の中心のひとつであり、また東海道のどまん中に位置するので、外からは恵まれているように見えるかもしれない。しかし、多くの高校生が東西の大都市に引き付けられ、多くの高校が国公立大学への進学者数を競う風土があるので厳しい現実に直面せざるを得ない。
 本学は平成三年に開学して、一五年を経たところでまだ若く、また入学定員三六〇名の小さな理工系私立単科大学である。その間に出した四〇〇〇名を超える卒業生の多くが、この地域の製造業を中心とする企業に就職し、それらを支えている。実際この地域の中堅、中小企業からは大いに頼りにされていることを実感している。あと二〇年も経てば一万人を超える技術者群がこの地域の製造業の一翼を担うことになり、このことが教職員の励みになっている。
 しかし、一八歳人口減と理科離れにより、入学してくる学生の一部の学力不足、意欲不足が顕著になりつつあり、本学が標榜するきめの細かい教育は次第に個別指導に近づきつつある。科目によっては上位と下位にクラス分けを行なう習熟度別教育を行ったり、補習や個人指導などの対応を迫られている。今まではこの下位対策に追われていたが、現在は次の段階に進んで、意識の高い学生に高次の科目や特別なプログラムや上位コースを用意して、伸びる学生を伸ばしていく工夫をしている。この結果、大学院進学者や、魅力ある企業へ就職する者が増えるなどその効果が現れている。こうした努力は教職員の教育への負担を増やしてきたが、伸びる学生を見るのは楽しいので負担増を受け入れている。こうした日頃の地道な努力が在学生や卒業生、さらには高校の先生を通じて地域の高校生に伝わっていくことが期待できるのも地域の大学の特性である。
2、産業界とのつながり
 地域の小さな大学は普段から地域にとって必要なもの、無くなっては困るものとしてその存在を評価してもらうことが絶対的に必要である。前述のとおり、この地域の多くの企業で沢山の卒業生が活躍していることは心強い。もし本学が存在しなければ、とくに中小企業は大卒の技術者の採用が困難になる。その期待に応えるべく地域産業界がどのような人材の育成を望むのか、その意見を常に吸い上げておく必要がある。
 産学連携というと研究面を強調されることが多いが、産業界と協力しながら若い人材を育成していく教育面での連携がより大切だと考えている。このため卒業生が数多く就職する企業の経営者との懇談会を持ったり、本学の教育に関して企業と卒業生へのアンケート調査を実施している。その結果のひとつとして、重視する教育内容について大学側と企業側の間に重視する教育内容についてギャップが存在していることが明らかになっている。大学側は基礎学力や専門能力を第一に重視しているのに対し、企業側はそれ以上に人間そして社会人としての基本能力を身につけることを重視している点である。企業側は目的意識の形成、交渉力、調整力、プレゼンテーション能力、チャレンジ精神などを重視している。卒業生からのアンケートでも同様のことが指摘されている。大学側は人間としての基礎能力の会得にもっと力を入れる必要があると思われる。これこそまさに現代の教養であろう。
 こうしたことで本学では実践の中で専門教育への動機づけと人間として社会人としての基本を学んでいくために通常の一般教育と専門教育とともに「やらまいか教育」を三つ目の柱としてカリキュラムに導入している。やらまいか教育にはものづくり、コンテスト参加、調査研究、インターンシップ、ボランティア活動参加など大学内外での活動やPBL(Problem Based Learning)教育を指向する内容から成り立っている。地域の企業からは評価され、ものづくりや調査研究、コンテスト参加には地域の企業OBや起業家が一〇名以上講師として学生の支援に参加してもらっている。現在卒業までに全学生の六〇%程度がやらまいか教育に参加しているが、今後大部分の学生が参加するよう、やらまいか教育を強化しているところである。
 地域企業で活躍する卒業生は、分業で仕事を進める大企業と異なり、将来、幅広い能力が要求される。とくに生産管理や財務、経営戦略などについて若いうちに学んでおく必要がある。この認識のもと全国に先駆けて技術経営(MOT)科目を大学院に導入し、修士(技術経営)の学位を平成十四年から取得可能とした。本学の専任教員に加えて地域の経営者、起業家、会社幹部など二〇名を超える方々に大学院客員教員として参加していただいている。大学院生の大部分が技術経営科目の単位を取得し、学部生も聴講している。周辺の企業人も今まで延べ一〇〇名以上聴講生あるいは科目等履修生として参加している。またこの科目では静岡大学工学研究科とも単位互換をしている。MOT教育は前述の目的だけでなく、企業活動の内容を知ることにより学生の就職目標の形成に役立つこと、起業に関する科目でチャレンジ精神を養うこと、またケーススタディーをもとに行う討論の中でディベート能力を養うことができる利点がある。
 この地域に働く技術者のための教育は、政令指定都市を目指す浜松市で文科省や経産省の支援もあって、産業人材育成の一環としてまとまった事業へと拡大しつつある。本学や静岡大学などで社会人のためのMOT教育、ものづくり中核人材育成事業は、小中学校での理科教育や先生方への支援を含めて体系的総合的な事業と組織への展開が検討されるに至っている。地域では大学の協調が必要な例である。
 周辺企業と教職員の交流を進めるため、年に六回程度マイクロバスを仕立てて教職員が企業訪問を行っている。開学以来一〇〇社に及ぶ企業を訪問し、延べ一〇〇〇人以上の教員が参加した実績を持つ。製造現場の様子や技術開発課題を知ること、技術者と知り合いになること、本学の教育に対する現場からの要望も聞けることが重要、との認識からである。この訪問がきっかけで共同研究に進んだり、就職先につながった例もある。その他の連携に技術指導、機器分析の講習会、受託研究や共同研究がある。技術指導は個別に企業から教員に依頼を受けることが多い。受託研究や共同研究の窓口は総合技術研究所であるが、実行は各教員にまかされる。産業界から本学は敷居が低いとの評価を得ている。(つづく)

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