
平成14年3月 第2053号(3月6日)

■井リポート/学校運営の現場から
個性輝く大学を訪ねて 二松學舎大学
再生のグランド・デザイン
日本私立大学協会顧問・弁護士 井伸夫
日本文化、東洋学を純粋に受け継ぐ大学
二松学舎大学は、漢学者であり明治法曹界の重鎮でもあった三島中洲先師により、明治一〇年(一八七七年)、漢学塾二松学舎として創設された。明治維新後、社会全体が西欧文明の摂取に汲々としている中、東洋文化を更に学ぶことこそわが国本来の姿を知ることにつながると主張し、東洋学の確立と新時代を担う国家有為の人材の育成を目指したという。そして、その伝統は今日まで確実に受け継がれている。漢学を専門とする大学は明治初期には相当数あったが、現在では同大学のみと言ってよい。
大学の特殊性は、大衆化・大規模化の進行に伴って失われていく運命にある。これは大学に限らず、全ての事業・業種に言えることであり、およそ老舗・専門店は小規模のものと相場が決まっている。それ故小規模大学は、この点において勝ち抜ける要素を帯有しているのである。
二松学舎という校名の由来は、創立者三島中洲先師の倉敷の実家にあった二本の松を、東京での中洲の居宅(現在の大学本部・千代田区三番町)に移植したことに始まるという。松は常磐であり常に青々として色を変えない、即ち不易流行の「不易」の象徴として、大学の存続を期し、いつもいよいよ青くあって発展して欲しいという願いを込めて命名されたのであろう。同大学がなお存在を誇り、引き続き成長していくためには、その独自性・専門性をいよいよ発揮しなければならないが、大学の独自性・専門性は「教員」にこそ顕れることは、これまでに指摘したことである。それ故に、それぞれの大学の特色に応じた、より才能あるそして勉強する教員で教授陣を充足することこそ大学の生命線であるのだ。
同大学の特色の第一は、教員の評価システムを率先して取り入れていることである。十分な検討期間を経て、平成十三年度から既に評価システムは実践段階となっているという。山田安之理事長はこの点を大いに強調する。即ち、評価を取り入れることは、教育・研究の分野において競争原理を取り入れるということであり、その具体的システムは人事制度の抜本的改革にあると述べている。教員・職員の人事労務管理の面に評価制度を取り入れているのは、他大学と比較し、同大学において極めて早い。
評価と高度化がキーワード
大学の先生方は、学生を評価しながら自らは評価を拒み、評価から逃避しようとする悪弊がある。こういう精神である限り、日本の大学は残念ながら脱皮できず、世界に遅れを取ることはもとより、退歩するのみと言ってよい。先生方には、学生よりも勉強してもらわなければならない。学問を謙虚に学ぶ姿勢を堅持することから受ける刺激と、評価結果から受ける刺激とがあってはじめて、より高いレベルの教育ひいては研究が可能になるという自覚を促さなければならない。
同大学では、学生による教員の授業評価も緒に就き、平成十二年に第一回目が実施されたという。
評価において最も困難なことは、教員をデジタルに評価することであるが、大学の教員はおしなべて研究開発の分野において極めて非効率的であり、しかも、成果が上がらない手合いが多い。敢えて「手合い」と表現したのは、人材として評価できない存在という意味である。その意味で、まず全員「ゼロ点」で出発すべきであり、業績の振るわない者・含み損教員はマイナス評価すべきであり、業績を上げた者のみがプラス評価を受けるシステムにすることに意味があるというのが筆者の持論である。
さて、内容如何に拘らずこの評価システムを構築することこそが、大学の活性化に不可欠なのだが、同大学は独自の精緻な成案を得て、運用を開始したのである。勿論、試行錯誤・手直しは今後大いにあり得るが、更に教員のより良い厳正な評価に向けて、邁進し続けねばならないのである。
同大学の特色の第二は、教育・研究の「高度化」ということである。これには大学の財政基盤の問題があるので、全ての学問分野を高度化することは不可能である。同大学においては、「アジア」と関連する学問に限定して教育研究の高度化を目指している。因みに、同大学は伝統ある文学部に加えて、平成三年に国際政治経済学部を設置したが、この学部もアジアに立脚した政治経済の研究を標榜し、学問領域・教育研究領域を特化させている。大学においてもこの「選択と集中」こそが肝要なのである。
そして「高度化」と並ぶもう一つのキーワードは「深化」である。深化とは、専門分野に特化するだけでなく、ワンモア精神でより深く、即ち一歩でも深くを追求し続けることである。例えば、教員が学会に積極的に参加すること、研究論文を一つでも多く発表すること、教育内容の改善に意を用い続けることを奨励するのである。そのためには、研究内容に対する報奨制度を実践する必要がある。同大学には既に、学術図書出版助成及び出版奨励金の制度等の奨励制度があるが、更に、評価に基づく研究費の重点配分、学会発表奨励のための報奨制度を検討中であるという。
勿論、こうした「深化」は、教員だけでなく職員にも求められる。大学職員は大学運営の大きな戦力であるから、学生に対してきめ細かい指導をできる職員が、一人でも多く育つことが必要なのである。それをより充実したものにすべく、大学の活性化のために職員に対する評価システムも当然必要になってくる。
経営と教学の一体が統一ある刺激を生む
このような同大学の評価システムや、教育・研究における高度化・深化という取り組みは、「二松学舎大学再生のためのグランド・デザイン」という構想の中で具体化している。全ての大学の施策は、一体化・総合化することが必要不可欠である。前稿でも述べたが、教育においては、数少なくとも統一的刺激は、散漫な数多い刺激に勝るのである。要するに、様々な施策をばらばらに実施しても意味はなく、統一的な刺激を実践することが効果のある大学刷新システムにつながるのである。同大学はその点に留意して、「グランド・デザイン」を作成し、全教員・全職員、そして全学生に布告して大学の改革に邁進しているのである。
このような努力は、現実に大学の活力・活気を増進し、教員の活性化を促している。少子化という厳しい外部環境の変化の中においても、競争原理を導入して大学の中で機能させることが教育に刺激を与え、やる気を起こすことにつながっているというのが、経営陣の一致した見解である。
理事長の山田先生は、二松学舎専門学校初代校長の山田準先生の孫で、創設者三島中洲の師である山田方谷の玄孫に当たる。富山大学卒業後、叶_戸製鋼所での勤務を経たあと同大学理事に、平成十三年四月に同大学理事長に就任された。
学長の石川忠久先生はNHKのTV番組「漢詩紀行」の監修者として広く知られている。先生は東京大学卒業後、桜美林大学中国文学科の創設に招かれ二四年間在職、平成二年名誉教授となられた。同年二松学舎大学教授、同十一年同理事長を経て、同十三年に学長に就任された。
大学経営の面で特筆すべきは、石川学長が前理事長であるということである。石川氏が経営の責任者を経て昨年学長に就任されたということは、経営と教学の一体感の醸成に大きく寄与していると言ってよいのである。
同大学は冒頭でも触れた通り、千代田区三番町の内堀通りという品格ある場所に大学本部を構えている。その大学本部は千代田キャンパス新校舎構想のもと、全面的に建て替え、「品格ある学舎」作りを目指すということである。
漢学塾から出発した同大学は、まさに漢学に相応しい品格・人格・学格を求めて、今後も挑戦し続けるであろう。

