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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.602
私大ガバナンス・マネジメント改革 PT調査報告A
中期経営計画に基づく運営で前進
教職員の力を生かすリーダーシップ
―広島工業大学

研究員 篠田 道夫(桜美林大学教授)

大学の概況
 広島工業大学は、1961年に創設された。設立母体の鶴学園は、専門学校、高等学校、中学校、小学校と次々に教育事業を拡大し、今日では学生4660人、生徒2748人、児童419人(いずれも2016年5月現在)を擁する総合学園に発展している。伝統の工学部に加え情報学部、環境学部を設置するとともに、2012年には生命学部を新設し人材育成の領域を広げてきた。
 
10年間の改革
 私学高等教育研究所の私どものチームは、10年前、この法人の経営実態調査を行っている。前回2006年は、鶴学園の経営戦略「中長期運営大綱」(2006年度〜2015年度)が始まった年で、今回の訪問は、丁度次の「中期経営計画」がスタートを切った年にあたる。
 前回計画では、新分野の学部創設や異分野との融合を目指す学科の設置や小学校からの「12年一貫教育」を構築、専門学校、高校の再編や充実、キャンパスの再構築を掲げ、県内外で卓越した教育実績を作り上げることを目指してきた。驚くべきは、この10年間でこの目標のほとんどを実現したことである。この原動力は何だったのか。

シンプルな運営
 中長期戦略を実現するために年度運営計画を策定、予算編成に落とし込んで理事長が直接最終予算査定を行うなど、PDCAサイクルを大学の年間スケジュールとし、その実現を図っている。また、部署ごとに具体化された年間重点課題を、人事考課における被考課者の重点目標設定に連動させ個人目標を設定させることで計画の実施をより確かのものにしている。
 これらを推進する中核は年に十数回開催されている理事会である。理事会は経営戦略に沿った中長期計画や各学校の教学改革の推進機関として機能し、実質的な役割を果たしている。学内の日常管理業務は、理事長・総長が主宰する「理事長室ミーティング」で行い、理事長・学長、副総長・法人局長、副学長、事務局長、総務部長が常時出席している。ここで、あらゆる管理運営、教学の基本事項などが協議・決定されるため、煩雑な学内の会議体を少なくして、迅速な執行が図られる仕組みとなっている。こうしたトップの強いリーダーシップを支え、機能させる運営システムが、今日の発展を可能にしたと思われる。

改正学教法対応
 今回の学校教育法改正に対しては、学内規則の条文整理は行ったが、法改正以前から学長の最終意思決定権は担保しており、教授会は教学事項に限定され決定権を持つ運営はしてこなかった。従来より大学運営組織はトップの強いリーダーシップが発揮されるとともに、構成員の合意形成やボトムアップにも配慮したものとなっている。2016年4月から、新たに重要事項を協議する大学企画会議と日常業務を行う大学運営会議を設置し学長補佐体制を強化した。さらに全教員で議論し浸透を図るため、学長主宰の合同教授会や合同代議員会も開催する。

新中期経営計画
 鶴学園の新たな経営指針は「中期経営計画」(2016年度〜2020年度)として、今年からスタートした。これまでの大綱で掲げた基本方針は継続させるとともに、重点項目を設定し、この実現計画を5か年の「マスタープラン」として各校及び法人局において定める。また、このプランに基づき毎年度「運営計画」を策定する。とりわけ重点目標を個人の年間目標にブレークダウンし、これを目標管理制度に連結して評価、また人材育成計画にも結合させFD・SDを活性化し、目標にチャレンジしうる力量向上を進めている。10年前からの取り組みを継承・発展させたものだ。
 今回の計画の特徴は「中期財務計画」を策定した点である。各学校のマスタープラン、事業計画を踏まえ、消費収支5か年計画を策定、達成状況を評価する。「中期財務計画」とセットにすることで計画の実効性を飛躍的に高め、かつ、事業の選択と集中を狙っている。もう一つの特徴は数値目標を初めて設定したことである。各校別の入学者数、安定した財務運営を実現するための事業活動収支差額比率、そして資金確保を目指す流動比率の数値目標である。5か年の財務シミュレーションも実施し、目標実現への到達指標を示している。

内部質保証の構築
 今後の課題として教育の質向上、内部質保証体制の構築がある。これは向こう10年全ての大学に求められる共通のテーマでもある。大学では、3つのポリシーを大学全体、学部、学科ごとに再整備するとともに、2016年からの教育改革「HIT教育2016」を強力に推し進めている。教育課程の体系化を図るためのカリキュラムツリーやナンバリング、ディプロマポリシーとシラバスの関連を明確にし、記載内容の充実とシラバスチェック体制の強化を行う。さらに能動的学習を強化するためのアクティブ・ラーニングの普及や、学習レベルを評価し学びの質を担保するためのルーブリックの検討などを進めている。また、学生が目標を立てて学習し、活動を記録し振り返る、教員は学生情報・記録を基に体系的な指導を強化する、そしてキャリア形成や就職支援にも活用できるポートフォリオの構築も進めている。
 教育の質向上には、一人一人の教員の主体的行動を組織できるかが要で、最後は如何に個々の授業改善に結び付けるかが問われる。
 広島工業大学の改革推進では、アウトカム評価、カリキュラムの達成度を測ることが課題となっている。アセスメントポリシーへの着目である。質の高い教育の提供からさらに一歩進めて、学生の到達度評価をどのように授業改善に結び付けるか、教育力の飛躍をいかに実現するかが問われている。
 その推進のため、HIT教育推進会議が2016年に立ち上げられた。4人の学部長が部会長を務め、案件に精通する教員を委員とし、課長級の職員も参画している。学長の下、こうした全学組織が有効な役割を果たし、大学全体としての教育改革のPDCAと個人の授業改革が結合することで、初めて教育の内部質保証システムが確立し機能するといえる。この組織の今後の活動に大いに期待したい。

SDの充実・強化
 さらに事務職員の業務体制やSDについても触れておきたい。2013年には「鶴学園に求められる職員像」が策定され、これに基づき「鶴学園人材育成計画」を策定した。2016年から本格実施が始まったこのシステムは、求められる能力を(一)職務遂行・推進力、(二)組織運営力、(三)業務への取り組み姿勢の3つの柱に置き、(一)で特に重視するのは企画提案・改善工夫力である。これを育成するため階層別研修、知識・スキル習得研修、プロジェクト研修、公募型研修、自己啓発研修などを置き推進している。併せて目標管理制度を導入しており、年3回、管理職が評価者となり面接を行うなど目標の浸透とモチベーションや力量向上を図る取り組みを行っている。1人1人の職員が実際に創意工夫し、企画提案し、業務上の成果に結び付けることができるかが重要である。

マネジメントの強み
 鶴学園(広島工業大学)は、鶴衛理事長がトップを担ういわゆるオーナー系の学園だが、政策の立案を軸とした近代的な運営システムを構築し、改革を推進する努力を続けている点に特色と強みがある。トップの責任ある経営管理を保持しつつ、その強みを生かした大学の教学運営への直接関与を、ポイントを押さえて実行している。他方、ミッションや経営計画に基づく基本方向は示すが、実現すべき具体的政策は学内の知恵や実態をよく反映した客観的なものとして策定している。学教法改訂が狙うトップの強いリーダーシップを保持しながら、ボトムアップも尊重し、政策の立案や実行管理は学内の構成員を中軸とした組織的取り組みに委譲し、構成員の力に依拠した運営を行っている。このことで、恣意的ではなく、現場を踏まえた政策に基づく運営でミッションの実現に迫っているところに特徴がある。
 トップを中核に経営と大学が一体的に動く仕組みを構築し、目標実現に向け着実に改革の成果を積み上げている。 (つづく)

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