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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.583
韓国の大学構造調整と
私立大学の生きる道(上)

尹 敬勲(流通経済大学 准教授)

 寒さが身に染みる時期になると、毎年日本のニュースでは、日本のセンター試験にあたる韓国の「修学能力試験」の日に、警察まで動員され、遅刻しそうな受験生を試験会場まで運ぶなどの熱狂ぶりが流れる。韓国のこのような教育熱は、昔はもっと深刻で過度な入試競争という社会問題まで生んできた。それで、日本の文部科学省に当たる「教育部」は、長年にわたって深刻な入試競争を解消する方法として大学の数を増やすことを目的とし、準則主義へ大学設置基準を緩和し、大学の設立を増大させて来た。しかし、最近、少子化によって大学に進学する学齢人口の急激な減少によって、上位の大学を除いて多くの大学が定員を確保することが困難な状況に直面するという新たな問題が浮上した。実際、一部の大学では定員を満たすために、入試の際に学力より個性を重視するという名目で安易に入学許可を出す等、便法を講じることもあった。さらに、2023年になると、大学の定員が学齢人口を超えるため、今の状況をそのまま放置すると、大学の序列化という枠組みのなかでブランドバリューが低い大学は定員確保が困難な状況に直面するという問題も予想されている。まさしく、大学が競争に負けると高等教育市場から退出させられる「チキンゲーム」が始まろうとしているのだ。
 高等教育が直面している危機的状況を見て、朴槿恵政府は大学の構造調整というカードを切った。全ての大学を評価し、教育研究と大学経営の面において評価が低いと判断された大学に対しては、政府からの財政支援を中断して、事実上強制退出させることが趣旨である。もちろん、この政策に対する大学側の反発は強い。しかし、大学の構造調整をこれ以上先送りできないという韓国社会の世論の後押しと産業界が求める人材育成の要求から、構造調整政策は政府の政策のなかで優先課題となったのである。そして、朴槿恵政府は全ての大学評価を実施し、その評価結果にもとづき大学の財政支援と退出を図り始めた。
 具体的に言えば、2023年度までに大学入学定員16万人を削減するという基本計画に基づき構造調整期間(2014〜2022年)を3周期に分けて、周期ごとに韓国のすべての大学を評価し、評価結果に基づいて大学別の定員削減を選別的に実施する。また、大学を定量評価と定性評価を合わせた絶対評価で評価し、非常に不十分・不十分・普通・優秀・最優秀五つの等級に分類する。そして、この評価結果に基づき大学に対する財政支援を行う。日本の私立大学の経常費補助金(一般補助)は、認定された専任教員と学生の定員内実員の数が配分基礎数となっており、補助金の減額を招く自発的な学生定員と専任教員の削減は容易には進まないという状況とは異なり、今回、韓国の大学構造調整は定員基準の補助金支給ではなく、大学の構造調整の実績と評価結果に基づいて補助金を支給するというものである。そのため、定員を削減しても大学経営上の補助金が定員削減をする前より多く獲得できることになる道を開いたのが構造調整政策の特徴である。また、大学評価において首都圏の大学と地方の大学を同じ基準で絶対評価することには問題があるのではないかという批判に対して、教育部は、絶対評価とは言えども一つの尺度で評価するのではなく、地方と首都圏、学部教育中心の大学と大学院研究中心の大学の間で評価結果が偏らないように、大学の環境と特色を踏まえて評価していると話している。もちろん、大学現場では、評価結果に不満をもらすという予想通りの反応が出ているのも事実である。しかし、重要なのは、構造調整政策という言葉通りに、評価結果が大学の命運を握っているということである。その理由は、今回の構造調整政策は大学が評価結果に基づき、入学定員の削減、政府の財政支援事業への参加の制限、国の奨学金の選抜制限、学生ローンの制限、自発的退出誘導などが実施されるからである。まず、2回連続で「非常に不十分」というE評価受けた場合、大学の退出措置が行われる。また、「不十分」というD評価を得た大学も、授業料を払うために日本の育英奨学金にあたる奨学金や国の学生ローンの申請資格を得られなくなるので、当然その大学に受験生は来なくなる。結果、大学が経営危機に直面することになる。
 評価が低い大学が直面する最も深刻な問題は、在学生の対応、大学の教職員の身分の保障と学校法人の残余財産の処分の問題である。まず、在学生に対しては、不実な経営状態の大学の学校法人の解散の時には、在学していた大学よりは偏差値が高い近隣大学へ転入させる方向である。もちろん、自分が希望して入った大学がなくなることへ心情的な反発はあるが、保護者たちはこの点に関しては歓迎している様子である。しかし、教職員の立場は在学生とは違う。定員削減のために学部学科を統廃合すると、所属が変わったり、学部学科がなくなると解雇される教員が出てくる。そのため、教職員の雇用の問題を巡って大学現場が自ら構造改革により自発的に取り組めるような教職員の処遇を考える必要があるという意見が出ている。現在の政策の中では、上乗せした退職金の支給をすることと、大学は残っているが学部学科がなくなり解雇された教員の場合は、その大学で新規採用をする際、解雇した教職員を優先的に再雇用することを審議中の法案の中で定めている。他方、大学経営者には二つの悩みがある。まず、先代の創立者から継承しで来た大学を自分の代で終わらせたくないということと、学校法人の残余財産が戻ってくるのかということである。前者の部分は、教育部の論理だと、私学の創立は国や社会の発展を支えるための純粋な創立時の理念を思い出せば、今その役名が終わったら、再び社会の発展のために身を引くことが初心に従う美学であるという考えである。もちろん、私学の経営者は退く時の美学よりも、先代から今までに至るまでの貢献が評価されないという悲しみが強い。また、残余財産については今回の政策ではE評価を受け退出する大学や自ら学校法人の解散を申し出る大学の場合、生涯学習機関、社会福祉法人や公益性の強い営利事業への転換を促しながら、一定水準の残余財産を返還すると定めている。この点は、定員確保に困難な私立大学の経営者にとって創立者から受け継いでいる教育理念とは別の現実的な学校運営の問題から考えると、大学の今後の存続への可能性を真剣に考えるところに来ているということである。
 結局、何れにしろ、韓国の大学の構造調整政策は、大学の今後の命運を左右するものであることには間違い。しかし、大学側もこの状況に反発し、嘆いているだけではこの危機を乗り越えることは出来ない。それではどうすればいいだろうか。次回、構造調整政策が展開される中で、私立大学の中でこの危機を乗り越えようと変革に取り組んでいる挑戦の様子を紹介する。
(つづく)

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