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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.581
アクティブラーニングの効果
〜ICEモデルの活用〜

客員研究員  土持ゲーリー法一(帝京大学高等教育開発センター長・教授)

 文部科学省は、次期学習指導要領の原案を中央教育審議会に示した。これは、2020年度以降の小中高校における教育の方向性を定めたものである。その特徴は、「どのように学ぶか」の授業方法に焦点が置かれている。具体的には、子どもがグループに分かれて議論し、互いに学び合いながら答えを探究する能動的学習(アクティブラーニング)の普及である。これを契機に、アクティブラーニングの「加速」は必至である。危惧されるのは、アクティブラーニングが「主」で、本来の授業の学びが「従」になってしまわないかである。アクティブラーニングは、「どのように学ぶか」の手段であって到達目標ではない。学校教育の基本は「基礎知識の習得」にあることは論を俟たない。基礎知識なしのアクティブラーニングは単なる「おしゃべり」に過ぎない。優れたアクティブラーニングは、「基礎知識の習得」の上に成り立つことを看過してはならない。教員には、児童・生徒に必要な知識を授けた上で、活発な討論や発表に導く授業の進行役(ファシリテーター)の役割が求められる。
 アクティブラーニングを身に付けた児童・生徒が大学に進学すると、大学における授業改善も必至である。これまで、一部を除いて、大学教員は旧態依然として講義中心の授業を行ってきた。
 アクティブラーニングの実践に何が必要か。それは優れた学習方法のためのモデルである。アクティブラーニングを実践すると気づくが、どこまでが基礎知識で、どこからが討論や発表なのか、そしてどこからが応用・発展なのか見分けがつかず曖昧である。教員、児童・生徒、そして学生にとって三つの共通の「枠組み」があれば理想的である。
 以下に紹介するICEモデルは、カナダで開発された評価と学習方法である(注:アルカディア学報2012年10月24日号でも紹介した)。今、このICEモデルに高校の教員からの熱い視線が注がれている。たとえば、2014年12月、広島県教育委員会は、新しい教育モデルの構築「学びの変革」のアクションプランをまとめたが、その中でICEモデルを提唱している。その中心的な役割を果たしているのが広島県立安芸高校である。
 なぜ、ICEモデルが注目されるのか、それは評価と学習方法が一体化しているだけでなく、教員と児童・生徒、そして学生間でICEモデルという三つの共通の「枠組み」を共有しているからである。これまで評価と学習方法とは別のものだと考えられていた。しかしながら、「教育から学習への転換」(パラダイム転換)で、学習成果がより重視されるようになり、評価と学習方法が直結したICEモデルが注目されるようになった。
 ICEモデルのIとは、学校で教える基礎知識(Ideas)、そこでの学びのつながり(Connections)を適切な質問と指導を通して理解させ、さらに自らの体験に結びつけた知の応用(Extensions)へ発展させるものである。これを図表で示せば左下(図1)のようになる。
 ディー・フィンク博士は、2012年に帝京大学第1回FDフォーラムで「能動的学習〜学生を学習させるには〜」と題して講演した。講演では、アクティブラーニングがいかに効果的であるかをノーベル物理学受賞者カール・ワイマン(アメリカ)博士の物理学の導入コースの授業に関する実証的な比較研究をもとに紹介した(注:アルカディア学報2012年10月17日号でも紹介した)。これは、ワイマン博士が2011年5月『サイエンス』誌で発表した論文(Improved Learning in a Large−Enrollment Physics Class)にもとづいた成果である。比較研究とは、物理学の導入コースを学ぶ同レベルの学生を250人ずつの二つの大きなクラスに分け、教員が数週間、同じ講義を行った後、一方のクラスだけ最後の1週間(3日間)をワイマン教授の研究指導を受けたポスドクがアクティブラーニングを取り入れ、学生がグループで問題解決に取り組んだり、迅速なフィードバックを行ったりした結果、次のような研究成果が得られた。アクティブラーニングを取り入れた実験クラスでは、学生の出席率が伸び、学生の積極的な関与の割合も伸びたことは容易に想像できる。驚くことは、学生の学習成果が飛躍的に伸びたことである。下の図2は、共通テスト12問でどの学生グループが何問を正解したかを表したデータである。テストの正解に関して、講義だけの学生とアクティブラーニングを取り入れた実験グループの学生との間に大きな格差が見られた。たとえば、講義だけのグループの得点が4〜5問のところに集中していたのに対して、アクティブラーニングを取り入れた実験グループは、十一問のところに約45名も集中した。12問正解した実験グループの学生数は約20名いたが、実は、12問目の問題は講義で教わらなかったところで、それまでの学びを能動的につなげて正解を導き出した結果である。このように、未知の問題に果敢に取り組むことができるのがアクティブラーニングの効果であることが実証された。
 この比較研究で重要なことは、形式的にアクティブラーニングを導入するのではなく、講義において十分な基礎知識を身に付けた後にアクティブラーニングの手法を取り入れたことである。
 フィンク博士は、アクティブラーニングの手法を身につけた学生は、教わらなかったことを探究するだけでなく、自ら「考えて学ぶ」ことや「深い学び」を身につけることができると説明した。すなわち、「自律的学習者」ということができる。したがって、授業デザインをするときにアクティブラーニングの手法を取り入れることが重要であると提言している。

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