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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.579
私学高等教育をめぐる研究成果と研究所の課題

主幹  西井泰彦

はじめに
 私学高等教育研究所は日本私立大学協会の附置の機関として2000年に創設された。初代主幹には喜多村和之氏が就任され、2004年からは瀧澤博三氏が引き継がれた。私は三代目として2015年4月から就任している。
 これまで日本私立学校振興・共済事業団(旧私学振興財団)で補助金や経営相談等の私学振興の業務に35年ほど従事してきた。退職後の6年間は京都の中規模の学校法人の役員に就任した。定員割れや財政悪化が始まって労使間の紛争が長期化していた厳しい学園環境の中で、紛争の解決、人件費の抑制、人事制度の見直しなどの経営改善に取り組むとともに、定員割れを解消して大学を再生するために京都市内に新キャンパスの設置に踏み切り、移転を機に既存学部の改組と学部新設に努力した。その他、校舎の耐震化、中高部門の施設改築と法人分離などの諸課題を遂行した。
 このような外部から私立学校を支援した経験と私立学校の内部で改善を進めた経験を生かして、日本の高等教育とりわけ私立大学の発展に貢献したいと願っている。各位のご指導とご鞭撻を賜りたい。
1.研究活動の成果
 私学高等教育研究所では、日本の高等教育研究に関する高名な研究者を研究員及び客員研究員に委嘱し、その参画を得て研究を進めてきた。現在の体制は、研究員が28名、客員研究員が11名である。年度ごとに幾つかの研究プロジェクトを立ち上げて研究を積み重ねてきた。公開研究会では、研究員のほかに、文部科学省、大学諸団体、各大学や関係組織の適任者の方々の協力を得た。研究プロジェクトにおいても多数の研究協力者の支援を仰いできた。
 研究の成果は次にまとめられている。
 第一に、公開研究会が開催され、「私学高等教育研究所シリーズ」の第1号(2000年6月)から第58号(2015年3月)までの全五八冊が刊行されている。
 第二に、研究成果の報告書である「私学高等教育研究叢書」は2005年度から2014年度までの19冊が発表されている。
 第三に、日本私立大学協会の機関誌である教育学術新聞(週刊)の連載記事である「アルカディア学報」に通算578号の寄稿が載せられ、各年度分をまとめた収録集は15冊に達している。
2.研究のテーマ
 現在の大学を取り巻く社会環境の急激な変化と高等教育政策の目まぐるしい展開を受けて、大学関係者の関心が強い課題について研究を進めてきた。これまでの研究テーマには次の分野が多く取り上げられた。
 第一に、高等教育に関する政策、行財政方針などの国の大学政策に関する研究である。高等教育政策や財政政策、教育制度改革、国立大学法人化、大学設置認可制度、認証評価制度、情報公開など、政府機関等の答申や施策に関する動向を整理し、その背景や方向性を分析することにより、大学の今後の改善方向を定める際の指針や判断材料を提供した。
 第二に、高等教育政策の対象となっている大学自体の研究である。教育研究活動の状況、初年次教育からキャリア教育などの学生教育、学士課程教育、大学院制度、教職員の労働条件や態様、学生支援の在り方、留学生対策、大学改革の内容、国際交流、社会連携、地域貢献など、大学内の様々な教学面の課題や先進的な事例を整理して、個別大学の改革に資する知見を提示した。
 第三に、大学の教育研究を支える条件や基盤の研究である。大学財政、学費、奨学金、入試制度、学生募集対策、施設設備状況のほか、理事会運営、経営と教学との関係、ガバナンス体制、管理運営組織等についての分析を進めた。
 第四に、大学を取り巻く地域社会などとの関わりの研究である。近年、少子化や都市化の進行に伴い大都市と地方の格差が拡大している。所在地での大学の存在意義が問われ、大学と地域との関係が再び着目されている。大学と地域社会、大学と高校、大学と地域企業などの相互関係の分析が行われた。
 第五に、グローバル化の進展に併せて、日本と世界、特にアジア圏との大学や教育制度の比較研究が積極的に行われ、それぞれの課題や問題点が明らかにされた。
 平成26年度の研究プロジェクトにおいては、高等教育政策の国際比較研究、私大マネジメント改革、私大ファンディング・データベース、教学マネジメント、IR研究のテーマを取り上げた。
 本研究所は、日本の私立大学が置かれている現状と課題を重視しつつ、総合的な視点から高等教育システムの幅広い研究の地平を切り拓いたと言える。
3.私立大学を取り巻く外部環境
 研究所が発足した頃には、規制緩和の流れが始まり、大学の質の保証に関する制度の大改正が2003年から実施された。大学設置の抑制方針が基本的に撤廃され、設置認可が弾力化された結果、数多くの大学や学部が設置された。情報公開が推進され、第三者評価制度が導入された。法令違反に対する段階的な是正措置等の私立学校に対する学校教育法上の制度が完備された。
 この十数年来は、18才人口の減少と大学数の増加などによって競争環境が激化する時期でもあった。学生確保が困難となり財政が悪化する私立大学が増加した。経営が破綻する大学も一部に発生した。学校法人の解散命令に至る前の段階的な文部科学省の権限が整備され、私立大学の早期判断と自己責任が強く求められる状況となった。
 一方で、高等教育に対する公財政支出は、国の財政事情によって伸び悩みが続いてきた。メリハリある配分や国公私共通の競争的な資金配分が重視されている。不況の継続によって学生への経済的な支援制度の充実も求められている。
 近年においては政策側から、大学の機能別分化、大学教育の質的転換、大学ポートレートの開始、ガバナンスの改革、地域創生、グローバル化などの画期的な重要課題が次々と提起されてきた。大学は待ったなしの岐路に立たされていると言える。
4.私立大学の今日的な重点課題と研究所の課題
 私学は変化への機敏な対応が持ち味である。厳しい環境と外部からの要請の中で私立大学が自立的に発展していくためには次の課題に積極的に取り組まなければならない。
 ○魅力アップ
 私学としての特色を発揮し、教育力を向上し、学生支援を強化する課題
 ○学生の確保
 定員超過を是正し、未充足を解消し、適正規模の学生を入学させて社会に送り出す課題
 ○環境の整備
 施設設備を充実し、耐震化を完了し、快適な学園環境を整備する課題
 ○財務の安定
 収支を改善し、将来的な発展を可能とする財政基盤を充実し、財務の安定性を確保する課題
 ○地域の存在
 地域連携や社会貢献を進め、大学の存在意義を高める課題
 このような課題の遂行に寄与する豊かな研究成果が生み出されることを期待している。
 研究所の今年度の事業計画や実施要領では次の研究テーマを提示している。研究員の担当分野と研究の方向性を明確にして研究を遂行していきたい。
 一、高等教育政策の構造的大転換(ファンディング・私学経営)
 二、私大のあり方・地方創生
 三、学校法人のガバナンス
 四、大学評価事業
 五、高等教育政策の国際比較
 全国の大学には多数の大学研究センター等の組織が設置されており、これらとの連携を図りながら大学研究の交流事業を進める計画である。
 最後に、日本の私立大学を主軸とした大学政策や助成方策が確立され、私学振興が飛躍的に前進するように、本研究所の母体である私大協会や私学関係団体と一体となって奮闘する決意である。

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