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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.573
新たな高等教育機関をどう見るか
問われる大学と職業教育の関係

客員研究員 金子元久(筑波大学大学研究センター教授)

 職業教育を行なう「新たな高等教育機関」の設置が検討されている。もし実施にうつされれば、我が国の学校制度のほぼ半世紀ぶりの変更になるだけでなく、既存の大学にも大きな影響を与えることになる。
新しい職業高等教育機関
 職業教育を中心とする、新しいタイプの高等教育機関を作る、という話は決して唐突に出てきたわけではない。その背後には3つの流れがあると考える。
 第1は、既存の専門学校(専修学校専門課程)の位置づけである。専修学校制度は学校教育の基本を定義する学校教育法の第1条ではなく、別(第124条)にその他の教育機関として規定されている。その専門課程の入学資格は高卒ではあるが、高等教育機関としては位置づけられず、「大学」に近い呼称も許されていない。こうしたことから専門学校の中から、大学により近い制度的な位置づけを求める動きが高まってきた。
 第2の背景は、教育制度と職業教育・訓練との関係である。歴史的にみれば、どの国の教育制度でも、大学を頂点とする学術的な学校体系と、職業訓練の体系とが、並存してきた。しかし、教育訓練の高度化と、グローバル化の中で、両者を何らかの形で関連付け、あるいは制度的に統合する動きが国際的にも生じている。このような流れの中で教育体系全体の中で専門学校の制度的な地位をあらためて問題にする必要がある。
 第3に、高等教育のユニバーサル化を背景として、従来の大学教育のあり方と学生、あるいは社会的なニードとの間にミスマッチがある、という社会的な認識がある。したがって、むしろ「手に職をつける」教育が高等教育段階でも必要だとの声が、潜在的にはかなり広がっている。政治的にみても、高等教育段階で職業教育を強化する、という考え方はわかりやすく、アピールしやすい。
 このような背景を考えれば、教育再生実行会議の第5次提言(本年7月)が「質の高い実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関」の設置を盛り込んだことは、必ずしも不自然な動きではないといえよう。
選択肢
 この提言を受けて文科省内に専門家会議が作られ、議論が進められており、私も参加しているが、まだどのような形でこの構想を具体化するのか、という点について突っ込んだ議論が行われているわけではない。
 具体的な形態について焦点となるのは、高等教育の中に位置づけるか否か、1条の枠内に入れるか、年限をどの程度のものと設定するか、卒業者にどのような学歴・資格を当てるか、といった点であろう。こうした点でどのような形態が考えられるかを、表に例示した。この案および仮称は全く私個人のものであることをお断りしておきたい。以下では3つの形態を考えてみる。
 @は、専門学校のうち、一定の要件を満たしたものについて、大学制度の外に、新しい学校種を作る、という案である。すでに2013年から一定の条件を備えた専門学校を「職業実践専門課程」として認定する制度が始まっているが、それをさらに1歩進めて学校種そのものを新しく設定し、これについて何らかの形で高等教育段階の機関という位置づけを与える。
 Aは1条に規定される、短期の高等教育機関の1種とするという考え方である。ただし年限は基本的には4年未満とし、現在、短大卒に与えられている短期大学士に相当する学位を作る。
 Bは1条校のうちに、従来の大学とは異なる種類の高等教育機関として設置し、卒業者には学士あるいは学士相当と位置付けられる学位を与える。この場合には既存の大学との差異がどこにあるかが問題となる。
論点
 これら3つの形態のいずれが望ましいかについての議論がこれから行われることになる。その際の論点となるのは第1に、こうした学校種での教育が具体的にどのような内容をもち、それが既存の大学と実質的にどのような相違があるかという点であろう。学術的な体系性と離れて、「実践的」な教育をどのように一貫性をもって行うことができるかが問われる。
 また、この新種の学校種の質的な保証をどのように行うかもきわめて重要な問題である。職業教育は実際には細かい職種に分かれており、その内容を客観的に評価することは難しい。既存の大学についても、専門分野別の適格認定はまだ十分ではない。
 また国際的にみて標準的な学位体系のどこに位置づけられるかも問題であろう。アメリカでは高等教育の学位は「学士」に標準化されている。従来は高等教育(第3段階教育)が学術系(大学型)と職業教育系にわかれていたヨーロッパでもそれを、「学士」に統合する傾向にある。この中で、高等教育段階での、職業教育を標榜した新しい学位を新に作ることには違和感があることは事実である。
 またこのような教育への社会的な需要がどこに、またどの程度あるかも重要な論点である。社会的には職業教育への期待が強いように見えるが、実際には高等教育段階で職業に直結した教育を受けた人材への需要は、健康関連分野を除いて大きなものではない。
 以上のような視点から、新しい高等教育機関の具体像、またその可否がこれから検討されていくことになろう。
 他方で既存の大学・短大に対してこの議論がどのような意味をもつかも重要な点である。もし大学、短大が、その現在のいわばナワバリを犯すものとしてこの新種機関を位置付けるだけなら、社会的な理解を得ることは難しい。
 むしろ重要なのは職業教育の要素を既存の大学教育にどのように取り入れることができるのか、を問い直すことであろう。
 現在の教育内容の多くが、卒業後の職業・社会生活への関連性を欠くものであることはこれまでも批判されてきた。そうした関連性を明確にすることが求められる。また、さらに実践的な職業教育を取り入れる大学もあってもよい。現行の設置基準はそれを許容する幅をもっている。
 ただそのためには、大学の組織的な改革、とくに教育プログラムと教員の帰属組織の分離が必要になる。
 また実践的な訓練を職業教育機関に委託するといったことも考えられる。
 いずれにしても、既存の大学の姿勢が変わることが重要であり、それが新種高等教育機関の論議にも大きな影響を及ぼす可能性があることを認識することが必要である。

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